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第17話 噂は、戻ってくる
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第17話 噂は、戻ってくる
噂というものは、前へ進むだけではない。
一度遠くへ広がったあと、必ず中心へ戻ってくる。
王都がその事実を思い出したのは、
ノエリア・ヴァンローゼが隣国公爵邸で静かな生活を始めてから、
およそ二週間後のことだった。
「……聞きましたか?」
「ええ……」
「もう、完全に“溺愛公爵”だそうですわ」
王都の茶会。
以前なら、アルベリク・フォン・アーデルハイン――
王太子が座る席は、自然と人が集まる場所だった。
だが今。
彼の周囲には、微妙な距離があった。
「ノエリア様の話ですが……」
その名前が出た瞬間、
アルベリクの手が、わずかに止まる。
「邸内の温度調整を、一言で」
「紅茶の温度を、覚えているとか」
「日差しを遮る位置に、自然と立つそうですわ」
誰も、王太子の反応を気にしていない。
それが、何よりも残酷だった。
(……まただ)
アルベリクは、ゆっくりと紅茶を飲む。
(俺の知らないノエリアが、
増えていく……)
いや、違う。
知らなかっただけだ。
---
噂は、容赦がなかった。
「しかも、公爵様」
「干渉は一切しないそうですの」
「必要なときだけ、自然に支える」
「“妻だから”ではなく、
“彼女だから”と……」
最後の一言が、
アルベリクの胸に、鋭く刺さった。
(……俺は)
彼は、無意識のうちに歯を噛みしめていた。
自分は、いつも理由を付けていた。
・婚約者だから
・王太子妃になるのだから
・立場上、仕方がない
だが、彼女は違った。
彼女は――
何も要求していなかった。
---
その日の夜。
アルベリクは、久しぶりに一人で庭園を歩いていた。
月明かりに照らされた小径。
以前、ノエリアと何度も歩いた場所。
「……寒いな」
ふと、口をついて出た言葉。
かつてなら。
「我慢しろ」
「この程度で?」
――そう言っていた。
だが今、王都に流れている噂は違う。
『寒い、と言っただけで、
邸内の温度が変わった』
アルベリクは、苦く笑った。
「……俺は」
何もしていなかったのではない。
間違ったことを、していたのだ。
---
数日後。
王宮に、隣国からの正式な書簡が届いた。
内容は、事務的なもの。
> 公爵ヴァルデリオは、
公爵邸におけるノエリア・ヴァンローゼの生活が
極めて安定していることを報告する。
それだけ。
感情は、一切ない。
だが。
「……安定、か」
アルベリクは、その一文から目を離せなかった。
かつて、彼女といたとき。
彼女は、いつも落ち着いていた。
冷静で、完璧で、揺らがなかった。
だが、それは――
安心していたからではない。
ただ、耐えていただけだ。
「……俺は」
ようやく、理解する。
彼女は変わっていない。
変わったのは、環境だ。
---
一方その頃。
隣国公爵邸。
ノエリアは、いつも通り書斎で本を読んでいた。
「……」
静かで、暖かく、
集中を邪魔するものは何もない。
そこへ、控えめなノック。
「どうぞ」
「お茶の時間です」
「ありがとうございます」
それだけ。
噂も、王都のざわめきも、
ここまでは届かない。
彼女は知らない。
自分の日常が、
誰かの心を削っていることを。
だが、それは――
彼女の責任ではなかった。
---
王都。
「殿下……」
側近が、恐る恐る声をかける。
「最近……
ノエリア様の噂ばかりで……」
「……分かっている」
アルベリクは、疲れたように答えた。
「だがな……」
言葉を探し、そして諦める。
「……もう、俺の番じゃない」
それは、敗北宣言ではなかった。
現実を受け入れた瞬間だった。
---
噂は、完成していた。
「ノエリア様は、
“大切にされる場所”を選んだ」
「そして、
選ばれなかった場所が――」
その続きを、誰も口にしなかった。
言う必要がなかったからだ。
---
静かな公爵邸で。
ノエリアは、本を閉じ、窓の外を見た。
(……今日は、よく晴れていますわね)
それだけを思い、
また、ページを開く。
彼女の日常は、変わらない。
