『奢侈禁止令の鉄槌 ―偽の公爵令嬢が紡ぐ、着られぬ絹の鎖―』

鷹 綾

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第5話 盗まれた形見

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第5話 盗まれた形見

王宮の舞踏会まで、あと三週間。

ヴァルモン公爵邸では、屋敷のあちこちで準備が始まっていた。

もっとも、その準備の中心にいるのは、やはりセレスティーヌだった。

「違うわ、その色じゃない!」

主屋の衣装部屋で、彼女の声が響く。

「もっと華やかな色がいいのよ!」

仕立て屋が持ち込んだ布を前に、セレスティーヌは腕を組んでいる。

目の前には何種類もの絹やレースが並んでいた。

だが、彼女はどれも気に入らないらしい。

「王宮の舞踏会なのよ?」

彼女は鏡の前でくるりと回った。

「王都中の貴族が来るのよ。普通のドレスなんて着られるわけないでしょう」

仕立て屋は困った顔をする。

「ですが、お嬢様……これらはすべて最新の流行で――」

「流行なんて関係ないわ!」

セレスティーヌはぴしゃりと言った。

「私は公爵令嬢なのよ」

その言葉に、周囲の使用人たちは黙るしかない。

やがて仕立て屋が恐る恐る聞いた。

「では……どのような衣装をご希望でしょう」

セレスティーヌは少し考えた。

そしてふと、何かを思い出したように言う。

「そういえば」

彼女は母を振り返る。

「お母様、この屋敷には昔のドレスもたくさんあるんでしょう?」

マルグリットは少し眉を上げた。

「昔の?」

「ほら、公爵夫人の衣装とか」

セレスティーヌは楽しそうに言う。

「お父様の前の奥様の」

その言葉に、部屋の空気がわずかに固まる。

使用人たちは顔を伏せた。

だがマルグリットは平然と答えた。

「ええ、あるわ」

「屋敷の奥の部屋に保管されているはずよ」

セレスティーヌの目が輝く。

「見てみたい!」

仕立て屋は慌てて言った。

「ですが、それは公爵夫人の――」

「だから何?」

セレスティーヌは軽く笑う。

「今はこの家の主人の娘が私なんだから」

彼女は立ち上がった。

「案内して」

使用人たちは顔を見合わせる。

誰も動こうとしない。

その沈黙を破ったのは、父だった。

「連れて行ってやれ」

低い声で言う。

「家の物なら問題ない」

それで決まってしまった。

やがて数人の使用人が、セレスティーヌを屋敷の奥へ案内する。

長い廊下。

ほとんど人が来ない場所。

その先にあるのが――

亡き公爵夫人の部屋だった。

扉の前で、古参の侍女がためらう。

「こちらは……」

「開けて」

セレスティーヌは命令する。

侍女は仕方なく鍵を回した。

扉が開く。

セレスティーヌは中に入ると、楽しそうに部屋を見回した。

「へえ……」

「意外と普通なのね」

彼女は窓辺の椅子をちらりと見たが、すぐ興味を失う。

「衣装はどこ?」

侍女が衣装棚を指した。

セレスティーヌは迷わず歩いていく。

扉を開けた。

中には美しいドレスが並んでいる。

絹、刺繍、宝飾。

王都でも滅多に見られない品だ。

「すごいじゃない」

セレスティーヌは楽しそうに笑う。

「やっぱり公爵家ね」

彼女は一着一着手に取っていく。

だが、どれも決め手に欠ける。

「うーん……」

そのとき。

彼女の視線が止まった。

衣装棚の下。

黒檀の衣装箱。

紋章が刻まれている。

「これは?」

侍女が慌てた。

「お嬢様、それは――」

だがセレスティーヌはもう箱を開けていた。

蓋が持ち上がる。

そして現れたのは――

白銀のドレス。

光を受けて柔らかく輝く、最高級の絹。

金糸の刺繍。

繊細な紋章。

その場にいた全員が息を呑んだ。

セレスティーヌは完全に魅了されていた。

「……これ」

彼女は呟く。

「これよ」

侍女が震える声で言う。

「お嬢様、それは公爵夫人の――」

「いいじゃない」

セレスティーヌは軽く言った。

「どうせもう着る人はいないんでしょう?」

侍女は必死に言う。

「それは大切な――」

「形見?」

セレスティーヌは肩をすくめた。

「だったら余計にいいじゃない」

彼女はドレスを持ち上げる。

光が揺れる。

「舞踏会には、これを着るわ」

その瞬間。

部屋の入口で、静かな声がした。

「お探しのものは見つかりましたか」

全員が振り向く。

そこに立っていたのは――

オルタンスだった。

クロエも後ろにいる。

セレスティーヌは少し驚いたが、すぐに笑った。

「あら、お姉様」

彼女はドレスを掲げた。

「いいもの見つけたのよ」

「舞踏会にはこれを着ることにしたわ」

部屋の空気が張り詰める。

クロエは思わずオルタンスを見る。

止めるはずだ。

これは――

だが。

オルタンスは何も言わなかった。

ただ、ドレスを見た。

一瞬だけ。

そして静かに言った。

「そうですか」

それだけだった。

セレスティーヌは得意げに笑う。

「やっぱり公爵家の舞踏会には、これくらいじゃないとね」

彼女はドレスを抱えたまま部屋を出ていく。

使用人たちは動けない。

クロエが小声で言った。

「お嬢様……」

オルタンスは扉の方を見ていた。

遠ざかる足音。

白銀の絹。

やがて彼女は静かに言う。

「舞踏会は楽しみですね」

クロエは震える声で聞いた。

「止めなくてよろしいのですか」

オルタンスはゆっくりと部屋の中を見回す。

亡き母の部屋。

空になった衣装箱。

そして静かに答えた。

「警告はしていません」

クロエは言葉を失う。

オルタンスは淡く微笑んだ。

「ですが」

その声は落ち着いていた。

「選んだのは、あの人ですから」
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