白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

文字の大きさ
26 / 39

第27話 普通じゃないのは、誰ですか

しおりを挟む
第27話 普通じゃないのは、誰ですか

 異変に、最初に気づいたのは――使用人たちだった。

 正確に言えば、
 “もう否定できない”と認めたのが、この日だった。


---

 朝。

 公爵邸の廊下は、いつもと変わらぬ静けさに包まれている。

 ノエリア・ヴァンローゼは、いつも通りの時間に部屋を出て、
 いつも通りの歩幅で書斎へ向かっていた。

「おはようございます」

「おはようございます」

 交わされる挨拶。
 声の調子も、表情も、昨日と同じ。

 ――何も、変わっていない。

 はずなのに。

 メイドが、すれ違いざまに一瞬だけ立ち止まった。

(……距離が)

(……近くない?)

 ノエリアと、ヴァルデリオの距離。

 肩が触れるほどではない。
 だが、
 “空いているはずの一人分”が、存在しない。


---

 書斎。

 二人は、同じ机を挟まず、
 同じ方向を向いて書類を確認していた。

「……この数値」

「ええ、
 昨日の修正案で」

「なら問題ない」

 会話は、短い。

 説明も、確認も、最小限。

 だが。

 文官が、心の中で悲鳴を上げる。

(……同時に同じ箇所を見るな……!)

(……息、合いすぎだ……!)

(……業務効率が高すぎる……!)

 誰も、
 “夫婦ですか?”
 とは聞けない。

 聞いたら、
 自分の常識が壊れるからだ。


---

 昼。

 中庭。

 ノエリアは、日差しを避ける位置に立っていた。

 ヴァルデリオは、
 その半歩前。

 影を作るためではない。
 ただ、
 そこが一番歩きやすいから。

「……今日は、
 外が気持ちいいですわね」

「風がある」

「ええ」

 会話、終了。

 それだけ。

 だが、
 その様子を見ていた庭師が、
 そっと隣の庭師に囁く。

「……あれ」

「……ああ」

「もう……」

 二人同時に、
 小さく頷いた。

 確信である。


---

 午後。

 メイド長主導の、
 緊急非公式会議が開かれた。

「結論から言います」

 メイド長は、真剣な顔で言った。

「これは……
 “白い結婚(予定)”ではありません」

「……ですよね」

「……そう思ってました」

「むしろ……」

 若いメイドが、恐る恐る手を挙げる。

「……いつから、
 “予定”でしたっけ?」

 沈黙。

 誰も答えられない。

「……言われてみれば」

「最初から、
 “そうだろう”と
 思い込んでいただけで……」

 メイド長は、深く息を吐いた。

「確認、
 一度もしていませんでしたね」

 全員、
 目を逸らした。


---

 一方。

 当事者。

 ノエリアは、
 その会議の存在すら知らず、
 執務を終えていた。

「……これで、
 一区切りですわね」

「ああ」

 ヴァルデリオが、
 自然に応じる。

「少し、
 休むか」

「ええ」

 返事は、即答。

 そこに、
 “誰と”
 という主語は存在しない。

 それが、
 周囲の神経を逆撫でる。


---

 休憩室。

 紅茶が運ばれる。

 カップは、二つ。

 置かれる位置も、
 説明も、
 すべて自然。

 ノエリアは、
 一口飲んでから言う。

「……今日は、
 ちょうどよい温度です」

「そうか」

 それだけ。

 だが。

 メイドが、
 その場を離れた瞬間、
 拳を握りしめた。

(……“ちょうどよい”……)

(……評価が、
 生活圏に入っている……!)


---

 夕方。

 噂は、
 公爵邸の外へも
 滲み出していた。

「最近、
 あの邸……」

「ええ……」

「“白い”って、
 どこが……?」

 言い切らない。

 だが、
 全員が同じ絵を想像している。


---

 夜。

 ノエリアは、
 日記を開いた。

『今日も、
 特に問題はなかった。』

 いつもの一文。

 そこから、
 一行空ける。

『周囲が、
 少し騒がしい。』

 ペンを止める。

(……気のせいでしょう)

 そう結論づけて、
 日記を閉じる。

 何も、
 間違っていない。


---

 同じ夜。

 ヴァルデリオは、
 執務室で書類を片付けていた。

(……周囲が、
 ざわついているな)

 だが、
 それを止める理由はない。

 問題は起きていない。
 境界も、
 尊重されている。

 それで十分だ。


---

 翌朝。

 公爵邸の使用人たちは、
 すでに一つの合意に達していた。

「……もう」

「普通じゃないですよね」

「ええ」

「でも……」

「“異常”でもない」

 それが、
 最も厄介だった。


---

 ノエリア・ヴァンローゼは、
 今日も通常運転。

 ヴァルデリオも、
 通常運転。

 だが。

 二人が並ぶと、
 世界の基準がズレる。

 それを、
 当事者だけが知らない。


---

 白い結婚(予定)生活。

 第27日目。

 周囲は完全に確信した。

 この二人は、
 もう
 「特別な何かをしている」のではない。

 “特別な何かを、
 する必要がない関係”
 になっているのだと。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄されたので北の港を発展させたら

