白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

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第11話 初同行、静かすぎる二人

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第11話 初同行、静かすぎる二人

 公式の場に、二人で姿を見せる。
 それだけで、これほどまでに周囲が騒ぐとは――。

 ノエリア・ヴァンローゼは、馬車の中で静かに姿勢を正した。

「緊張なさっています?」

 向かいに座る隣国公爵ヴァルデリオが、低い声で問いかける。

「いいえ」

 即答だった。

「ただ、視線が増えるのだろうと思っているだけですわ」

「……それは、否定できない」

 今日の目的は、王都主催の慈善式典。
 形式的とはいえ、“将来的な婚姻を前提とした協議中”の相手として、
 二人は初めて公式に同行することになっていた。

 馬車が止まり、扉が開く。

 その瞬間――
 視線が、集中した。

「……来たわ」

「隣国公爵様と……」

「本当に一緒に……」

 ざわめきが、波のように広がる。

 ノエリアは、内心で小さく頷いた。

(想定内ですわ)

 ヴァルデリオは、自然な動作で手を差し出した。

「足元に注意を」

「ありがとうございます」

 それだけのやり取りだった。

 だが――
 それだけで十分だった。

(……今の見ました?)
(さりげなさが……)
(距離が近すぎません?)

 ――近くない。

 実際には、必要最低限だ。

 だが、周囲の解釈は違った。

 二人が会場に入ると、空気が一段変わった。

「ノエリア様……」

「本日は、ご出席ありがとうございます」

 声をかけられるたび、ノエリアは丁寧に応じる。
 ヴァルデリオは、一歩半歩後ろで、必要なときだけ言葉を添える。

 過剰でもなく、無関心でもない。

(……この距離感、理想的ですわ)

 ノエリアは、内心で評価を下した。

 一方、周囲の貴族たちは――
 まったく別の評価をしていた。

「公爵様、完全に寄り添っていますわね」

「言葉少ななのに、全部把握している感じ……」

「溺愛……?」

 その言葉が囁かれた瞬間、ノエリアは気づいた。

(……訂正するのは、無意味ですわね)

 式典の最中、ノエリアは主催者から感謝の言葉を受けた。

「先日の件で、お忙しい中を……」

「いえ。
 公の役目でございますもの」

 その受け答えに、周囲はまた深読みする。

(公の役目……)
(個人感情を挟まない覚悟……)
(やはり白い結婚……尊い……)

 ヴァルデリオは、ノエリアの横顔を見ていた。

 落ち着いている。
 視線に怯えず、誇示もせず、ただ淡々と役目を果たす。

(……やはり、無理をしていない)

 それは、彼にとって何より重要な確認だった。

 式典後、控室に通された二人は、ようやく人目から解放された。

「……お疲れさまでした」

 ノエリアがそう言うと、ヴァルデリオは小さく頷いた。

「想定より、静かだった」

「そうでしょうか?」

「少なくとも、私は」

 ノエリアは、思わず微笑んだ。

「それなら、成功ですわ」

 その笑顔に、ヴァルデリオは一瞬、視線を逸らした。

 ――見慣れていない表情だった。

 一方その頃。

 会場の隅で、その様子を遠巻きに見ていた人物がいる。

 アルベリク・フォン・アーデルハイン。

 招かれていたが、話しかける勇気はなかった。

(……違う)

 彼の胸に浮かんだのは、明確な違和感だった。

(あれは……
 俺といたときの彼女じゃない)

 騒がしくもなく、緊張もなく、
 ただ――安心して立っている。

「……俺は」

 アルベリクは、唇を噛んだ。

「……何を、間違えた……」

 だが、その問いに答えてくれる者はいない。

 式典を終え、再び馬車に戻る。

「本日は、助かりました」

 ノエリアが言う。

「私の方こそ」

 ヴァルデリオは、少し考えてから続けた。

「……次も、同様で問題ないか」

「はい」

 即答だった。

「今日の距離感が、最適です」

 その言葉に、ヴァルデリオは短く息を吐いた。

「了解した」

 それだけ。

 だが、その“了解”は――
 彼女の選択を、完全に尊重するという意思表示だった。

 屋敷に戻ったノエリアは、ドレスを脱ぎながら思う。

(……今日は、疲れませんでしたわ)

 公式の場に出たにもかかわらず。
 注目を浴びたにもかかわらず。

 心は、静かだった。

 一方、王都では――

「やはり、お似合いですわね」

「無理がない」

「“白い結婚”というより……
 理想的な大人の関係では?」

 そんな声が、確信へと変わりつつあった。

 ノエリアは、そのことをまだ知らない。

 ただ一つ、確かなのは――

 今日という一日で、
 “この人と並ぶこと”が、日常になり得ると、
 初めて実感したことだった。

 恋ではない。
 けれど。

 それは、確実に――
 未来へと続く一歩だった。


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