白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

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第8話 白い結婚は、もう白くない(噂的に)

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第8話 白い結婚は、もう白くない(噂的に)

 噂というものは、誰かが意図して流すよりも、
誰も止めなかったときに最も広がる。

 ノエリア・ヴァンローゼがその事実を思い知るのは、
隣国公爵ヴァルデリオとの面談から、わずか二日後のことだった。

「お嬢様……」

 朝食の席で、侍女の声がやけに慎重だった。

「本日、街で……いえ、王都全体で……」

「はい?」

 ノエリアは紅茶を一口飲み、穏やかに続きを促す。

「“白い結婚”という言葉が、飛び交っております」

 カップが、かすかに音を立てた。

「……もう?」

 早すぎる。
 というより、どこから漏れたのか。

(まだ“検討中”ですらありますのに)

 だが、その疑問はすぐに解消された。

「隣国公爵様が、
 “互いに干渉しない結婚”を提案なさった、と……」

「……あの一文ですわね」

 ノエリアは、内心でため息をついた。

(信頼のみ、というところが誤解を呼んだのかしら)

 屋敷の門前では、すでに空気が変わっていた。

「聞きました?」
「ええ、ええ……」

 すれ違う使用人たちの視線が、妙に敬意を帯びている。

「“白い結婚を選ぶ覚悟の令嬢”ですって……」

「覚悟?」

 ノエリアは、首を傾げた。

(生活の最適解を選んだだけなのだけれど)

 同じ頃、王都の社交界は――

「ついに、白を選ばれたのね……」

「やはり、あの方なら」

「感情に流されず、条件で結婚を選ぶ強さ……」

 完全に、物語化していた。

 中には、さらに話を盛る者まで現れる。

「きっと、あの“よよよ泣き”の夜に、
 すべてを悟られたのですわ……」

「愛を捨て、尊厳を取ったのね……」

 ――違う。

 ノエリアは、ただ静かに暮らしたいだけだ。

 一方その頃。

 隣国公爵ヴァルデリオは、自領の執務室で報告を受けていた。

「……白い結婚?」

 眉が、わずかに動く。

「はい。
 殿下とノエリア様のご関係が、
 “高潔な契約婚”として話題になっております」

「……話が早すぎるな」

 否定はしなかった。
 ただ、訂正もしなかった。

(否定すれば、余計に騒がしくなる)

 彼は、それを知っていた。

 だから、静観する。

 結果――
 噂は、さらに確定事項として広がった。

 その日の午後。

 ノエリアのもとに、ある招待状が届いた。

「……社交界主催の“祝意を兼ねた茶会”?」

 まだ婚約すらしていないのに。

「……祝意とは?」

 執事長は、視線を逸らした。

「“白い結婚を選ばれたご決断に敬意を表する”
 ……とのことです」

「決断……?」

 ノエリアは、ゆっくりと招待状を置いた。

(選択肢の中で、最も静かなものを選んだだけですわ)

 茶会当日。

 会場に入った瞬間、ノエリアは悟った。

(……逃げ場がありませんわね)

 貴族夫人たちの視線が、一斉に集まる。

「ノエリア様……」

「その覚悟、素晴らしいですわ」

「私など、到底……」

 覚悟。
 またその言葉だ。

「皆さま、誤解なさっています」

 ノエリアは、穏やかに言った。

「まだ何も決まっておりませんわ」

 一瞬、空気が止まる。

 だが次の瞬間。

「……お優しい」

「控えめ……」

「やはり高潔……」

 訂正が、称賛に変換された。

(なぜ……?)

 ノエリアは、本気で困惑していた。

 その頃、王宮では。

「白い結婚だと……?」

 アルベリク・フォン・アーデルハインは、報告を聞いて顔を歪めた。

「愛を捨てた?
 尊厳を選んだ?」

 拳を握りしめる。

「……俺といたときは、
 そんな覚悟など見せなかったくせに……!」

 その言葉を聞いた側近は、何も言わなかった。

 言えなかった。

 ――見せる必要がなかっただけだ、とは。

 夜。

 ノエリアは、屋敷の自室で一人、考えていた。

(白い結婚……)

 元々は、便利な言葉だと思った。

 干渉がなく、誤解も少ない。

 だが今や、その言葉は――
 理想像として独り歩きしている。

(……これは、想定外ですわ)

 それでも。

 今日一日を振り返って、気づいたことが一つあった。

 誰も、彼女に
「我慢しろ」
「耐えろ」
とは言わなかった。

 むしろ。

「あなたの選択は、正しい」

 そう言われ続けたのだ。

 それは――
 これまで一度も、与えられなかった肯定だった。

 ノエリアは、そっと窓を開け、夜風を感じる。

(……静かに暮らすのは、
 案外、難しいものですわね)

 だが、不思議と――
 胸の奥は、ざわついていなかった。

 白い結婚は、まだ始まっていない。

 けれど、
 白い結婚という言葉が、
 彼女を守る盾になり始めていることだけは、
 確かだった。


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