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第十九話 差が可視化される時
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第十九話 差が可視化される時
季節が、一つ進んだ。
王都では、久しぶりに大規模な交易市が開かれていた。
表向きは、活気が戻ったように見える。
露店の呼び声。
行き交う商人。
賑わう広場。
だが、その裏で――
数字は、嘘をつかなかった。
政務棟の奥。
財務官たちが集まり、最新の報告書を前に沈黙していた。
「……前年同月比、交易量は微増」 「ですが、利益率が落ちています」
「輸送コストが、想定より高い」 「倉庫滞留日数も、完全には戻っていません」
表面は回復。
中身は、未回復。
それが、全員の共通認識だった。
「隣国は?」
誰かが、ぽつりと尋ねる。
「……同時期で、利益率が一割以上上昇しています」
空気が、重くなる。
同じ交易市。
似た条件。
それでも、結果が違う。
王太子アントナン・ドームは、その報告を静かに聞いていた。
「理由は?」
「……決裁速度です」
財務官が、覚悟を決めたように言う。
「隣国は、判断が早い」 「条件提示から合意までの期間が、半分以下です」
アントナンは、目を閉じた。
(……まただ)
比較の対象が、はっきりしすぎている。
一方、隣国。
交易市の成功を受け、官庁では簡潔な総括会議が行われていた。
「想定通りです」
エミー・マイセンは、淡々と報告する。
「選択肢を絞り、期限を守らせた」 「交渉の場で迷いが出なかった分、コストが下がっています」
「問題点は?」
ガイストが尋ねる。
「一部の地方で、人材が不足しています」 「中央の判断速度に、現場が追いついていません」
ガイストは、頷いた。
「なら、補強だな」
「はい。育成を急ぎます」
誰も、成功に酔っていない。
次の改善点が、すでに見えているからだ。
夕刻。
王都の評議室では、別の会合が開かれていた。
「……隣国との差が、はっきりしました」
老臣が、静かに言う。
「奇跡を切り離しただけでは、足りなかった」 「判断を整理する“人”が、いないのです」
誰も反論しない。
それが、現実だった。
「人材登用を、急ぐべきだ」 「外部から――」
言葉が、途中で止まる。
皆が、同じ名前を思い浮かべたからだ。
同じ夜。
エミーは、宿舎の書斎で、次の計画書を書いていた。
地方行政官向けの、簡易判断マニュアル。
複雑な理論は、入れない。
判断の“型”だけを残す。
「……一人で回す仕組みは、長続きしない」
小さく呟き、ペンを走らせる。
その頃、王宮。
アントナンは、窓辺に立ち、遠くの灯りを見つめていた。
隣国の交易市は、成功した。
こちらは、体裁を保っただけ。
(……差が、数字になった)
感情ではなく、
噂でもなく、
結果として。
ようやく、理解する。
彼女がいなくなってから起きたことは、
不運でも、偶然でもない。
――仕組みの差だ。
夜更け。
老臣の一人が、静かに言った。
「……取り戻すのは、もう難しいでしょう」
「ええ」
別の者が、頷く。
「彼女は、もう“個人”ではなく、“仕組み側”にいる」
王都は、ようやく現実を直視した。
隣国との差は、
誤魔化せないほど、
可視化されてしまった。
そしてその差は、
誰かを引き戻すことで埋まるものではない。
作り直さなければならないのは、
人ではなく――
判断が回る構造そのものだった。
だが、その構造を設計できる者は、
もうこの国にはいない。
その事実こそが、
王都に突きつけられた、
最も重い現実だった。
季節が、一つ進んだ。
王都では、久しぶりに大規模な交易市が開かれていた。
表向きは、活気が戻ったように見える。
露店の呼び声。
行き交う商人。
賑わう広場。
だが、その裏で――
数字は、嘘をつかなかった。
政務棟の奥。
財務官たちが集まり、最新の報告書を前に沈黙していた。
「……前年同月比、交易量は微増」 「ですが、利益率が落ちています」
「輸送コストが、想定より高い」 「倉庫滞留日数も、完全には戻っていません」
表面は回復。
中身は、未回復。
それが、全員の共通認識だった。
「隣国は?」
誰かが、ぽつりと尋ねる。
「……同時期で、利益率が一割以上上昇しています」
空気が、重くなる。
同じ交易市。
似た条件。
それでも、結果が違う。
王太子アントナン・ドームは、その報告を静かに聞いていた。
「理由は?」
「……決裁速度です」
財務官が、覚悟を決めたように言う。
「隣国は、判断が早い」 「条件提示から合意までの期間が、半分以下です」
アントナンは、目を閉じた。
(……まただ)
比較の対象が、はっきりしすぎている。
一方、隣国。
交易市の成功を受け、官庁では簡潔な総括会議が行われていた。
「想定通りです」
エミー・マイセンは、淡々と報告する。
「選択肢を絞り、期限を守らせた」 「交渉の場で迷いが出なかった分、コストが下がっています」
「問題点は?」
ガイストが尋ねる。
「一部の地方で、人材が不足しています」 「中央の判断速度に、現場が追いついていません」
ガイストは、頷いた。
「なら、補強だな」
「はい。育成を急ぎます」
誰も、成功に酔っていない。
次の改善点が、すでに見えているからだ。
夕刻。
王都の評議室では、別の会合が開かれていた。
「……隣国との差が、はっきりしました」
老臣が、静かに言う。
「奇跡を切り離しただけでは、足りなかった」 「判断を整理する“人”が、いないのです」
誰も反論しない。
それが、現実だった。
「人材登用を、急ぐべきだ」 「外部から――」
言葉が、途中で止まる。
皆が、同じ名前を思い浮かべたからだ。
同じ夜。
エミーは、宿舎の書斎で、次の計画書を書いていた。
地方行政官向けの、簡易判断マニュアル。
複雑な理論は、入れない。
判断の“型”だけを残す。
「……一人で回す仕組みは、長続きしない」
小さく呟き、ペンを走らせる。
その頃、王宮。
アントナンは、窓辺に立ち、遠くの灯りを見つめていた。
隣国の交易市は、成功した。
こちらは、体裁を保っただけ。
(……差が、数字になった)
感情ではなく、
噂でもなく、
結果として。
ようやく、理解する。
彼女がいなくなってから起きたことは、
不運でも、偶然でもない。
――仕組みの差だ。
夜更け。
老臣の一人が、静かに言った。
「……取り戻すのは、もう難しいでしょう」
「ええ」
別の者が、頷く。
「彼女は、もう“個人”ではなく、“仕組み側”にいる」
王都は、ようやく現実を直視した。
隣国との差は、
誤魔化せないほど、
可視化されてしまった。
そしてその差は、
誰かを引き戻すことで埋まるものではない。
作り直さなければならないのは、
人ではなく――
判断が回る構造そのものだった。
だが、その構造を設計できる者は、
もうこの国にはいない。
その事実こそが、
王都に突きつけられた、
最も重い現実だった。
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