39 / 40
第三十九話 必要とされない強さ
しおりを挟む
第三十九話 必要とされない強さ
王都の改革は、ある地点を越えていた。
それは、完成でも成功でもない。
“依存しない”という段階だ。
共同水利計画は、正式合意に至った。
署名式は簡素だった。
王太子の姿はあるが、中央に立つことはない。
実務責任者が、淡々と条件を読み上げる。
「段階導入、三年」 「最悪時の撤退条項、明文化」 「修正協議は、半年ごと」
誰も、特別な拍手をしない。
それで、十分だった。
式の後。
若手官吏が、控えめに言う。
「……うまく、いきましたね」
中堅官吏は、首を横に振る。
「うまく、じゃない」 「普通に、終わっただけだ」
その言葉に、若手は一瞬戸惑い、
やがて、頷いた。
普通に終わる。
それが、どれほど難しかったか。
王宮の回廊。
アントナン・ドームは、足を止め、壁に掛けられた歴代王族の肖像を見上げていた。
(……英雄はいない)
そこに描かれているのは、
強い者、賢い者、勝った者。
だが、今の王都に必要なのは、
そういう姿ではない。
(必要とされない強さ、か)
前に出ない強さ。
決めないことで、決まる仕組みを守る強さ。
それは、
誰にも称賛されない。
その日の午後。
地方で、小さなトラブルが起きる。
水利計画の初期工事で、想定外の地盤問題。
「……工期が、延びます」
報告を受けた実務班は、即座に動く。
「基準に照らすと?」 「最悪は?」 「修正は?」
誰も、王太子を呼ばない。
数時間後、修正案がまとまり、
関係者に共有される。
「……殿下への報告は?」
「最終結果のみでいい」
それで、話は終わった。
夕刻。
アントナンは、最終報告を受け、短く言う。
「了解した」
それだけだ。
助言もしない。
口出しもしない。
それが、今の自分の役割だと、
はっきり分かっている。
一方、隣国。
エミー・マイセンは、同じ案件について、形式的な通知を受けていた。
「王都側で、修正対応完了」
それだけの一文。
彼女は、書類を閉じ、静かに思う。
(……もう、呼ばれない)
だが、その事実は、
寂しさではなかった。
強さが、個人から切り離された証拠だ。
補佐官が、ためらいがちに言う。
「それでも……少し、物足りなくは?」
エミーは、首を横に振る。
「いいえ」 「必要とされない強さほど、健全なものはありません」
彼女は、そう知っている。
かつての自分は、
必要とされすぎていた。
だから、壊れかけた。
ガイストが、低く言う。
「君は、強いままだな」
エミーは、ほんの少しだけ微笑んだ。
「今は、誰かの代わりにならない強さです」
夜。
王都の街は、静かに灯っている。
誰かが倒れたからではない。
誰かが救ったからでもない。
ただ、
回っているから、灯っている。
アントナン・ドームは、書斎で、最後の報告書を閉じる。
(……必要とされない強さ)
それを、
彼女から教わったわけではない。
彼女が去った後、
自分たちが、必死に掴み取ったものだ。
エミー・マイセンは、灯りを消す。
もう、振り返らない。
呼ばれない強さを、
誇りにできる場所が、
確かに、ここにも、あそこにも、できている。
王都の改革は、ある地点を越えていた。
それは、完成でも成功でもない。
“依存しない”という段階だ。
共同水利計画は、正式合意に至った。
署名式は簡素だった。
王太子の姿はあるが、中央に立つことはない。
実務責任者が、淡々と条件を読み上げる。
「段階導入、三年」 「最悪時の撤退条項、明文化」 「修正協議は、半年ごと」
誰も、特別な拍手をしない。
それで、十分だった。
式の後。
若手官吏が、控えめに言う。
「……うまく、いきましたね」
中堅官吏は、首を横に振る。
「うまく、じゃない」 「普通に、終わっただけだ」
その言葉に、若手は一瞬戸惑い、
やがて、頷いた。
普通に終わる。
それが、どれほど難しかったか。
王宮の回廊。
アントナン・ドームは、足を止め、壁に掛けられた歴代王族の肖像を見上げていた。
(……英雄はいない)
そこに描かれているのは、
強い者、賢い者、勝った者。
だが、今の王都に必要なのは、
そういう姿ではない。
(必要とされない強さ、か)
前に出ない強さ。
決めないことで、決まる仕組みを守る強さ。
それは、
誰にも称賛されない。
その日の午後。
地方で、小さなトラブルが起きる。
水利計画の初期工事で、想定外の地盤問題。
「……工期が、延びます」
報告を受けた実務班は、即座に動く。
「基準に照らすと?」 「最悪は?」 「修正は?」
誰も、王太子を呼ばない。
数時間後、修正案がまとまり、
関係者に共有される。
「……殿下への報告は?」
「最終結果のみでいい」
それで、話は終わった。
夕刻。
アントナンは、最終報告を受け、短く言う。
「了解した」
それだけだ。
助言もしない。
口出しもしない。
それが、今の自分の役割だと、
はっきり分かっている。
一方、隣国。
エミー・マイセンは、同じ案件について、形式的な通知を受けていた。
「王都側で、修正対応完了」
それだけの一文。
彼女は、書類を閉じ、静かに思う。
(……もう、呼ばれない)
だが、その事実は、
寂しさではなかった。
強さが、個人から切り離された証拠だ。
補佐官が、ためらいがちに言う。
「それでも……少し、物足りなくは?」
エミーは、首を横に振る。
「いいえ」 「必要とされない強さほど、健全なものはありません」
彼女は、そう知っている。
かつての自分は、
必要とされすぎていた。
だから、壊れかけた。
ガイストが、低く言う。
「君は、強いままだな」
エミーは、ほんの少しだけ微笑んだ。
「今は、誰かの代わりにならない強さです」
夜。
