白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

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第27話 普通じゃないのは、誰ですか

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第27話 普通じゃないのは、誰ですか

 異変に、最初に気づいたのは――使用人たちだった。

 正確に言えば、
 “もう否定できない”と認めたのが、この日だった。


---

 朝。

 公爵邸の廊下は、いつもと変わらぬ静けさに包まれている。

 ノエリア・ヴァンローゼは、いつも通りの時間に部屋を出て、
 いつも通りの歩幅で書斎へ向かっていた。

「おはようございます」

「おはようございます」

 交わされる挨拶。
 声の調子も、表情も、昨日と同じ。

 ――何も、変わっていない。

 はずなのに。

 メイドが、すれ違いざまに一瞬だけ立ち止まった。

(……距離が)

(……近くない?)

 ノエリアと、ヴァルデリオの距離。

 肩が触れるほどではない。
 だが、
 “空いているはずの一人分”が、存在しない。


---

 書斎。

 二人は、同じ机を挟まず、
 同じ方向を向いて書類を確認していた。

「……この数値」

「ええ、
 昨日の修正案で」

「なら問題ない」

 会話は、短い。

 説明も、確認も、最小限。

 だが。

 文官が、心の中で悲鳴を上げる。

(……同時に同じ箇所を見るな……!)

(……息、合いすぎだ……!)

(……業務効率が高すぎる……!)

 誰も、
 “夫婦ですか?”
 とは聞けない。

 聞いたら、
 自分の常識が壊れるからだ。


---

 昼。

 中庭。

 ノエリアは、日差しを避ける位置に立っていた。

 ヴァルデリオは、
 その半歩前。

 影を作るためではない。
 ただ、
 そこが一番歩きやすいから。

「……今日は、
 外が気持ちいいですわね」

「風がある」

「ええ」

 会話、終了。

 それだけ。

 だが、
 その様子を見ていた庭師が、
 そっと隣の庭師に囁く。

「……あれ」

「……ああ」

「もう……」

 二人同時に、
 小さく頷いた。

 確信である。


---

 午後。

 メイド長主導の、
 緊急非公式会議が開かれた。

「結論から言います」

 メイド長は、真剣な顔で言った。

「これは……
 “白い結婚(予定)”ではありません」

「……ですよね」

「……そう思ってました」

「むしろ……」

 若いメイドが、恐る恐る手を挙げる。

「……いつから、
 “予定”でしたっけ?」

 沈黙。

 誰も答えられない。

「……言われてみれば」

「最初から、
 “そうだろう”と
 思い込んでいただけで……」

 メイド長は、深く息を吐いた。

「確認、
 一度もしていませんでしたね」

 全員、
 目を逸らした。


---

 一方。

 当事者。

 ノエリアは、
 その会議の存在すら知らず、
 執務を終えていた。

「……これで、
 一区切りですわね」

「ああ」

 ヴァルデリオが、
 自然に応じる。

「少し、
 休むか」

「ええ」

 返事は、即答。

 そこに、
 “誰と”
 という主語は存在しない。

 それが、
 周囲の神経を逆撫でる。


---

 休憩室。

 紅茶が運ばれる。

 カップは、二つ。

 置かれる位置も、
 説明も、
 すべて自然。

 ノエリアは、
 一口飲んでから言う。

「……今日は、
 ちょうどよい温度です」

「そうか」

 それだけ。

 だが。

 メイドが、
 その場を離れた瞬間、
 拳を握りしめた。

(……“ちょうどよい”……)

(……評価が、
 生活圏に入っている……!)


---

 夕方。

 噂は、
 公爵邸の外へも
 滲み出していた。

「最近、
 あの邸……」

「ええ……」

「“白い”って、
 どこが……?」

 言い切らない。

 だが、
 全員が同じ絵を想像している。


---

 夜。

 ノエリアは、
 日記を開いた。

『今日も、
 特に問題はなかった。』

 いつもの一文。

 そこから、
 一行空ける。

『周囲が、
 少し騒がしい。』

 ペンを止める。

(……気のせいでしょう)

 そう結論づけて、
 日記を閉じる。

 何も、
 間違っていない。


---

 同じ夜。

 ヴァルデリオは、
 執務室で書類を片付けていた。

(……周囲が、
 ざわついているな)

 だが、
 それを止める理由はない。

 問題は起きていない。
 境界も、
 尊重されている。

 それで十分だ。


---

 翌朝。

 公爵邸の使用人たちは、
 すでに一つの合意に達していた。

「……もう」

「普通じゃないですよね」

「ええ」

「でも……」

「“異常”でもない」

 それが、
 最も厄介だった。


---

 ノエリア・ヴァンローゼは、
 今日も通常運転。

 ヴァルデリオも、
 通常運転。

 だが。

 二人が並ぶと、
 世界の基準がズレる。

 それを、
 当事者だけが知らない。


---

 白い結婚(予定)生活。

 第27日目。

 周囲は完全に確信した。

 この二人は、
 もう
 「特別な何かをしている」のではない。

 “特別な何かを、
 する必要がない関係”
 になっているのだと。

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