所有物だった公爵令嬢は、民に選ばれ女王となる

鷹 綾

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第十九話 戴冠の朝

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第十九話 戴冠の朝

 王都の空は、驚くほど澄んでいた。

 昨夜までの緊張が嘘のように、風は穏やかで、雲は薄い。

 だが王宮の内部は静まり返っている。
 祝祭のざわめきではなく、歴史が動く前の静けさ。

 私は白い衣装に身を包み、鏡の前に立っていた。

 宝石は最小限。
 重さを感じさせる装飾は避けた。

 王になるのは、飾るためではない。

 侍女が小さく囁く。

「本当に……よろしいのですか」

 その問いは、私の内側の声でもある。

「はい」

 私は頷く。

 逃げることはできる。

 隣国へ戻ることも、王太子に任せることも。

 だが、それでは何も変わらない。

 大広間の扉が開く。

 民と貴族、兵と商人。
 あらゆる立場の者が集まっている。

 玉座は空いている。

 国王は既に退位し、奥の席に座っている。
 王太子はその隣に立つ。

 私は中央へ進む。

 ざわめきが止まる。

 高位の司祭が形式的な言葉を述べる。

「本日、王位は新たな者に継がれる」

 だがその声も、いつもの威厳を欠いている。

 王位は血統だけでなく、承認で決まる。

 それが今回の前提。

 司祭が問う。

「あなたは、この国を治める覚悟があるか」

 私は答える。

「治めるのではなく、整えます」

 広間に小さな波紋が広がる。

「王は、民を所有しません」

 私は続ける。

「王は、民の上に立つのではなく、法の下に立ちます」

 静寂。

 誰もが、その言葉の重さを理解している。

 司祭が再び問う。

「あなたは、王としての責任を負うか」

「はい」

 私は深く息を吸う。

「私の判断が誤れば、その責任を負います」

 言葉が、空間を満たす。

 やがて、王冠が運ばれる。

 重い金属。

 かつては絶対の象徴。

 今は、制限の象徴。

 王太子が近づく。

「最後に、退くこともできる」

 小さな声。

 私は微笑む。

「退きません」

 王太子が王冠を手に取る。

 そして、ゆっくりと私の頭へ置く。

 その瞬間、広間が息を呑む。

 重さが、頭にのしかかる。

 物理的な重さではない。

 責任の重さ。

 やがて、民の中から声が上がる。

「女王陛下」

 ひとり。

 それが広がる。

「女王陛下」

 波のように重なる。

 私は玉座の前に立つ。

 座る前に、ひとつだけ言葉を残す。

「私は、あなた方の所有者ではありません」

 広間が静まる。

「そして、あなた方も、誰の所有物でもありません」

 その言葉に、涙を流す者がいる。

 私は玉座に腰を下ろす。

 視界が変わる。

 かつては見上げていた場所。

 今は見下ろす位置。

 だが見下ろさない。

 目線を下げる。

「奴隷制度の廃止を、本日より正式に宣言します」

 強行派の残党が顔を強張らせる。

「女性の契約権を認める法案を、即日審議にかけます」

 広間が揺れる。

「王権の一部を評議会へ委譲します」

 それは、自らの権力を削る宣言。

 だが、それが必要。

 奥で、退位した国王が静かに頷く。

 彼は敗者ではない。

 時代を繋いだ者だ。

 式が終わる。

 民が広場へ溢れ出る。

 歓声と、まだ残る不安。

 私は玉座から立ち上がり、外へ向かう。

 広場に立つ。

 王と民の間に、壁はない。

 私は声を上げる。

「この国は、今日から形を変えます」

 歓声。

「ですが、私ひとりではできません」

 静まる。

「あなた方と共に、整えます」

 それは宣言であり、約束。

 私は空を見上げる。

 所有物だった公爵令嬢。

 庇護下の存在。

 人質。

 そして今。

 民に推され、王冠を戴いた女王。

 だが、私は変わらない。

 感情と意志を持つ、人間だ。

 王国は終わらなかった。

 形を変えた。

 そして私は、静かに息を吐く。

 ここからが、本当の始まりだ。
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