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第14話 一緒に暮らす前の、静かな話
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第14話 一緒に暮らす前の、静かな話
結婚とは、感情ではなく生活だ。
ノエリア・ヴァンローゼは、その考えを一度も疑ったことがない。
だからこそ――
白い結婚(予定)という形は、彼女にとって極めて現実的だった。
「では、具体的な生活のすり合わせを」
隣国公爵ヴァルデリオは、そう切り出した。
場所は、王都郊外の別邸。
応接室には、余計な装飾も侍従もいない。
二人だけ。
この時点で、ノエリアは内心、かなり評価を上げていた。
(人を増やさない。
話が早いですわ)
「はい。
感情論は不要です」
「同意する」
即答だった。
---
「まず、居住空間について」
ヴァルデリオは、簡潔な図面を机に置いた。
「結婚後、君はこの邸に住むことになる」
「……寝室は」
「別だ」
ノエリアは、ほんの一瞬だけ目を瞬かせた。
「最初から、その想定なのですね」
「当然だ」
ヴァルデリオは淡々と続ける。
「同室は、不要な誤解を生む。
必要になるまで、距離は保つ」
――必要になるまで。
その言葉を、ノエリアはあえて拾わなかった。
(余計な確認は、不要ですわ)
「次に、生活時間」
「食事は?」
「原則、別」
「社交の場では?」
「同席する」
すべてが、合理的だった。
「私生活に干渉しない。
公的な場では、協力する」
ノエリアは、静かに頷いた。
「完璧ですわ」
その一言に、ヴァルデリオはわずかに視線を上げた。
「……問題点は?」
「ありません」
即答。
「むしろ、想定よりも快適です」
それは、最大級の賛辞だった。
---
話は、細部へと進む。
「金銭管理は?」
「各自」
「必要経費は?」
「公爵家持ち」
「個人裁量は?」
「干渉しない」
ノエリアは、思わず小さく息を吐いた。
「……確認させてくださいませ」
「どうぞ」
「わたくしが、何もしなくても――
責められませんか?」
ヴァルデリオは、一拍置いて答えた。
「責める理由がない」
「“妻なのに”という言葉は?」
「使わない」
その瞬間。
ノエリアの肩から、何かが落ちた。
(……それを、ずっと警戒していましたのね)
彼女は、自分でも気づいていなかった緊張に、初めて自覚的になった。
「ありがとうございます」
自然と、声が柔らいだ。
ヴァルデリオは、その変化を見逃さなかった。
「……無理をしていたか」
「……少しだけ」
正直な答えだった。
「ですが、今は――
安心しています」
それを聞いた瞬間、ヴァルデリオはわずかに息を吐いた。
「それなら、よかった」
その言葉に、余計な意味はない。
だが――
安堵だけは、確かに含まれていた。
---
話し合いが終わる頃。
「一つだけ、提案がある」
ヴァルデリオが言う。
「何でしょう?」
「月に一度、
“生活に不都合がないか”の確認をしたい」
ノエリアは、少し考えた。
「……報告会、ですか?」
「そうだ」
即答。
「感情ではなく、状況の確認」
「合理的ですわ」
彼女は微笑んだ。
「それなら、わたくしも一つ」
「聞こう」
「“嫌だ”と思ったことは、
即座に共有すること」
ヴァルデリオは、即答した。
「同意する」
その一致に、ノエリアは内心、少しだけ驚いた。
(……ここまで、噛み合うとは)
---
別邸を出るとき。
空は、すでに夕暮れに染まっていた。
「今日は、長くなりましたわね」
「時間を取らせた」
「いいえ」
ノエリアは、はっきり言った。
「有意義でした」
その言葉に、ヴァルデリオは一瞬、足を止めた。
「……そう言われるのは、久しぶりだ」
それは、独り言のようだった。
「でしたら、なお良かったですわ」
そう返して、ノエリアは馬車に乗り込む。
扉が閉まる直前。
「ノエリア」
呼び止める声。
「はい?」
「……今日は、ありがとう」
それだけ。
だが、その一言は――
形式でも社交辞令でもなかった。
「こちらこそ」
ノエリアは、静かに微笑んだ。
---
帰路の馬車の中。
(……奇妙ですわね)
白い結婚。
距離を保つはずの関係。
それなのに。
(こんなにも、
“一緒に暮らす未来”が想像しやすい)
恋ではない。
ときめきもない。
だが。
安心の積み重ねが、
いつか感情に変わる可能性を、
彼女は初めて、現実的に感じていた。
それは、
これまでの人生で――
決して得られなかった感覚だった。
