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第15話 静かすぎる新生活
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第15話 静かすぎる新生活
引っ越しというものは、もう少し騒がしいものだと思っていた。
ノエリア・ヴァンローゼは、馬車の窓から見える隣国公爵領の景色を眺めながら、そんなことを考えていた。
(拍手もない。
号外も出ない。
誰も泣いていない)
――非常に、平和である。
それなのに。
「お嬢様……」
同行してきた侍女の声は、なぜか緊張に満ちていた。
「はい?」
「周囲の視線が……」
ノエリアは、さらりと答える。
「想定内ですわ」
それで終わりだった。
---
公爵邸は、驚くほど静かだった。
豪奢ではあるが、必要以上に主張しない。
廊下は広く、音が響かない。
(……落ち着きますわね)
案内役の執事が、深く一礼する。
「こちらが、奥様――いえ、
ノエリア様のお部屋でございます」
「ありがとうございます」
案内された部屋は、広いが簡素だった。
調度品は必要最低限。
色調は落ち着いていて、目に優しい。
「事前に、ご要望を伺っておりましたので」
「……え?」
ノエリアは、わずかに目を瞬かせた。
「読書用の照明、
静音性の高い扉、
外からの視線を遮る配置」
執事は淡々と続ける。
「すべて、公爵様からの指示でございます」
ノエリアは、言葉を失った。
(……そんな細かい話、
確かにしましたけれど……)
それは、生活すり合わせの際に、
何気なく口にした好みだった。
――それが、すべて反映されている。
「……過剰ではありませんか?」
思わず、そう口にしていた。
執事は、少しだけ首を傾げる。
「“無理をさせない”と」
「……なるほど」
(これが、“溺愛”と誤解される原因ですわね)
だが、ノエリアは否定しなかった。
楽だったからだ。
---
一方、邸内では。
「ついに、始まりましたわね……」
「白い結婚(予定)生活……」
使用人たちは、ひそひそと声を潜めている。
「でも……」
「ええ……」
「空気が、普通すぎません?」
期待していたのは、
冷たい夫婦か、緊張感のある距離。
だが現実は――
業務開始初日のような落ち着きだった。
---
午後。
ノエリアは、自室で荷ほどきをしていた。
そこへ、控えめなノック。
「……どうぞ」
現れたのは、ヴァルデリオだった。
「部屋の具合はどうだ」
「問題ありません」
即答。
「むしろ、快適ですわ」
ヴァルデリオは、わずかに肩の力を抜いた。
「それなら、よかった」
それだけ。
余計な言葉はない。
「……確認ですが」
ノエリアが言う。
「本日の夕食は?」
「別だ」
「承知しました」
このやり取りを、廊下の向こうで聞いていた使用人が、顔を見合わせる。
(……仲が悪い?)
(……いや、違う)
(……無駄がない)
結論が出ない。
---
夕方。
ノエリアは、書斎で帳簿を整理していた。
誰にも邪魔されない。
声もない。
(……静かですわ)
それが、心地よかった。
そこへ、再びノック。
「……どうぞ」
今度は、メイド長だった。
「ノエリア様。
差し出がましいのですが……」
「はい?」
「ご不便な点は……」
「ありません」
即答。
「むしろ、静かすぎて驚いています」
メイド長は、ほっとしたような、困ったような表情を浮かべた。
「……その、
公爵様が、必要以上に干渉しないよう
強く申し付けておりまして」
「ええ。
その方針は、ありがたいですわ」
メイド長は、内心で叫んだ。
(……それが溺愛なのです!!)
