婚約破棄されて去ったら、私がいなくても世界は回り始めました

鷹 綾

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第十八話 切り離された象徴

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第十八話 切り離された象徴

 

 王都では、ついに“象徴”という言葉が、公の場で議題に上がった。

 それは批判ではない。
 ましてや、断罪でもない。

 ――役割の再定義だ。

 

 王宮の評議室。

 重臣たちが揃い、珍しく議題は一つに絞られていた。

「……聖女制度の運用について、見直しを提案します」

 口火を切ったのは、長年王宮を支えてきた老臣だった。

 室内に、ざわりとした空気が走る。

「見直し、とは?」 「制度を廃するのか?」

「いいえ」

 老臣は、ゆっくりと首を横に振る。

「廃するのではありません。切り離すのです」

 

 その言葉に、幾人かが眉をひそめる。

「国政と、聖女の奇跡を、です」

 老臣は続けた。

「これまで我々は、“奇跡があるから国が回る”と錯覚していました」 「しかし実際は、国が回る仕組みの上に、奇跡が乗っていただけです」

 

 沈黙。

 それは、否定できない沈黙だった。

 

「近頃、奇跡が起きない日が続いても、国は止まっていない」 「止まりかけたのは――判断が整理されなくなった時だ」

 誰もが、同じ名を思い浮かべたが、口には出さない。

 

「聖女に“結果”を背負わせる運用は、危険です」

 老臣は、静かに言った。

「奇跡は、起きる時もあれば、起きない時もある」 「それを国政の軸に据えるのは、責任の放棄に等しい」

 

 反論は、なかった。

 あるのは、重い理解だけだ。

 

 

 その報告は、聖堂にも届いた。

 フロンは、神官長から直接、説明を受けていた。

「……今後、聖女様の祈祷は、国家行事から切り離されます」

「切り離す……?」

「はい。民の信仰としては、これまで通り尊重されます」 「ですが、外交や政務の成否を、聖女様に委ねることはしません」

 

 フロンは、しばらく黙っていた。

 胸の奥に、奇妙な静けさが広がる。

 怖さは、ない。
 怒りも、ない。

(……ようやく、役割が戻るのね)

 

「聖女様」

 神官長は、穏やかな声で続けた。

「これは、罰ではありません」 「重荷を、下ろすための判断です」

 

 フロンは、ゆっくりと頷いた。

「……分かりました」

 その返答に、神官長は安堵したように息を吐く。

 

 

 一方、隣国。

 エミー・マイセンは、地方都市の視察から戻る馬車の中で、報告書に目を通していた。

「……宗教行事と政務の分離、ですか」

 ガイストから渡された簡潔な報告に、彼女は小さく目を細める。

「ようやく、ですね」

 それ以上の感想は、なかった。

 

「王都は、立て直せると思うか」

 ガイストが、何気なく尋ねる。

「条件次第です」

 エミーは、即答する。

「責任の所在を明確にし、役割を切り分ければ」 「人材は、まだ残っています」

 

「君は、戻らないが?」

「戻りません」

 迷いのない答えだった。

「立て直しは、“中にいる人間”がやるべき仕事です」

 

 ガイストは、満足そうに頷いた。

「健全だな」

 

 

 夜。

 王宮の回廊を、アントナン・ドームが一人歩いていた。

 聖女制度の見直し。
 象徴の切り離し。

 どれも、正しい判断だと理解している。

 だが――

(……正しい判断を、私はどれだけしてきた)

 自問に、答えは返らない。

 

 以前は、決断の前に、静かな声があった。

 「殿下、これは三案あります」
 「最も影響が少ないのはこちらです」

 今は、それがない。

 

 

 同じ夜。

 フロンは、久しぶりに聖堂の外へ出て、夜風に当たっていた。

 肩が、少し軽い。

 祈りは、誰かのためではなく、
 自分のために捧げてもいいのだと、初めて思えた。

 

 

 象徴は、切り離された。

 それは、誰かを切り捨てたという意味ではない。

 過剰な期待と責任を、正しい場所に戻しただけだ。

 

 王都は、ようやく一歩を踏み出した。
 だが、その歩幅は小さい。

 そしてその間にも、隣国では――
 役割を得た者たちが、
 迷いなく、次の仕事へ進んでいる。

 

 象徴を外した国と、仕組みを整えた国。
 その差は、もう誤魔化せないほど、
 静かに、しかし確実に、広がり始めていた。
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