白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

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第28話 選択肢が、消えている

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第28話 選択肢が、消えている

 ノエリア・ヴァンローゼは、選択肢を常に持つ人間だった。

 どの道を選ぶか。
 どこで立ち止まるか。
 誰と距離を取るか。

 ――それらを、意識的に管理してきた。

 だからこそ。

(……あら)

 と気づいた瞬間、
 自分の中で小さく警鐘が鳴った。


---

 その日は、特別な予定のない一日だった。

 会議もない。
 視察もない。
 急ぎの案件もない。

(……静かですわね)

 そう思いながら、
 書斎で本を読んでいたとき。

 ふと、
 紅茶が空になっていることに気づいた。

(……入れ直しましょう)

 立ち上がり、
 扉に手をかけて――

 そこで、止まる。

(……あれ?)

 無意識に、
 執務室の方向を見ていた。

 理由は、ない。

 ただ、
 “そこに行けばいい”
 と感じただけ。


---

(……いえ)

 ノエリアは、
 軽く首を振る。

(紅茶を入れるだけですわ)

 自分に言い聞かせて、
 厨房へ向かう。

 だが。

 その足取りは、
 ほんの少しだけ、
 遅れていた。


---

 午後。

 ヴァルデリオは、
 執務室で書類を確認していた。

 ノエリアは、
 別室で作業しているはずだった。

 ――それなのに。

「……?」

 扉の前で、
 足音が止まる。

 ノック。

「どうぞ」

 ノエリアが入ってきた。

「……少し、
 お時間よろしいですか」

「構わない」

 即答。

 それを聞いて、
 ノエリアはほんの一瞬だけ、
 安堵した。

 ――その感情を、
 まだ“分析”していない。


---

「……こちらを」

 資料を差し出す。

「念のため、
 目を通していただきたくて」

「分かった」

 二人で、
 同じ紙面を見る。

 距離は、
 前よりも少し近い。

 だが、
 それを意識していないのは、
 ノエリア自身だった。


---

「……ここ」

 ヴァルデリオが指す。

「条件が変わると、
 数字が動く」

「……ええ」

 ノエリアは、
 その指摘を即座に理解する。

(……分かっていました)

 だが、
 口に出したのは別の言葉だった。

「確認できて、
 よかったです」

 ――“よかった”。

 結果は変わらない。
 判断も変わらない。

 それなのに、
 確認したこと自体を肯定した。


---

 資料を片付け、
 二人はそれぞれ席を立つ。

 そこで、
 ノエリアはふと考えた。

(……もし)

(同じ内容を、
 別の人に確認していたら)

 どうだっただろう。

 答えは、
 すぐに出た。

(……違いますわね)

 理由も、
 すぐに分かる。

 説明が必要になる。
 前提を共有する必要がある。
 言葉を選ぶ必要がある。

 ――つまり。

(……面倒ですわ)

 その結論に、
 自分で少し驚いた。


---

 夕方。

 ノエリアは、
 中庭のベンチに座っていた。

 風が、
 心地よい。

 ヴァルデリオは、
 少し離れた位置に立っている。

 話さない。
 近づかない。

 だが、
 そこにいる。

(……選択肢、
 ありましたわよね)

 以前のノエリアなら、
 こう考えたはずだ。

・一人でいる
・別の誰かと話す
・部屋に戻る

 だが今。

(……戻る理由が、
 ありません)

 その事実が、
 ゆっくりと胸に沈む。


---

 ノエリアは、
 ようやく理解しかけていた。

(……私は)

(……“選ばれている”
 のではなく)

(……“選んでいる”)

 誰に言われたわけでもない。
 強制されたわけでもない。

 ただ。

 楽で、
 静かで、
 説明がいらない場所を
 選んでいる。


---

 夜。

 日記を開く。

 いつものように、
 短く書こうとして――
 止まる。

『今日、
 少し考えた。』

 一行空ける。

『選択肢は、
 減っていない。』

 さらに一行。

『ただ、
 選ばない理由が
 なくなっている。』

 ペンを置く。

 それが、
 何を意味するのか。

 まだ、
 結論は出さない。


---

 同じ夜。

 ヴァルデリオは、
 窓の外を見ながら、
 小さく息を吐いた。

(……彼女は)

(……戻らなくなっている)

 だが、
 それを引き留める気はない。

 選択は、
 彼女のものだ。

 ――それが、
 この関係の
 絶対条件だから。


---

 白い結婚(予定)生活。

 第28日目。

 ノエリア・ヴァンローゼは、
 まだ答えを出していない。

 だが。

 答え以外の選択肢が、
 少しずつ、
 色あせ始めている。

 それに気づいてしまった時点で、
 もう、
 何かは始まっていた。


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