白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

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第6話 縁談という名の非常事態

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第6話 縁談という名の非常事態

 異変は、ある朝、突然始まった。

「お嬢様……その……」

 執事長の声が、いつになく歯切れが悪い。
 ノエリア・ヴァンローゼは書斎で帳簿を確認していた手を止め、顔を上げた。

「何か問題でも?」

「問題と申しますか……
 状況と申しますか……」

 執事長は一度深く息を吸い、覚悟を決めたように告げた。

「縁談が――
 本日だけで、七件届いております」

「……はい?」

 一瞬、意味が理解できなかった。

「七件、です」

「……昨日は?」

「三件でございました」

 ノエリアは、ゆっくりとペンを机に置いた。

(増えていますわね)

 冷静に分析してみたが、原因に心当たりはない。

(婚約は破棄されました。
 社交には出ていません。
 誰とも親密な話はしていません)

 ――なぜ?

 応接間に移動すると、机の上には封蝋付きの書簡が山のように積まれていた。
 家名も立場も、実にさまざまだ。

「侯爵家……伯爵家……辺境伯……」

 ノエリアは一通も開かず、ただ眺める。

「全て、正式な縁談でございます」

「……全て?」

「はい。
 “誠実な返答を望む”と」

 ノエリアは、思わずこめかみを押さえた。

(これは……静かに暮らしたい人間への嫌がらせでは?)

 その頃、王都の社交界では――

「当然でしょう?」

 貴族夫人たちは、もはや結論を共有していた。

「高潔で、理性的で、
 しかも公の場で自分を守れる令嬢」

「今なら、どの家も放っておきませんわ」

「しかも“余計な情を引きずらない”」

 条件として、完璧すぎた。

 一方、ノエリアはまったく嬉しくない。

「執事長。
 すべてお断りください」

「……即断、で?」

「はい」

 即答だった。

 執事長は、一瞬だけ目を見開いた。

「理由を伺っても?」

「面倒ですわ」

 それ以上でも以下でもない。

「結婚は、生活です。
 勢いで決めるものではありません」

 その言葉は、あまりに正論だった。

 だが、問題はそこからだった。

 翌日。

「お嬢様……
 本日は、十二件です」

「増えましたわね」

 翌々日。

「……二十件、を超えました」

「……なぜ断っているのに増えるのです?」

 使用人たちは、もはや答えられなかった。

 王都では、こう解釈されていた。

「即答で断るなんて……
 条件ではなく“人”を見ている証拠ですわ」

「軽々しく決めないのね」

「だからこそ、本命に選ばれたい」

 ――完全に逆効果。

 その日の午後、ノエリアはさすがに疲れ切っていた。

「お嬢様……
 本日は、直接お会いしたいという要望も……」

「却下です」

「理由は……」

「“静かに暮らしたい”ですわ」

 侍女は、内心で涙を流した。

(その願い、叶いそうにありません……)

 そんな中、ひときわ異質な書簡が混じっていることに、執事長が気づいた。

「……こちらは」

 封蝋は簡素。
 だが、使われている紙は上質だった。

「隣国の……公爵家?」

 ノエリアは、初めてその書簡を手に取った。

「内容は?」

「“形式的な結婚を前提に、
 互いに干渉しない関係を望む”
 ……と」

 ノエリアの指が、わずかに止まる。

(……話が早い)

 それだけだった。

「こちらは、保留にしてください」

 執事長は目を丸くした。

「初めてですね」

「例外ですわ」

 その夜。

 ノエリアは寝室で一人、考えていた。

(なぜ、こうなったのかしら)

 答えは出ない。
 だが一つだけ、はっきりしている。

 自分は、一度も誰かに選ばれようとしたことがない。

 ただ、誤解されたくなかっただけ。
 事実を述べただけ。

 それなのに。

「……困りましたわね」

 小さく呟き、ランプを消す。

 その頃、王宮では――

「なぜだ……」

 アルベリク・フォン・アーデルハインは、報告書を握り潰していた。

「なぜ、俺ではなく……
 彼女のもとに、縁談が集まる……!」

 答えは、あまりにも単純だった。

 ――彼女は、言葉を正しく使った。
 ――彼は、使い損ねた。

 そしてこの日。

 ノエリア・ヴァンローゼは、初めて気づく。

 “静かに勝つ”という選択肢が、
 時に最も騒がしい結果を生むことを。


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