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第九話 届いた招待状
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第九話 届いた招待状
王都の朝は、相変わらず穏やかだった。
人々はまだ、気づいていない。
国が少しずつ、しかし確実に“余力”を失っていることに。
マイセン家の屋敷では、エミーが朝食後の紅茶を飲みながら、新聞と数通の書簡に目を通していた。王宮を離れてから、彼女の元に届く手紙の種類は変わった。
政務関連の報告はなくなり、代わりに増えたのは――様子見の挨拶や、遠回しな探りだ。
「……皆さん、相変わらずね」
苦笑しながらも、エミーは丁寧に封を開けていく。
その中に、一通だけ、明らかに毛色の違う書簡が混じっていた。
厚手の紙。簡潔な文面。
差出人は――隣国宰相、ガイスト。
エミーの手が、わずかに止まる。
彼女は、その名を知っていた。
冷静沈着、感情を表に出さず、結果だけを見る男。
政治の世界では、極めて危険で、極めて有能だと噂される人物。
なぜ、その彼が――自分に?
慎重に封を切る。
――拝啓
突然の書簡をお許しください。
近く、非公式な意見交換の場を設けたいと考えています。
貴女の見識を、ぜひ直接伺いたい。
場所と日時は、貴女の都合に合わせます。
無理な場合は、遠慮なく断っていただいて構いません。
ガイスト
余計な修辞は一切ない。
誘いでも、命令でもない。
ただ、“価値を認めている”という事実だけが、淡々と記されていた。
「……意見交換、ですか」
エミーは、書簡を膝に置いたまま、しばらく考え込む。
王宮を離れた今、政治の表舞台に戻る理由はない。
戻るつもりもない。
それでも――
(私を、王太子妃候補ではなく、“一個人”として見ている)
その点だけは、はっきりと伝わってきた。
一方その頃、王宮では別の意味で緊張が高まっていた。
「……正式な抗議文です」
外交官が差し出した書簡を、アントナン・ドームは苛立ち混じりに受け取る。
「隣国が、ここまで強硬に出る理由がわからない」
「交易の件で、返答が不十分だと……」
「またそれか」
アントナンは、机に書簡を放り投げた。
「些細な条件の違いだ。どうせ、向こうも折れる」
だが、外交官の表情は硬い。
「……今回の文面は、明らかに“様子見”ではありません」
「どういう意味だ」
「こちらの体制を、試しているかと」
その言葉に、アントナンは眉をひそめる。
(……試す? 何を?)
答えは、彼の頭には浮かばなかった。
聖女フロンの周囲でも、変化は起きていた。
祈りの場に集まる人々は、相変わらず多い。
だが、その視線の中に、微妙な違和感が混じり始めている。
「……今日は、何も起きませんでしたね」 「奇跡は、いつも起こるものではありません」
神官の言葉に、民は頷く。
だが、完全な納得ではない。
期待が大きい分、落差も大きい。
フロン自身も、それを感じていた。
(……皆、私に“結果”を求めている)
ただ祈るだけでは、足りなくなってきている。
夕刻。
エミーは、書斎でペンを取った。
ガイストへの返事だ。
断ることもできた。
無視することもできた。
だが――彼女は、簡潔な文を書き記す。
――ご提案、承知しました。
非公式の場であれば、お話を伺うことに異存はありません。
日時は、お任せします。
署名を終え、封を閉じる。
胸の奥で、何かが静かに動いた。
それは野心ではない。
復讐でもない。
ただ、“自分の価値を正しく測る場”に立つことへの、わずかな緊張と期待。
同じ夜。
ガイストは、エミーからの返書を受け取り、短く息を吐いた。
「……来るか」
それだけで、十分だった。
彼は、静かに微笑む。
「ならば、見せてもらおう」
王宮が手放したものが、
どれほどの価値を持っていたのかを。
王都ではまだ、誰も確信していない。
だが、静かな水面の下で、
流れはすでに変わり始めている。
エミー・マイセンのもとに届いた一通の招待状は、
“第二の舞台”への扉だった。
――そしてその扉は、
王国の未来をも、否応なく揺り動かすことになる。
王都の朝は、相変わらず穏やかだった。
人々はまだ、気づいていない。
国が少しずつ、しかし確実に“余力”を失っていることに。
マイセン家の屋敷では、エミーが朝食後の紅茶を飲みながら、新聞と数通の書簡に目を通していた。王宮を離れてから、彼女の元に届く手紙の種類は変わった。
政務関連の報告はなくなり、代わりに増えたのは――様子見の挨拶や、遠回しな探りだ。
「……皆さん、相変わらずね」
苦笑しながらも、エミーは丁寧に封を開けていく。
その中に、一通だけ、明らかに毛色の違う書簡が混じっていた。
厚手の紙。簡潔な文面。
差出人は――隣国宰相、ガイスト。
エミーの手が、わずかに止まる。
彼女は、その名を知っていた。
冷静沈着、感情を表に出さず、結果だけを見る男。
政治の世界では、極めて危険で、極めて有能だと噂される人物。
なぜ、その彼が――自分に?