結婚とは、感情ではなく生活だ。
ノエリア・ヴァンローゼは、その考えを一度も疑ったことがない。
だからこそ――
白い結婚(予定)という形は、彼女にとって極めて現実的だった。
「では、具体的な生活のすり合わせを」
隣国公爵ヴァルデリオは、そう切り出した。
場所は、王都郊外の別邸。
応接室には、余計な装飾も侍従もいない。
二人だけ。
この時点で、ノエリアは内心、かなり評価を上げていた。
(人を増やさない。
話が早いですわ)
「はい。
感情論は不要です」
「同意する」
即答だった。
---
「まず、居住空間について」
ヴァルデリオは、簡潔な図面を机に置いた。
「結婚後、君はこの邸に住むことになる」
「……寝室は」
「別だ」
ノエリアは、ほんの一瞬だけ目を瞬かせた。
「最初から、その想定なのですね」
「当然だ」
ヴァルデリオは淡々と続ける。
「同室は、不要な誤解を生む。
必要になるまで、距離は保つ」
――必要になるまで。
その言葉を、ノエリアはあえて拾わなかった。
(余計な確認は、不要ですわ)
「次に、生活時間」
「食事は?」
「原則、別」
「社交の場では?」
「同席する」
すべてが、合理的だった。
「私生活に干渉しない。
公的な場では、協力する」
ノエリアは、静かに頷いた。
「完璧ですわ」
その一言に、ヴァルデリオはわずかに視線を上げた。
「……問題点は?」
「ありません」
即答。
「むしろ、想定よりも快適です」
それは、最大級の賛辞だった。
---
話は、細部へと進む。
「金銭管理は?」
「各自」
「必要経費は?」
「公爵家持ち」
「個人裁量は?」
「干渉しない」
ノエリアは、思わず小さく息を吐いた。
「……確認させてくださいませ」
「どうぞ」
「わたくしが、何もしなくても――
責められませんか?」
ヴァルデリオは、一拍置いて答えた。
「責める理由がない」
「“妻なのに”という言葉は?」
「使わない」
その瞬間。
ノエリアの肩から、何かが落ちた。
(……それを、ずっと警戒していましたのね)
彼女は、自分でも気づいていなかった緊張に、初めて自覚的になった。
「ありがとうございます」
自然と、声が柔らいだ。
ヴァルデリオは、その変化を見逃さなかった。
「……無理をしていたか」
「……少しだけ」
正直な答えだった。
「ですが、今は――
安心しています」
それを聞いた瞬間、ヴァルデリオはわずかに息を吐いた。
「それなら、よかった」
その言葉に、余計な意味はない。
だが――
安堵だけは、確かに含まれていた。
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話し合いが終わる頃。
「一つだけ、提案がある」
ヴァルデリオが言う。
「何でしょう?」
「月に一度、
“生活に不都合がないか”の確認をしたい」
ノエリアは、少し考えた。
「……報告会、ですか?」
「そうだ」
即答。
「感情ではなく、状況の確認」
「合理的ですわ」
彼女は微笑んだ。
「それなら、わたくしも一つ」
「聞こう」
「“嫌だ”と思ったことは、
即座に共有すること」
ヴァルデリオは、即答した。
「同意する」
その一致に、ノエリアは内心、少しだけ驚いた。
(……ここまで、噛み合うとは)
---
別邸を出るとき。
空は、すでに夕暮れに染まっていた。
「今日は、長くなりましたわね」
「時間を取らせた」
「いいえ」
ノエリアは、はっきり言った。
「有意義でした」
その言葉に、ヴァルデリオは一瞬、足を止めた。
「……そう言われるのは、久しぶりだ」
それは、独り言のようだった。
「でしたら、なお良かったですわ」
そう返して、ノエリアは馬車に乗り込む。
扉が閉まる直前。
「ノエリア」
呼び止める声。
「はい?」
「……今日は、ありがとう」
それだけ。
だが、その一言は――
形式でも社交辞令でもなかった。
「こちらこそ」
ノエリアは、静かに微笑んだ。
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帰路の馬車の中。
(……奇妙ですわね)
白い結婚。
距離を保つはずの関係。
それなのに。
(こんなにも、
“一緒に暮らす未来”が想像しやすい)
恋ではない。
ときめきもない。
だが。
安心の積み重ねが、
いつか感情に変わる可能性を、
彼女は初めて、現実的に感じていた。
それは、
これまでの人生で――
決して得られなかった感覚だった。
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