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第32話 それは、選択ではありませんでした
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第32話 それは、選択ではありませんでした
ノエリア・ヴァンローゼは、自分が「慎重な人間」だと理解している。
勢いで決めない。
感情で走らない。
ましてや、立場を忘れて前に出ることなど――本来、あり得ない。
だから。
この日の自分の行動について、
あとになってからこう結論づけるしかなかった。
(……選んだ、というより)
(……先に口が動きましたわね)
---
事の発端は、朝一番に届いた王都からの追加書簡だった。
昨日の「確認」に続き、
今日はさらに一歩踏み込んだ内容。
> 婚姻形態の不明瞭さを解消するため、
王都案をもって暫定的整理を行う。
ノエリアは、読み終えたあと、
紙を置いて紅茶を一口飲んだ。
「……暫定、ですか」
便利な言葉だ。
責任は取らないが、形だけは整える。
失敗したら「仮だった」で済む。
(……つまり)
(こちらが黙っていれば、
勝手に“決めたこと”にするつもりですわね)
悪意ではない。
だが、誠実でもない。
その認識だけで、
胸の内がすっと冷えた。
---
本来なら、ここでヴァルデリオに相談する。
それが「正しい順序」だ。
だが。
(……あら)
ノエリアは、ふと気づいた。
(“相談しなければ”という発想が、
出てきませんでしたわ)
代わりに浮かんだのは、
**「止めなければ」**という感覚だった。
理由は、後回し。
---
午前。
王都の使者が到着する。
前回よりも人数が多く、
いかにも「説明する側」の顔ぶれ。
「本日は、
整理案についてご説明を――」
「結構ですわ」
ノエリアの声が、
会議室に響いた。
柔らかい。
だが、完全に遮断する声。
「……はい?」
使者が、完全に固まる。
「説明は、不要です」
ノエリアは微笑み、
机の上に書簡を置いた。
「その案は、
採用しませんので」
――一瞬、沈黙。
次の瞬間、
空気がざわりと揺れた。
---
「理由を、
お聞かせ願えますか」
使者が、慎重に尋ねる。
ノエリアは、
本気で困った顔をした。
「……理由、ですか?」
首をかしげる。
演技ではない。
本当に、理由を整理していないのだ。
「現在の生活に、
問題はありませんわ」
「違法でもなく、
規定違反でもありません」
「それに――」
そこで、少し考え込む。
「“整理”されるほど、
混乱してもおりません」
完全な正論だった。
しかも、
感情が一切混じっていない。
---
「ですが……」
使者が食い下がる。
「王都としては、
前例というものが……」
「前例?」
ノエリアは、
ぱっと表情を明るくした。
「それなら、
今ここで作ればよろしいですわね」
――完全に想定外。
王都は、
“公爵が決断する”
と思っていた。
まさか、令嬢側が即断するとは
夢にも思っていない。
---
そのとき。
「……私も、
同意見だ」
ヴァルデリオが、
静かに口を開いた。
場の空気が、
一段階、重くなる。
「現状に問題はない。
ならば、
変える理由もない」
短い。
だが、圧倒的。
使者は、
完全に黙り込んだ。
---
会談は、
それ以上進まなかった。
理由は単純だ。
当事者二人が、
同じ結論を、
同じ温度で出している。
外部が口を挟む余地は、
どこにもない。
---
使者が帰ったあと。
二人きりになった会議室で、
ノエリアは、少しだけ気まずそうに言った。
「……出過ぎましたかしら」
ヴァルデリオは、即座に否定する。
「いや」
「むしろ、
完璧だった」
その言葉に、
ノエリアは一瞬だけ目を瞬かせた。
「……そう、ですか」
「助かった」
それだけ。
だが、その一言で、
胸の奥がじんわり温かくなる。
(……変ですわね)
(評価されること自体は、
慣れているはずなのに)
---
夜。
ノエリアは日記を開いた。
『王都の整理案を断った。』
一行空ける。
『理由を、
先に考えていなかった。』
さらに一行。
『でも、
迷いはなかった。』
ペンを置き、
しばらく考える。
(……私)
(……選びましたのね)
誰と、ではない。
どこに立つか。
誰の側にいるか。
それを、
もう行動で示してしまった。
---
同じ夜。
ヴァルデリオは、
書類を閉じながら、
小さく息を吐いた。
(……彼女は、
もう内側にいる)
自覚があるかどうかは、
関係ない。
無意識で前に出た時点で、
答えは出ている。
---
白い結婚(予定)生活。
第32日目。
ノエリア・ヴァンローゼは、
宣言も告白もせず、
それでも完全に――
選ぶ側になっていた。
しかも本人だけが、
まだその自覚がない。
それが、
最も厄介で、
最も強い選択だった。
---
ノエリア・ヴァンローゼは、自分が「慎重な人間」だと理解している。
勢いで決めない。
感情で走らない。
ましてや、立場を忘れて前に出ることなど――本来、あり得ない。
だから。
この日の自分の行動について、
あとになってからこう結論づけるしかなかった。
(……選んだ、というより)
(……先に口が動きましたわね)
---
事の発端は、朝一番に届いた王都からの追加書簡だった。
昨日の「確認」に続き、
今日はさらに一歩踏み込んだ内容。
> 婚姻形態の不明瞭さを解消するため、
王都案をもって暫定的整理を行う。
ノエリアは、読み終えたあと、
紙を置いて紅茶を一口飲んだ。
「……暫定、ですか」
便利な言葉だ。
責任は取らないが、形だけは整える。
失敗したら「仮だった」で済む。
(……つまり)
(こちらが黙っていれば、
勝手に“決めたこと”にするつもりですわね)
悪意ではない。
だが、誠実でもない。
その認識だけで、
胸の内がすっと冷えた。
---
本来なら、ここでヴァルデリオに相談する。
それが「正しい順序」だ。
だが。
(……あら)
ノエリアは、ふと気づいた。
(“相談しなければ”という発想が、
出てきませんでしたわ)
代わりに浮かんだのは、
**「止めなければ」**という感覚だった。
理由は、後回し。
---
午前。
王都の使者が到着する。
前回よりも人数が多く、
いかにも「説明する側」の顔ぶれ。
「本日は、
整理案についてご説明を――」
「結構ですわ」
ノエリアの声が、
会議室に響いた。
柔らかい。
だが、完全に遮断する声。
「……はい?」
使者が、完全に固まる。
「説明は、不要です」
ノエリアは微笑み、
机の上に書簡を置いた。
「その案は、
採用しませんので」
――一瞬、沈黙。
次の瞬間、
空気がざわりと揺れた。
---
「理由を、
お聞かせ願えますか」
使者が、慎重に尋ねる。
ノエリアは、
本気で困った顔をした。
「……理由、ですか?」
首をかしげる。
演技ではない。
本当に、理由を整理していないのだ。
「現在の生活に、
問題はありませんわ」
「違法でもなく、
規定違反でもありません」
「それに――」
そこで、少し考え込む。
「“整理”されるほど、
混乱してもおりません」
完全な正論だった。
しかも、
感情が一切混じっていない。
---
「ですが……」
使者が食い下がる。
「王都としては、
前例というものが……」
「前例?」
ノエリアは、
ぱっと表情を明るくした。
「それなら、
今ここで作ればよろしいですわね」
――完全に想定外。
王都は、
“公爵が決断する”
と思っていた。
まさか、令嬢側が即断するとは
夢にも思っていない。
---
そのとき。
「……私も、
同意見だ」
ヴァルデリオが、
静かに口を開いた。
場の空気が、
一段階、重くなる。
「現状に問題はない。
ならば、
変える理由もない」
短い。
だが、圧倒的。
使者は、
完全に黙り込んだ。
---
会談は、
それ以上進まなかった。
理由は単純だ。
当事者二人が、
同じ結論を、
同じ温度で出している。
外部が口を挟む余地は、
どこにもない。
---
使者が帰ったあと。
二人きりになった会議室で、
ノエリアは、少しだけ気まずそうに言った。
「……出過ぎましたかしら」
ヴァルデリオは、即座に否定する。
「いや」
「むしろ、
完璧だった」
その言葉に、
ノエリアは一瞬だけ目を瞬かせた。
「……そう、ですか」
「助かった」
それだけ。
だが、その一言で、
胸の奥がじんわり温かくなる。
(……変ですわね)
(評価されること自体は、
慣れているはずなのに)
---
夜。
ノエリアは日記を開いた。
『王都の整理案を断った。』
一行空ける。
『理由を、
先に考えていなかった。』
さらに一行。
『でも、
迷いはなかった。』
ペンを置き、
しばらく考える。
(……私)
(……選びましたのね)
誰と、ではない。
どこに立つか。
誰の側にいるか。
それを、
もう行動で示してしまった。
---
同じ夜。
ヴァルデリオは、
書類を閉じながら、
小さく息を吐いた。
(……彼女は、
もう内側にいる)
自覚があるかどうかは、
関係ない。
無意識で前に出た時点で、
答えは出ている。
---
白い結婚(予定)生活。
第32日目。
ノエリア・ヴァンローゼは、
宣言も告白もせず、
それでも完全に――
選ぶ側になっていた。
しかも本人だけが、
まだその自覚がない。
それが、
最も厄介で、
最も強い選択だった。
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