ふわふわ
恋愛
王立学園の卒業舞踏会。 公爵令嬢アリアベルは、王太子カルディオンから突然の婚約破棄を告げられる。 「真実の愛を見つけた」 そう言って王太子が選んだのは、涙を流す義妹ヴィオレッタだった。 王都から追い出され、すべてを失った―― はずだった。 アリアベルが向かったのは、王国の北にある小さな港町。 しかし彼女の手腕によって港は急速に発展し、やがて王国最大の交易港へと変わっていく。 一方その頃、王太子と義妹は王都で好き勝手に振る舞っていたが―― やがてすべてが崩れ始める。 王太子は国外追放。 義妹は社交界から追放され修道院送り。 そして気づいた頃には、北の港こそが王国の中心になっていた。 「私はもう誰のものでもありません」 これは、婚約破棄された令嬢が自分の人生を取り戻し、 王国の未来を変えていく物語。 そして―― 彼女の隣には、いつしか新しい王太子の姿があった。 婚約破棄から始まる、逆転ざまぁロマンス。✨

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

婚約破棄で、おひとり様になれるはずだったのに!?

パリパリかぷちーの
恋愛
主人公ルシアン・ヴァイオレットは、「悪役令嬢」として振る舞う孤独愛好家の公爵令嬢。念願だった第一王子アランとの婚約破棄を言い渡されると、内心では歓喜し、大都会の喧騒から逃れて森の奥の廃墟同然の別荘へと引きこもる。ルシアンの目的は、誰にも邪魔されない至高の静寂ライフを満喫することだった。 しかし、彼女の理想郷にはすでに先客がいた。それは、無口で無愛想だがハイスペックな謎の男、キース。実は彼は、王国の裏社会を統べる『影の英雄』と呼ばれる辺境伯であり、ルシアンの孤高の姿に心奪われた重度の隠れファンだった。

婚約破棄される前に、帰らせていただきます!

パリパリかぷちーの
恋愛
ある日、マリス王国の侯爵令嬢クロナは、王子が男爵令嬢リリィと密会し、自分を「可愛げのない女」と罵り、卒業パーティーで「婚約破棄」を言い渡そうと画策している現場を目撃してしまう。 普通なら嘆き悲しむ場面だが、クロナの反応は違った。

婚約破棄!ついでに王子をどん底に突き落とす。

鏡おもち
恋愛
公爵令嬢パルメは、王立学院のパーティーで第一王子リュントから公開婚約破棄を突きつけられる。しかし、周囲の同情をよそにパルメは歓喜した。

「失礼いたしますわ」と唇を噛む悪役令嬢は、破滅という結末から外れた?

パリパリかぷちーの
恋愛
「失礼いたしますわ」――断罪の広場で令嬢が告げたのは、たった一言の沈黙だった。 侯爵令嬢レオノーラ=ヴァン=エーデルハイトは、“涙の聖女”によって悪役とされ、王太子に婚約を破棄され、すべてを失った。だが彼女は泣かない。反論しない。赦しも求めない。ただ静かに、矛盾なき言葉と香りの力で、歪められた真実と制度の綻びに向き合っていく。 「誰にも属さず、誰も裁かず、それでもわたくしは、生きてまいりますわ」 これは、断罪劇という筋書きを拒んだ“悪役令嬢”が、沈黙と香りで“未来”という舞台を歩んだ、静かなる反抗と再生の物語。

婚約辞退いたします。だってこの国、沈みますもの

鍛高譚
恋愛
「婚約はお断りいたします――この国は近い将来、崩壊しますので」 そう言い放ったのは、社交界でも目立たない子爵令嬢、マリン・アクアリウム。 ある日、とある舞踏会に突如現れた王太子ガイア殿下。 誰もが驚く中、なんと彼はマリンに婚約を申し出る。 周囲は騒然。「子爵令嬢が王太子妃!?」「断る理由などないはず!」 ――だが、彼女は断った。「この国は、もうすぐ滅びます」――と。 そんな不吉な言葉を口にしたことで、彼女は“狂言癖のある嘘つき令嬢”と噂され、 家族にさえ見放され、ついには国外追放の身に。 だが、彼女の予言は本物だった―― 数年後、王国に未曾有の大災厄が迫る。 国土が崩れ、海に沈む都市。人々が絶望する中、思い出されるのは、 あの舞踏会でただひとり“滅び”を告げた少女の名。 「彼女なら、この国を救えるかもしれない……」 皮肉にも“追放令嬢”マリンは、再び王都に呼び戻され、 滅びゆく国で最後の希望として担ぎ上げられる。 信じてもらえなかった過去。 それでも人々の命を守ろうと奔走するマリン。 そして、王子ガイアが差し伸べた、あの日と変わらぬ手。 ――たとえ国が滅んでも、あなたとともに歩んでいきたい。

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

処理中です...