王都の街は、静かに灯っている。
誰かが倒れたからではない。
誰かが救ったからでもない。
ただ、
回っているから、灯っている。
アントナン・ドームは、書斎で、最後の報告書を閉じる。
(……必要とされない強さ)
それを、
彼女から教わったわけではない。
彼女が去った後、
自分たちが、必死に掴み取ったものだ。
エミー・マイセンは、灯りを消す。
もう、振り返らない。
呼ばれない強さを、
誇りにできる場所が、
確かに、ここにも、あそこにも、できている。
17
あなたにおすすめの小説
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました
鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」
そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。
しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!?
だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。
「彼女を渡すつもりはない」
冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!?
毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし!
さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜――
リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される!
政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー!
「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」
居候と婚約者が手を組んでいた!
すみ 小桜(sumitan)
恋愛
グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!
って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!
父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。
アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。
最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。
【完結】義妹(ヒロイン)の邪魔をすることに致します
凛 伊緒
恋愛
伯爵令嬢へレア・セルティラス、15歳の彼女には1つ下の妹が出来た。その妹は義妹であり、伯爵家現当主たる父が養子にした元平民だったのだ。
自分は『ヒロイン』だと言い出し、王族や有力者などに近付く義妹。さらにはへレアが尊敬している公爵令嬢メリーア・シェルラートを『悪役令嬢』と呼ぶ始末。
このままではメリーアが義妹に陥れられると知ったへレアは、計画の全てを阻止していく──
─義妹が異なる世界からの転生者だと知った、元から『乙女ゲーム』の世界にいる人物側の物語─
編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?
灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。
しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?
王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~
しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。
豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。
――食事が、冷めているのだ。
どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。
「温かいごはんが食べたい」
そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。
地下厨房からの高速搬送。
専用レーンを爆走するカートメイド。
扉の開閉に命をかけるオープナー。
ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!?
温かさは、ホッとさせてくれる。
それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。
冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、
食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ!
-
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~
紫月 由良
恋愛
辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。
魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる