白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

文字の大きさ
11 / 39

第11話 初同行、静かすぎる二人

しおりを挟む
第11話 初同行、静かすぎる二人

 公式の場に、二人で姿を見せる。
 それだけで、これほどまでに周囲が騒ぐとは――。

 ノエリア・ヴァンローゼは、馬車の中で静かに姿勢を正した。

「緊張なさっています?」

 向かいに座る隣国公爵ヴァルデリオが、低い声で問いかける。

「いいえ」

 即答だった。

「ただ、視線が増えるのだろうと思っているだけですわ」

「……それは、否定できない」

 今日の目的は、王都主催の慈善式典。
 形式的とはいえ、“将来的な婚姻を前提とした協議中”の相手として、
 二人は初めて公式に同行することになっていた。

 馬車が止まり、扉が開く。

 その瞬間――
 視線が、集中した。

「……来たわ」

「隣国公爵様と……」

「本当に一緒に……」

 ざわめきが、波のように広がる。

 ノエリアは、内心で小さく頷いた。

(想定内ですわ)

 ヴァルデリオは、自然な動作で手を差し出した。

「足元に注意を」

「ありがとうございます」

 それだけのやり取りだった。

 だが――
 それだけで十分だった。

(……今の見ました?)
(さりげなさが……)
(距離が近すぎません?)

 ――近くない。

 実際には、必要最低限だ。

 だが、周囲の解釈は違った。

 二人が会場に入ると、空気が一段変わった。

「ノエリア様……」

「本日は、ご出席ありがとうございます」

 声をかけられるたび、ノエリアは丁寧に応じる。
 ヴァルデリオは、一歩半歩後ろで、必要なときだけ言葉を添える。

 過剰でもなく、無関心でもない。

(……この距離感、理想的ですわ)

 ノエリアは、内心で評価を下した。

 一方、周囲の貴族たちは――
 まったく別の評価をしていた。

「公爵様、完全に寄り添っていますわね」

「言葉少ななのに、全部把握している感じ……」

「溺愛……?」

 その言葉が囁かれた瞬間、ノエリアは気づいた。

(……訂正するのは、無意味ですわね)

 式典の最中、ノエリアは主催者から感謝の言葉を受けた。

「先日の件で、お忙しい中を……」

「いえ。
 公の役目でございますもの」

 その受け答えに、周囲はまた深読みする。

(公の役目……)
(個人感情を挟まない覚悟……)
(やはり白い結婚……尊い……)

 ヴァルデリオは、ノエリアの横顔を見ていた。

 落ち着いている。
 視線に怯えず、誇示もせず、ただ淡々と役目を果たす。

(……やはり、無理をしていない)

 それは、彼にとって何より重要な確認だった。

 式典後、控室に通された二人は、ようやく人目から解放された。

「……お疲れさまでした」

 ノエリアがそう言うと、ヴァルデリオは小さく頷いた。

「想定より、静かだった」

「そうでしょうか?」

「少なくとも、私は」

 ノエリアは、思わず微笑んだ。

「それなら、成功ですわ」

 その笑顔に、ヴァルデリオは一瞬、視線を逸らした。

 ――見慣れていない表情だった。

 一方その頃。

 会場の隅で、その様子を遠巻きに見ていた人物がいる。

 アルベリク・フォン・アーデルハイン。

 招かれていたが、話しかける勇気はなかった。

(……違う)

 彼の胸に浮かんだのは、明確な違和感だった。

(あれは……
 俺といたときの彼女じゃない)

 騒がしくもなく、緊張もなく、
 ただ――安心して立っている。

「……俺は」

 アルベリクは、唇を噛んだ。

「……何を、間違えた……」

 だが、その問いに答えてくれる者はいない。

 式典を終え、再び馬車に戻る。

「本日は、助かりました」

 ノエリアが言う。

「私の方こそ」

 ヴァルデリオは、少し考えてから続けた。

「……次も、同様で問題ないか」

「はい」

 即答だった。

「今日の距離感が、最適です」

 その言葉に、ヴァルデリオは短く息を吐いた。

「了解した」

 それだけ。

 だが、その“了解”は――
 彼女の選択を、完全に尊重するという意思表示だった。

 屋敷に戻ったノエリアは、ドレスを脱ぎながら思う。

(……今日は、疲れませんでしたわ)

 公式の場に出たにもかかわらず。
 注目を浴びたにもかかわらず。

 心は、静かだった。

 一方、王都では――

「やはり、お似合いですわね」

「無理がない」

「“白い結婚”というより……
 理想的な大人の関係では?」

 そんな声が、確信へと変わりつつあった。

 ノエリアは、そのことをまだ知らない。

 ただ一つ、確かなのは――

 今日という一日で、
 “この人と並ぶこと”が、日常になり得ると、
 初めて実感したことだった。

 恋ではない。
 けれど。

 それは、確実に――
 未来へと続く一歩だった。


-
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚のはずでしたが、いつの間にか選ぶ側になっていました

ふわふわ
恋愛
王太子アレクシオンとの婚約を、 「完璧すぎて可愛げがない」という理不尽な理由で破棄された 侯爵令嬢リオネッタ・ラーヴェンシュタイン。 涙を流しながらも、彼女の内心は静かだった。 ――これで、ようやく“選ばれる人生”から解放される。 新たに提示されたのは、冷徹無比と名高い公爵アレスト・グラーフとの 白い結婚という契約。 干渉せず、縛られず、期待もしない―― それは、リオネッタにとって理想的な条件だった。 しかし、穏やかな日々の中で、 彼女は少しずつ気づいていく。 誰かに価値を決められる人生ではなく、 自分で選び、立ち、並ぶという生き方に。 一方、彼女を切り捨てた王太子と王城は、 静かに、しかし確実に崩れていく。 これは、派手な復讐ではない。 何も奪わず、すべてを手に入れた令嬢の物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

あの日々に戻りたくない!自称聖女の義妹に夫と娘を奪われた妃は、死に戻り聖女の力で復讐を果たす

青の雀
恋愛
公爵令嬢スカーレット・ロッテンマイヤーには、前世の記憶がある。 幼いときに政略で結ばれたジェミニ王国の第1王子ロベルトと20歳の時に結婚した。 スカーレットには、7歳年下の義妹リリアーヌがいるが、なぜかリリアーヌは、ロッテンマイヤー家に来た時から聖女様を名乗っている。 ロッテンマイヤーは、代々異能を輩出している家柄で、元は王族 物語は、前世、夫に殺されたところから始まる。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

処理中です...