白い結婚のはずでしたが、理屈で抗った結果すべて自分で詰ませました

鷹 綾

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第34話 公式という名の盾

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第34話 公式という名の盾

 ヴァルデリオは、基本的に「公」と「私」を混ぜない男だった。

 私情は判断を鈍らせる。
 公的立場は感情で使うものではない。

 それは長年、公爵として生きてきた中で身についた――
 ほとんど反射に近い価値観だ。

 だからこそ。

(……これは)

(……私情だな)

 と自覚した瞬間、
 彼は逃げなかった。


---

 王都からの報告書は、三通目だった。

 内容は、すべて似通っている。

> ノエリア・ヴァンローゼ嬢への縁談提示、失敗
本人の意思による即時拒否
公爵家の関与、確認できず



 ヴァルデリオは、
 それを机に並べ、
 しばらく眺めていた。

(……確認できず、か)

 当然だ。

 彼は、
 何も指示していない。

 だが。

(……このままでは)

(次は、
 “確認できる形”で
 踏み込んでくる)

 王都は、
 必ずそうする。

 ――ならば。

 先に、線を引く。


---

 その日の午前。

 ヴァルデリオは、
 政務官を呼び出した。

「文書を一通、用意してほしい」

「どのような内容でしょう」

「公爵家の公式声明だ」

 政務官の眉が、
 わずかに動く。

 ――通常、
 この種の問題は
 “曖昧に流す”のが常だ。

 だが、
 公爵は違った。


---

「内容は、
 こうだ」

 ヴァルデリオは、
 淡々と告げる。

「ノエリア・ヴァンローゼは、
 公爵家の一員として
 生活基盤を確立している」

「彼女の意思と判断は、
 公爵家の意思と
 矛盾しない」

「よって――」

 一拍。

「外部からの
 縁談・干渉は、
 一切受け付けない」

 政務官は、
 思わず言葉を失った。

「……それは」

「理解している」

 ヴァルデリオは、
 先回りして言う。

「これは、
 “立場の固定”だ」

「後戻りは、
 できない」

 それでも。

「出す」

 即断。


---

 文書は、
 その日のうちに完成した。

 形式は簡潔。
 余計な感情は、
 一切含まれていない。

 だが、
 王都が最も嫌うタイプの文章だった。

 ――曖昧さが、ない。


---

 午後。

 ノエリアは、
 いつも通り書斎で作業をしていた。

 そこへ、
 ヴァルデリオが入ってくる。

「……少し、
 時間をもらえるか」

「はい」

 即答。

 その返事に、
 ヴァルデリオは
 一瞬だけ目を伏せた。

 ――もう、
 この距離感が
 当たり前になっている。


---

「これを」

 文書を、
 机に置く。

 ノエリアは、
 目を通し――
 次の瞬間、
 動きを止めた。

(……これは)

 読み違える余地は、
 ない。

「……公式、声明ですわね」

「ああ」

 短い返事。

 だが、
 重い。


---

「外部からの縁談を、
 一切受け付けない……」

 ノエリアは、
 ゆっくりと言葉をなぞる。

 その意味が、
 どれほど大きいか。

 彼女は、
 十分理解していた。

「……私の判断を、
 公爵家の意思として
 固定する、と」

「そうなる」

 即答。


---

 しばらく、
 沈黙。

 ノエリアは、
 文書から目を離さず、
 ぽつりと尋ねた。

「……よろしいのですか」

 遠回しな言い方。

 だが、
 意味は明確だった。

 後悔しませんか
 という問い。

 ヴァルデリオは、
 はっきりと答える。

「問題ない」

「……私情では?」

「私情だ」

 即認める。

 その一言に、
 ノエリアは
 息を詰めた。


---

「だが」

 ヴァルデリオは続ける。

「それを理由に
 公を歪めるつもりはない」

「今回の判断は、
 合理的でもある」

 理性の確認。

 だが。

「……それでも」

 ノエリアは、
 小さく言った。

「私の立場は、
 もう……」

「変わらない」

 遮るように、
 言い切る。

「君がどこへ行こうと、
 選択肢は残る」

「だが」

 一拍。

「外部が
 君を動かす余地は、
 消える」


---

 ノエリアは、
 ようやく文書から
 視線を上げた。

 その目に、
 ほんのわずかな揺れ。

(……盾)

(……この人は、
 公式という名の盾を
 差し出した)

 自分を囲い込むためではない。
 逃げ道を塞ぐためでもない。

 守るためだ。


---

「……ありがとうございます」

 そう言うのが、
 精一杯だった。

 ヴァルデリオは、
 頷くだけ。

 それ以上、
 何も言わない。


---

 その夜。

 王都に、
 公爵家公式声明が届く。

 政務局、騒然。

「……一切受け付けない?」

「固定、だと?」

「前例を、
 作った……?」

 理解が追いつかない。

 だが、
 拒否する術もない。


---

 一方。

 ノエリアは、
 自室で日記を開いていた。

『公爵家の公式声明が出た。』

 一行空ける。

『私の立場が、
 外から動かせなくなった。』

 さらに一行。

 しばらく、
 考えてから書く。

『……少し、
 心が静かになった。』

 ペンを置く。

 それが、
 何を意味するのか。

 まだ、
 言葉にはしない。


---

 白い結婚(予定)生活。

 第34日目。

 ヴァルデリオは、
 初めて“私情”で、
 公爵として動いた。

 それは、
 派手な宣言でも、
 告白でもない。

 だが。

 **誰よりも強い
 「公式の覚悟」**だった。


---

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