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第3話 甘い檻
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第3話 甘い檻
王都の西に、ジオニック公爵家の屋敷はあった。
王都でも指折りの大邸宅。
広大な庭園、白い大理石の柱、豪奢な門。
その屋敷の一室で、リナは窓の外を見つめていた。
庭には美しく手入れされた花壇が並び、噴水が静かな音を立てている。
遠くには高い鉄の門。
その外には王都の街がある。
だが――
その門は閉ざされていた。
リナは小さく息を吐く。
「……外に出たいな」
その言葉は、誰にも届かないほど小さかった。
彼女がここに来てから、もう数日が過ぎている。
部屋は豪華だった。
大きなベッド。
柔らかな絨毯。
鏡台には宝石が並び、クローゼットには新しいドレスが何着も掛けられている。
平民の娘だったリナにとって、それは夢のような生活だった。
だが――
胸の奥に、言葉にできない違和感があった。
そのとき、扉がノックされた。
「お嬢様」
年配のメイドが入ってくる。
「旦那様がお呼びです」
リナは立ち上がる。
「……はい」
メイドに案内され、長い廊下を歩く。
壁には大きな肖像画が並んでいる。
鎧を着た騎士。
王と並んで描かれた貴族。
どれもジオニック家の祖先なのだろう。
その視線を感じながら、リナは食堂へ入った。
長いテーブルの奥に、アドリアンが座っていた。
「やあ、リナ」
彼は微笑む。
「座るといい」
リナは静かに椅子に座った。
すぐに料理が運ばれてくる。
豪華な肉料理。
香りの良いパン。
見たこともない果物。
アドリアンはワインを口にしながら言う。
「屋敷の生活はどうだ?」
リナは少し迷ってから答えた。
「……とても、立派なお屋敷です」
アドリアンは満足そうに笑う。
「だろう?」
「君はもう平民の生活に戻る必要はない」
彼は優しく言った。
「ここで暮らせばいい」
リナは小さく頷く。
だが、少しだけ言いにくそうに言った。
「あの……」
「外へ出てもいいでしょうか」
アドリアンの手が止まった。
「外?」
「はい」
リナは少し勇気を出す。
「王都を見てみたくて……」
その瞬間。
アドリアンは笑った。
だがその笑顔は、どこか冷たかった。
「それは駄目だ」
リナは驚く。
「え?」
アドリアンは穏やかな声で続ける。
「王都は危険だ」
「君は平民だ」
「貴族の世界に慣れていない」
彼はグラスを置く。
「私が守らなければ」
その言葉は優しい。
だが、どこか決定的だった。
リナは困惑する。
「でも……」
「私はただ街を……」
アドリアンはゆっくり首を振った。
「必要ない」
「この屋敷にいればいい」
彼は微笑む。
「すべて用意してある」
確かに、何も不自由はない。
ドレスも、宝石も、食事も。
すべて揃っている。
だが――
リナは小さく聞いた。
「お手紙を出してもいいですか?」
「家族に……」
アドリアンは少し考え、言った。
「もちろん」
そして続ける。
「だが一度私に見せてくれ」
リナは驚く。
「え?」
アドリアンは当たり前のように言った。
「危険な内容があるかもしれない」
「君を守るためだ」
そのとき。
食堂の扉が開いた。
若い使用人が入ってくる。
「旦那様」
「商人が来ています」
アドリアンは不機嫌そうに顔をしかめた。
「通せ」
やがて一人の商人が入ってきた。
丁寧に頭を下げる。
「ジオニック様」
「先日の契約について……」
アドリアンは手を振った。
「回りくどい」
「結論だけ言え」
商人は慌てて言う。
「価格の件で、少し……」
その瞬間。
アドリアンの表情が変わった。
「平民が」
冷たい声だった。
「私に条件を出すのか?」
商人の顔が青くなる。
「い、いえ……」
「ただ事情が……」
アドリアンは椅子に背を預ける。
「聞く価値もない」
「契約はそのままだ」
「嫌なら帰れ」
商人は言葉を失った。
リナはその様子を見て、思わず言った。
「でも……」
アドリアンが振り向く。
「どうした?」
リナは小さく言う。
「その人も……」
「困っているみたいです」
アドリアンは一瞬黙った。
そして、ふっと笑う。
「優しいな、リナ」
彼は商人を指差した。
「だが、あれは違う」
「平民は道具だ」
「役に立つかどうか」
「それだけだ」
商人は何も言えず、深く頭を下げた。
「……失礼いたします」
部屋を出ていく。
リナは黙ったままだった。
アドリアンは立ち上がり、彼女の肩に手を置く。
「心配するな」
「君は特別だ」
彼は優しく囁く。
「私は君を愛している」
「君を守れるのは私だけだ」
その言葉は甘かった。
だが――
リナの胸の奥で、小さな不安が広がっていた。
豪華な屋敷。
優しい言葉。
