白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

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第12話 溺愛と呼ばれているらしい

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第12話 溺愛と呼ばれているらしい

 ノエリア・ヴァンローゼが、その言葉を初めて耳にしたのは、
午前中の執務がひと段落した頃だった。

「お嬢様……」

 侍女が、なぜか妙に遠慮がちだ。

「はい?」

「その……社交界で……」

 歯切れが悪い。
 つまり、碌な話ではない。

「“溺愛”と……」

 ノエリアは、書類から目を上げた。

「……何を?」

「お嬢様が、です」

 少し考える。

「誰に?」

「隣国公爵様に……」

 沈黙。

「…………」

 ノエリアは、ゆっくりとペンを置いた。

「確認させてくださいませ」

「は、はい」

「わたくしが溺愛されている、という噂ですの?」

「はい……」

 ノエリアは、天井を見上げた。

(どこで、どうして、そうなりましたの……)

 心当たりを探す。

・公式同行
・必要最低限の会話
・過剰な接触なし
・贈り物なし
・甘い言葉なし

(……要素が一つもありませんわ)

 それでも噂は、噂として成長していた。


---

 王都・社交界。

「見ました? あの距離感」

「ええ……絶妙でしたわ……」

「一歩後ろに控えながら、
 視線は常にノエリア様……」

「言葉少なで、必要なときだけ支える……」

 ――それはもう、完全に“溺愛公爵”だった。

「しかも、ノエリア様」

「はい?」

「まったく浮かれていない」

「……それがまた」

「“守られている自覚がある女性”の余裕……」

 話は、止まるどころか加速していく。


---

 一方その頃。

 当の本人は、屋敷の応接室で、執事長から報告を受けていた。

「本日も、招待状が届いております」

「断ってください」

「すべて、ですか?」

「はい。
 “溺愛されている令嬢”は、忙しいそうですから」

 皮肉のつもりだった。

 だが、執事長は真顔で頷く。

「承知しました」

(通じていませんわね……)

 そこへ、追加情報が届く。

「なお、隣国公爵様の評価も……」

「……まだありますの?」

「“寡黙だが、一途”
 “言葉で縛らない真の愛情”
 とのことです」

 ノエリアは、額に手を当てた。

(……勝手に人物像が完成していますわ)


---

 その日の午後。

 ノエリアは、隣国公爵ヴァルデリオから短い書簡を受け取った。

> 先日の件で、何か不都合は起きていないか。



 ――つまり、噂の件だ。

 ノエリアは、少し考えてから返事を書く。

> 不都合はありません。
ただ、誤解が育っているようです。



 返事は、思ったより早く届いた。

> 放置している。
修正すると、騒ぎが増える。



 ……同意しかない。

 ノエリアは、苦笑しながらペンを走らせる。

> 合理的ですわ。
わたくしも、同じ判断です。



 そのやり取りを、侍女が横で見ていた。

(……溺愛では?)

 ノエリアは、気づかない。


---

 数日後。

 再び公式の場に姿を見せることになった二人。

 今回は、短時間の顔合わせのみ。

 だが――

「ノエリア様……」

「お美しい……」

「公爵様の視線……」

 周囲の熱量が、前回より明らかに高い。

 ノエリアは、内心で冷静に分析する。

(距離、前回と同じですわ)
(会話量、むしろ減っています)

 だが、周囲の評価は真逆だった。

「……完全に包囲していますわね」

「逃がす気、ありませんわ」

「言葉にしないところが、また……」

 ヴァルデリオは、ノエリアの歩調が少し乱れたのを見て、足を緩めた。

「……疲れたか」

「いいえ」

 即答。

「ですが、少し静かな場所がよろしいです」

「了解した」

 それだけで、動線が変わる。

 その様子を見た貴族たちは、息を呑んだ。

(今の……)
(合図だけで……)
(通じてる……)

 ――溺愛確定。


---

 控室。

「……今日は、少し騒がしいですわね」

 ノエリアが言う。

「慣れる必要はない」

 ヴァルデリオは、淡々と返す。

「必要以上に付き合う義務もない」

 ノエリアは、少しだけ目を細めた。

「ありがとうございます」

 その一言に、彼は小さく頷いただけだった。

 それでも。

 ノエリアは、ふと思う。

(……こういうところが、
 “溺愛”と誤解されるのかもしれませんわね)

 だが、嫌ではなかった。

 むしろ。

(楽、ですわ)

 それが、何よりだった。


---

 夜。

 日記を開き、ノエリアは書く。

『最近、溺愛されているらしい。
 実感はない。
 ただ、毎日が静かである。』

 一行空けて、付け足す。

『それは、悪くない。』

 周囲は盛大に盛り上がり、
 本人たちは、いつも通り。

 だが、その温度差こそが――
 この関係の、何よりの安定だった。


---
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