白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

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第10話 白い結婚(予定)、公式の場へ

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第10話 白い結婚(予定)、公式の場へ

 公式発表というものは、たいてい静かに行われる。
 だがその影響は、決して静かではない。

 王都に流れた一枚の通達は、余計な修飾も感情もなく、事実だけを淡々と記していた。

> 公爵令嬢ノエリア・ヴァンローゼは、
隣国公爵ヴァルデリオと、
将来的な婚姻を前提とした協議に入った。



 それだけだ。

 ――それだけなのに。

 朝の王都は、ざわめいていた。

「ついに、公式ですって」

「“協議”という言い方が、また……」

「慎重で、品があるわね」

 人々は、勝手に意味を足していく。

 ノエリア・ヴァンローゼ本人は、その頃、自室でいつも通り朝の紅茶を飲んでいた。

(協議、という言葉を選んだのは正解でしたわね)

 婚約でも、結婚でもない。
 だが、曖昧さを残さない。

 それが今回の狙いだった。

「お嬢様……」

 侍女が、少し興奮した様子で駆け寄ってくる。

「今朝から、縁談の書簡が……」

「……減りました?」

「はい。
 ほぼ、止まりました」

 ノエリアは、ほっと息を吐いた。

「効果が出ましたのね」

 白い結婚(予定)。
 それは、彼女にとって――
 平穏を守るための正式な盾だった。


---

 一方、王宮。

 アルベリク・フォン・アーデルハインは、執務机に置かれた通達を睨みつけていた。

「……協議?」

 紙を握る手に、力がこもる。

「婚約でもない。
 結婚でもない」

 なのに。

「なぜ……
 なぜ、俺よりも“安定して見える”……」

 側近は、慎重に言葉を選ぶ。

「殿下。
 “安定して見える”のではありません」

「……?」

「安定しているのです」

 アルベリクは、言葉を失った。

「感情を煽らず、
 相手に期待を押し付けず、
 条件と信頼だけを提示する」

 側近は続ける。

「それは、王族にこそ求められる姿勢です」

 アルベリクは、苦々しく唇を噛んだ。

「……俺は、
 捨てたつもりだった」

 だが今、ようやく理解し始めていた。

 ――選ばれなかったのは、自分だ。


---

 午後。
 ノエリアは、ヴァルデリオからの簡潔な書状を受け取った。

> 通達、確認した。
問題はないか。



 返事も、同じくらい簡潔でいい。

> 問題ありません。
効果は、想定以上です。



 数時間後、再び返事が届く。

> それは何よりだ。
無理は、していないか。



 ノエリアは、少しだけ考えた。

(……気遣われている、ということでしょうか)

 短く返す。

> しておりません。
むしろ、静かです。



 返事は、それだけで終わった。

 だが、その“終わり方”が心地よかった。


---

 その夜。
 ノエリアは、久しぶりに庭園を歩いていた。

 以前なら、夜の散策など考えられなかった。
 噂や視線が、必ずついてきたからだ。

 だが今は違う。

「……不思議ですわね」

 白い結婚という言葉は、
 距離を取るためのものだったはずなのに。

 今は――
 彼女を守る名前になっている。

 その頃、王都の社交界では、すでに評価が固まりつつあった。

「無理のない関係」

「対等な立場」

「理想的な契約婚」

 誰も、彼女に
「我慢しろ」
「耐えろ」
とは言わない。

 それどころか。

「幸せそうね」

 そう、言われ始めていた。

 ノエリアは、その言葉に戸惑いながらも、否定はしなかった。

(……悪くは、ありませんわ)

 恋ではない。
 情熱もない。

 けれど。

 今日という一日は、
 これまでで一番、心が静かだった。

 それだけで、十分だった。

 白い結婚(予定)は、公式になった。

 そしてそれは――
 彼女の人生に、
 初めて“選べる未来”をもたらしていた。


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