だがそこには
見えない檻があった。
甘い言葉で作られた
甘い檻が。
王都の西に、ジオニック公爵家の屋敷はあった。
王都でも指折りの大邸宅。
広大な庭園、白い大理石の柱、豪奢な門。
その屋敷の一室で、リナは窓の外を見つめていた。
庭には美しく手入れされた花壇が並び、噴水が静かな音を立てている。
遠くには高い鉄の門。
その外には王都の街がある。
だが――
その門は閉ざされていた。
リナは小さく息を吐く。
「……外に出たいな」
その言葉は、誰にも届かないほど小さかった。
彼女がここに来てから、もう数日が過ぎている。
部屋は豪華だった。
大きなベッド。
柔らかな絨毯。
鏡台には宝石が並び、クローゼットには新しいドレスが何着も掛けられている。
平民の娘だったリナにとって、それは夢のような生活だった。
だが――
胸の奥に、言葉にできない違和感があった。
そのとき、扉がノックされた。
「お嬢様」
年配のメイドが入ってくる。
「旦那様がお呼びです」
リナは立ち上がる。
「……はい」
メイドに案内され、長い廊下を歩く。
壁には大きな肖像画が並んでいる。
鎧を着た騎士。
王と並んで描かれた貴族。
どれもジオニック家の祖先なのだろう。
その視線を感じながら、リナは食堂へ入った。
長いテーブルの奥に、アドリアンが座っていた。
「やあ、リナ」
彼は微笑む。
「座るといい」
リナは静かに椅子に座った。
すぐに料理が運ばれてくる。
豪華な肉料理。
香りの良いパン。
見たこともない果物。
アドリアンはワインを口にしながら言う。
「屋敷の生活はどうだ?」
リナは少し迷ってから答えた。
「……とても、立派なお屋敷です」
アドリアンは満足そうに笑う。
「だろう?」
「君はもう平民の生活に戻る必要はない」
彼は優しく言った。
「ここで暮らせばいい」
リナは小さく頷く。
だが、少しだけ言いにくそうに言った。
「あの……」
「外へ出てもいいでしょうか」
アドリアンの手が止まった。
「外?」
「はい」
リナは少し勇気を出す。
「王都を見てみたくて……」
その瞬間。
アドリアンは笑った。
だがその笑顔は、どこか冷たかった。
「それは駄目だ」
リナは驚く。
「え?」
アドリアンは穏やかな声で続ける。
「王都は危険だ」
「君は平民だ」
「貴族の世界に慣れていない」
彼はグラスを置く。
「私が守らなければ」
その言葉は優しい。
だが、どこか決定的だった。
リナは困惑する。
「でも……」
「私はただ街を……」
アドリアンはゆっくり首を振った。
「必要ない」
「この屋敷にいればいい」
彼は微笑む。
「すべて用意してある」
確かに、何も不自由はない。
ドレスも、宝石も、食事も。
すべて揃っている。
だが――
リナは小さく聞いた。
「お手紙を出してもいいですか?」
「家族に……」
アドリアンは少し考え、言った。
「もちろん」
そして続ける。
「だが一度私に見せてくれ」
リナは驚く。
「え?」
アドリアンは当たり前のように言った。
「危険な内容があるかもしれない」
「君を守るためだ」
そのとき。
食堂の扉が開いた。
若い使用人が入ってくる。
「旦那様」
「商人が来ています」
アドリアンは不機嫌そうに顔をしかめた。
「通せ」
やがて一人の商人が入ってきた。
丁寧に頭を下げる。
「ジオニック様」
「先日の契約について……」
アドリアンは手を振った。
「回りくどい」
「結論だけ言え」
商人は慌てて言う。
「価格の件で、少し……」
その瞬間。
アドリアンの表情が変わった。
「平民が」
冷たい声だった。
「私に条件を出すのか?」
商人の顔が青くなる。
「い、いえ……」
「ただ事情が……」
アドリアンは椅子に背を預ける。
「聞く価値もない」
「契約はそのままだ」
「嫌なら帰れ」
商人は言葉を失った。
リナはその様子を見て、思わず言った。
「でも……」
アドリアンが振り向く。
「どうした?」
リナは小さく言う。
「その人も……」
「困っているみたいです」
アドリアンは一瞬黙った。
そして、ふっと笑う。
「優しいな、リナ」
彼は商人を指差した。
「だが、あれは違う」
「平民は道具だ」
「役に立つかどうか」
「それだけだ」
商人は何も言えず、深く頭を下げた。
「……失礼いたします」
部屋を出ていく。
リナは黙ったままだった。
アドリアンは立ち上がり、彼女の肩に手を置く。
「心配するな」
「君は特別だ」
彼は優しく囁く。
「私は君を愛している」
「君を守れるのは私だけだ」
その言葉は甘かった。
だが――
リナの胸の奥で、小さな不安が広がっていた。
豪華な屋敷。
優しい言葉。
だがそこには
見えない檻があった。
甘い言葉で作られた
甘い檻が。
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