---
夜。
ノエリアは、自室で紅茶を飲みながら、今日一日を振り返る。
(何も起きませんでしたわね)
争いもない。
誤解もない。
期待を押し付けられることもない。
白い結婚(予定)生活の初日は――
驚くほど平凡だった。
だが。
それが、何よりも価値のあることだと、
彼女はよく知っている。
---
同じ頃。
ヴァルデリオは、自室で報告を受けていた。
「ノエリア様、問題なくお過ごしです」
「……そうか」
短く、それだけ。
「笑顔も、見られました」
その一言に、ヴァルデリオはわずかに目を伏せた。
「……それなら、十分だ」
---
翌朝。
ノエリアは、いつも通りの時間に起き、
いつも通りの朝を迎えた。
ただ一つ違うのは――
ここが、公爵邸であるという点だけ。
(……案外、すぐ慣れそうですわね)
そして。
屋敷中が、ひそかに確信していた。
「これは……」
「“白い結婚”ではない……」
「“安心の共同生活”だ……」
本人たちが最も気づいていない事実が、
周囲の間で、着々と固まりつつあった。
引っ越しというものは、もう少し騒がしいものだと思っていた。
ノエリア・ヴァンローゼは、馬車の窓から見える隣国公爵領の景色を眺めながら、そんなことを考えていた。
(拍手もない。
号外も出ない。
誰も泣いていない)
――非常に、平和である。
それなのに。
「お嬢様……」
同行してきた侍女の声は、なぜか緊張に満ちていた。
「はい?」
「周囲の視線が……」
ノエリアは、さらりと答える。
「想定内ですわ」
それで終わりだった。
---
公爵邸は、驚くほど静かだった。
豪奢ではあるが、必要以上に主張しない。
廊下は広く、音が響かない。
(……落ち着きますわね)
案内役の執事が、深く一礼する。
「こちらが、奥様――いえ、
ノエリア様のお部屋でございます」
「ありがとうございます」
案内された部屋は、広いが簡素だった。
調度品は必要最低限。
色調は落ち着いていて、目に優しい。
「事前に、ご要望を伺っておりましたので」
「……え?」
ノエリアは、わずかに目を瞬かせた。
「読書用の照明、
静音性の高い扉、
外からの視線を遮る配置」
執事は淡々と続ける。
「すべて、公爵様からの指示でございます」
ノエリアは、言葉を失った。
(……そんな細かい話、
確かにしましたけれど……)
それは、生活すり合わせの際に、
何気なく口にした好みだった。
――それが、すべて反映されている。
「……過剰ではありませんか?」
思わず、そう口にしていた。
執事は、少しだけ首を傾げる。
「“無理をさせない”と」
「……なるほど」
(これが、“溺愛”と誤解される原因ですわね)
だが、ノエリアは否定しなかった。
楽だったからだ。
---
一方、邸内では。
「ついに、始まりましたわね……」
「白い結婚(予定)生活……」
使用人たちは、ひそひそと声を潜めている。
「でも……」
「ええ……」
「空気が、普通すぎません?」
期待していたのは、
冷たい夫婦か、緊張感のある距離。
だが現実は――
業務開始初日のような落ち着きだった。
---
午後。
ノエリアは、自室で荷ほどきをしていた。
そこへ、控えめなノック。
「……どうぞ」
現れたのは、ヴァルデリオだった。
「部屋の具合はどうだ」
「問題ありません」
即答。
「むしろ、快適ですわ」
ヴァルデリオは、わずかに肩の力を抜いた。
「それなら、よかった」
それだけ。
余計な言葉はない。
「……確認ですが」
ノエリアが言う。
「本日の夕食は?」
「別だ」
「承知しました」
このやり取りを、廊下の向こうで聞いていた使用人が、顔を見合わせる。
(……仲が悪い?)
(……いや、違う)
(……無駄がない)
結論が出ない。
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夕方。
ノエリアは、書斎で帳簿を整理していた。
誰にも邪魔されない。
声もない。
(……静かですわ)
それが、心地よかった。
そこへ、再びノック。
「……どうぞ」
今度は、メイド長だった。
「ノエリア様。
差し出がましいのですが……」
「はい?」
「ご不便な点は……」
「ありません」
即答。
「むしろ、静かすぎて驚いています」
メイド長は、ほっとしたような、困ったような表情を浮かべた。
「……その、
公爵様が、必要以上に干渉しないよう
強く申し付けておりまして」
「ええ。
その方針は、ありがたいですわ」
メイド長は、内心で叫んだ。
(……それが溺愛なのです!!)
---
夜。
ノエリアは、自室で紅茶を飲みながら、今日一日を振り返る。
(何も起きませんでしたわね)
争いもない。
誤解もない。
期待を押し付けられることもない。
白い結婚(予定)生活の初日は――
驚くほど平凡だった。
だが。
それが、何よりも価値のあることだと、
彼女はよく知っている。
---
同じ頃。
ヴァルデリオは、自室で報告を受けていた。
「ノエリア様、問題なくお過ごしです」
「……そうか」
短く、それだけ。
「笑顔も、見られました」
その一言に、ヴァルデリオはわずかに目を伏せた。
「……それなら、十分だ」
---
翌朝。
ノエリアは、いつも通りの時間に起き、
いつも通りの朝を迎えた。
ただ一つ違うのは――
ここが、公爵邸であるという点だけ。
(……案外、すぐ慣れそうですわね)
そして。
屋敷中が、ひそかに確信していた。
「これは……」
「“白い結婚”ではない……」
「“安心の共同生活”だ……」
本人たちが最も気づいていない事実が、
周囲の間で、着々と固まりつつあった。
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