慎重に封を切る。
――拝啓
突然の書簡をお許しください。
近く、非公式な意見交換の場を設けたいと考えています。
貴女の見識を、ぜひ直接伺いたい。
場所と日時は、貴女の都合に合わせます。
無理な場合は、遠慮なく断っていただいて構いません。
ガイスト
余計な修辞は一切ない。
誘いでも、命令でもない。
ただ、“価値を認めている”という事実だけが、淡々と記されていた。
「……意見交換、ですか」
エミーは、書簡を膝に置いたまま、しばらく考え込む。
王宮を離れた今、政治の表舞台に戻る理由はない。
戻るつもりもない。
それでも――
(私を、王太子妃候補ではなく、“一個人”として見ている)
その点だけは、はっきりと伝わってきた。
一方その頃、王宮では別の意味で緊張が高まっていた。
「……正式な抗議文です」
外交官が差し出した書簡を、アントナン・ドームは苛立ち混じりに受け取る。
「隣国が、ここまで強硬に出る理由がわからない」
「交易の件で、返答が不十分だと……」
「またそれか」
アントナンは、机に書簡を放り投げた。
「些細な条件の違いだ。どうせ、向こうも折れる」
だが、外交官の表情は硬い。
「……今回の文面は、明らかに“様子見”ではありません」
「どういう意味だ」
「こちらの体制を、試しているかと」
その言葉に、アントナンは眉をひそめる。
(……試す? 何を?)
答えは、彼の頭には浮かばなかった。
聖女フロンの周囲でも、変化は起きていた。
祈りの場に集まる人々は、相変わらず多い。
だが、その視線の中に、微妙な違和感が混じり始めている。
「……今日は、何も起きませんでしたね」 「奇跡は、いつも起こるものではありません」
神官の言葉に、民は頷く。
だが、完全な納得ではない。
期待が大きい分、落差も大きい。
フロン自身も、それを感じていた。
(……皆、私に“結果”を求めている)
ただ祈るだけでは、足りなくなってきている。
夕刻。
エミーは、書斎でペンを取った。
ガイストへの返事だ。
断ることもできた。
無視することもできた。
だが――彼女は、簡潔な文を書き記す。
――ご提案、承知しました。
非公式の場であれば、お話を伺うことに異存はありません。
日時は、お任せします。
署名を終え、封を閉じる。
胸の奥で、何かが静かに動いた。
それは野心ではない。
復讐でもない。
ただ、“自分の価値を正しく測る場”に立つことへの、わずかな緊張と期待。
同じ夜。
ガイストは、エミーからの返書を受け取り、短く息を吐いた。
「……来るか」
それだけで、十分だった。
彼は、静かに微笑む。
「ならば、見せてもらおう」
王宮が手放したものが、
どれほどの価値を持っていたのかを。
王都ではまだ、誰も確信していない。
だが、静かな水面の下で、
流れはすでに変わり始めている。
エミー・マイセンのもとに届いた一通の招待状は、
“第二の舞台”への扉だった。
――そしてその扉は、
王国の未来をも、否応なく揺り動かすことになる。
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