だがその日常こそが――
**最も残酷で、最も美しい“ざまぁ”**だった。
噂というものは、前へ進むだけではない。
一度遠くへ広がったあと、必ず中心へ戻ってくる。
王都がその事実を思い出したのは、
ノエリア・ヴァンローゼが隣国公爵邸で静かな生活を始めてから、
およそ二週間後のことだった。
「……聞きましたか?」
「ええ……」
「もう、完全に“溺愛公爵”だそうですわ」
王都の茶会。
以前なら、アルベリク・フォン・アーデルハイン――
王太子が座る席は、自然と人が集まる場所だった。
だが今。
彼の周囲には、微妙な距離があった。
「ノエリア様の話ですが……」
その名前が出た瞬間、
アルベリクの手が、わずかに止まる。
「邸内の温度調整を、一言で」
「紅茶の温度を、覚えているとか」
「日差しを遮る位置に、自然と立つそうですわ」
誰も、王太子の反応を気にしていない。
それが、何よりも残酷だった。
(……まただ)
アルベリクは、ゆっくりと紅茶を飲む。
(俺の知らないノエリアが、
増えていく……)
いや、違う。
知らなかっただけだ。
---
噂は、容赦がなかった。
「しかも、公爵様」
「干渉は一切しないそうですの」
「必要なときだけ、自然に支える」
「“妻だから”ではなく、
“彼女だから”と……」
最後の一言が、
アルベリクの胸に、鋭く刺さった。
(……俺は)
彼は、無意識のうちに歯を噛みしめていた。
自分は、いつも理由を付けていた。
・婚約者だから
・王太子妃になるのだから
・立場上、仕方がない
だが、彼女は違った。
彼女は――
何も要求していなかった。
---
その日の夜。
アルベリクは、久しぶりに一人で庭園を歩いていた。
月明かりに照らされた小径。
以前、ノエリアと何度も歩いた場所。
「……寒いな」
ふと、口をついて出た言葉。
かつてなら。
「我慢しろ」
「この程度で?」
――そう言っていた。
だが今、王都に流れている噂は違う。
『寒い、と言っただけで、
邸内の温度が変わった』
アルベリクは、苦く笑った。
「……俺は」
何もしていなかったのではない。
間違ったことを、していたのだ。
---
数日後。
王宮に、隣国からの正式な書簡が届いた。
内容は、事務的なもの。
> 公爵ヴァルデリオは、
公爵邸におけるノエリア・ヴァンローゼの生活が
極めて安定していることを報告する。
それだけ。
感情は、一切ない。
だが。
「……安定、か」
アルベリクは、その一文から目を離せなかった。
かつて、彼女といたとき。
彼女は、いつも落ち着いていた。
冷静で、完璧で、揺らがなかった。
だが、それは――
安心していたからではない。
ただ、耐えていただけだ。
「……俺は」
ようやく、理解する。
彼女は変わっていない。
変わったのは、環境だ。
---
一方その頃。
隣国公爵邸。
ノエリアは、いつも通り書斎で本を読んでいた。
「……」
静かで、暖かく、
集中を邪魔するものは何もない。
そこへ、控えめなノック。
「どうぞ」
「お茶の時間です」
「ありがとうございます」
それだけ。
噂も、王都のざわめきも、
ここまでは届かない。
彼女は知らない。
自分の日常が、
誰かの心を削っていることを。
だが、それは――
彼女の責任ではなかった。
---
王都。
「殿下……」
側近が、恐る恐る声をかける。
「最近……
ノエリア様の噂ばかりで……」
「……分かっている」
アルベリクは、疲れたように答えた。
「だがな……」
言葉を探し、そして諦める。
「……もう、俺の番じゃない」
それは、敗北宣言ではなかった。
現実を受け入れた瞬間だった。
---
噂は、完成していた。
「ノエリア様は、
“大切にされる場所”を選んだ」
「そして、
選ばれなかった場所が――」
その続きを、誰も口にしなかった。
言う必要がなかったからだ。
---
静かな公爵邸で。
ノエリアは、本を閉じ、窓の外を見た。
(……今日は、よく晴れていますわね)
それだけを思い、
また、ページを開く。
彼女の日常は、変わらない。
だがその日常こそが――
**最も残酷で、最も美しい“ざまぁ”**だった。
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