『ラノベでリアルに描いてみた。舞踏会で婚約破棄したら、その場で人生が終了した件

鷹 綾

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第5話 宣言という名の確定

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第5話 宣言という名の確定

 音楽が、止まった。

 それは偶然ではなかった。
 指揮者が空気を読み、演奏を区切っただけのことだ。だが、その一瞬の静寂は、舞踏会場にいた全員の意識を一か所へ集めるには十分すぎるほどだった。

 イディオット・パーソーン王太子が、一歩前に出る。

 その動きに、誰も止めに入らない。
 止める者がいないのではない。止めてはならないと、全員が理解しているのだ。ここは公の場であり、王太子の発言を遮ることは、国家意思の発露を妨げる行為と同義になる。

 だからこそ、沈黙が続く。

 ソフィ・スティ・ケイティッド公爵令嬢は、その背中を静かに見つめていた。
 心は不思議なほど落ち着いている。予感はあった。ここで何が起こるのかも、彼が何を言おうとしているのかも、すでに分かっていた。

 それでも、逃げ場はない。
 舞踏会は祝宴ではなく、確定の場なのだから。

「皆、注目してくれ」

 イディオットの声はよく通った。
 自信に満ち、疑いを知らない声だ。その響きに、かつては人を惹きつける力があった。だが今は違う。会場の空気は、期待ではなく警戒に満ちている。

「本日、ここで一つ、宣言をする」

 その言葉に、貴族たちの背筋が一斉に伸びる。
 宣言。
 公の場でその言葉が使われた瞬間、これは私事ではなくなる。

 ソフィは、ほんのわずかに扇子を閉じた。
 それは癖のような仕草であり、同時に心を整える合図でもある。

「俺は、ソフィ・スティ・ケイティッド公爵令嬢との婚約を破棄する」

 空気が、完全に凍りついた。

 ざわめきは起きない。
 悲鳴も、囁きもない。
 ただ、重く、逃げ場のない静寂が、会場を覆い尽くす。

 それを見て、イディオットは満足そうに口角を上げた。
 恐れている。皆、言葉を失っている。そう解釈した。

 だが実際には違う。
 誰もが理解したのだ。
 今の一言で、すべてが確定したと。

「理由は簡単だ」

 イディオットは続ける。
 止める者はいない。
 止められない。

「この婚約は、形式だけのものだった。彼女は冷淡で、王太子妃としての情も覚悟も持たない女だ」

 クラス・クラウン男爵令嬢が、息を呑む音が微かに聞こえた。
 彼女は殿下の隣に立ち、必死に頷く。その仕草が、何より雄弁だった。

「俺が愛しているのは、この者だ」

 イディオットは、クラスの肩に手を置いた。
 その瞬間、彼女ははっきりと前に出る。
 逃げない。離れない。殿下の味方であると、態度で示した。

 それを見て、ソフィは心の中で静かに線を引いた。

 ――確定。

 もう、戻れない。

 拍手は起こらない。
 祝福の声もない。
 それでもイディオットは気にしない。むしろ、余裕すら浮かべていた。

「異論はあるか?」

 その問いは、挑発に近かった。

 だが、誰も答えない。
 答えてはならないからだ。

 公の場で、王太子の宣言に異を唱えることは、国家意思への反逆と受け取られる可能性がある。だから誰も口を開かない。沈黙は賛同ではない。だが、反論でもない。

 その微妙な均衡を、イディオットは理解していなかった。

 ソフィは、一歩前に出る。

 ざわり、と視線が集まった。

 彼女は泣かない。
 声を荒げない。
 感情を見せない。

「……殿下」

 その声は静かだった。
 だが、よく通る。

「そのお言葉、ここがどのような場であるかをご理解なさった上で、おっしゃっているのですね」

 問いかけは、確認に近い。
 逃げ道を与える最後の一言だった。

 イディオットは鼻で笑う。

「当然だ。ここは王宮だ。公式の場だ」

 その言葉に、ソフィは小さく息を吐いた。
 そして、微笑む。

「……そうですか」

 扇子を閉じ、視線を下げる。
 それだけで十分だった。

「では」

 彼女はそれ以上、何も言わない。

 その沈黙こそが、すべてを物語っていた。

 公式の場で、公式に、婚約破棄が宣言された。
 理由も、相手も、すべて公然と示された。

 この瞬間、処理は始まった。
 誰かが声を上げなくても、制度が動き出す。

 イディオット・パーソーン王太子は、まだ気づいていない。
 自分が今、剣を振るったつもりで、実際には自分の首に縄をかけたということに。

 舞踏会は続いている。
 だが、この宣言によって、すでに次の段階へ進んでいた。

 祝宴は終わり、公式が牙を剥く。
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