真実の愛のお相手は弟の妻でした ―年上悪役令嬢は二十九歳―』

鷹 綾

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第十話 違和感

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第十話 違和感

アルヴェイン公爵邸の書斎。

午後の光が机の上の書類を照らしていた。

フロレンティアは椅子に座り、静かに一枚の紙を見つめている。

そこに書かれているのは、オデット伯爵家の戸籍記録だった。

執事が言う。

「問題は年齢です」

フロレンティアは小さく頷いた。

「ええ」

紙に書かれている数字。

二十九歳。

フロレンティアはその数字を指で軽くなぞった。

「社交界では」

「二十歳でしたね」

執事は答える。

「はい」

「九歳の差がございます」

フロレンティアは少しだけ笑った。

「大胆ですね」

執事は続ける。

「結婚当時の記録では」

「ヴィオレッタ様は十九歳とされています」

フロレンティアは首を傾げた。

「でも実際は?」

執事は淡々と言う。

「二十八歳でした」

部屋が静まり返る。

フロレンティアは書類を机に戻した。

「……なるほど」

執事は続ける。

「弟君、ダリオン様は当時十七歳」

フロレンティアは小さく笑った。

「十一歳差」

執事が頷く。

「はい」

フロレンティアは椅子にもたれた。

「随分と急いだ結婚ですね」

執事は答える。

「伯爵家にとっては、公爵家との縁は非常に価値のあるものでした」

フロレンティアはゆっくり言う。

「だから」

「年齢を偽った」

執事は頷いた。

「その可能性が高いかと」

フロレンティアは窓の外を見た。

庭では庭師が薔薇を剪定している。

その穏やかな風景を眺めながら、彼女は静かに言った。

「面白いですね」

執事は何も言わない。

フロレンティアは続ける。

「二十九歳」

「それなのに」

彼女は軽く笑った。

「二十歳」

執事が言う。

「社交界ではその認識で通っています」

フロレンティアは小さく息をついた。

「若作りが上手なのですね」

執事は慎重に言う。

「あるいは」

「周囲が気づかないふりをしていたのかもしれません」

フロレンティアは頷いた。

「伯爵家ですもの」

「周囲も遠慮するでしょう」

執事は次の書類を差し出した。

「こちらも」

フロレンティアはそれを受け取る。

それは結婚証明書だった。

彼女は静かに読み上げる。

「ヴィオレッタ・オデット」

「配偶者」

彼女は小さく笑った。

「ダリオン・アルヴェイン」

執事が言う。

「正式な結婚でございます」

フロレンティアは書類を机に置いた。

「つまり」

彼女はゆっくり言う。

「ヴィオレッタは」

「今も」

執事が答える。

「既婚者です」

フロレンティアは少し考えた。

そして静かに言った。

「王太子は知っていますね」

執事は頷く。

「はい」

「確認しております」

フロレンティアは少しだけ眉を上げた。

「それでも?」

執事は答える。

「それでも」

「離婚させると」

フロレンティアは小さく笑った。

「王太子ですもの」

執事は静かに言う。

「ご自身の立場なら可能だと」

フロレンティアは紅茶を一口飲んだ。

「なるほど」

そして机の書類を軽く叩いた。

「年齢詐称」

「結婚」

「不貞」

執事は黙っている。

フロレンティアは静かに言った。

「ずいぶん材料が揃いましたね」

執事は目を細める。

フロレンティアは窓の外を見る。

「舞踏会の時」

彼女はゆっくり言う。

「私は言いかけました」

執事が答える。

「“その人は――”」

フロレンティアは小さく笑った。

「でも」

「止められた」

執事は静かに頷く。

フロレンティアは机の書類を整える。

「もし」

彼女はゆっくり言う。

「今、社交界で」

「ヴィオレッタが二十九歳だと知れたら」

執事は答えた。

「大騒ぎになります」

フロレンティアは微笑む。

「でしょうね」

そして紅茶を置く。

「でも」

彼女は静かに言った。

「まだ早い」

執事が尋ねる。

「では」

フロレンティアは答えた。

「もっと」

「大きな舞台で」

彼女の声は穏やかだった。

「明らかにしましょう」

執事が小さく頷く。

フロレンティアは最後に書類を見つめた。

そこには二つの名前が並んでいる。

ヴィオレッタ・オデット
ダリオン・アルヴェイン

フロレンティアは静かに呟いた。

「人妻で」

「二十九歳」

そしてゆっくり微笑む。

「王太子妃ですか」

その声は、とても穏やかだった。
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