『ラノベでリアルに描いてみた。舞踏会で婚約破棄したら、その場で人生が終了した件

鷹 綾

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第8話 記録される沈黙

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第8話 記録される沈黙

 舞踏会場の片隅で、目立たぬように立つ書記官たちは、決して舞踏を見ていない。
 彼らの視線は、常に人の動きと言葉に向けられていた。

 イディオット・パーソーン王太子が宣言してから、すでに十分な時間が経っている。
 にもかかわらず、誰一人として祝福を口にせず、誰一人として王太子の側に寄らない。この異様な状況は、沈黙という形で、はっきりと示され続けていた。

 書記官の一人が、静かに筆を走らせる。
 日時。
 場所。
 発言者。
 発言内容。
 その後の反応。

 淡々と、感情を挟まずに記されていく文字列は、後に「解釈」されるための素材だ。
 今はただ、事実だけを並べる。それが彼らの役割だった。

 ソフィ・スティ・ケイティッド公爵令嬢は、その存在を意識していた。
 だからこそ、余計な動きをしない。余計な言葉を発しない。
 ここで一歩踏み出せば、それは「抗議」として記録される。
 声を荒げれば、「感情的反発」として整理される。

 どれも、望む形ではない。

 ソフィが必要としているのは、同情でも共感でもなく、手順だ。
 公式の場で起きたことは、公式の手順でしか処理されない。そのことを、彼女は誰よりもよく知っている。

 イディオットは、依然として周囲の反応を読み違えていた。
 誰も近づかないのは、恐れているから。
 誰も口を開かないのは、様子見をしているから。

 そう思い込むことで、自分の中の違和感を押し殺している。

「静かだな」

 彼は、軽く笑ってそう言った。
 それが場を和ませる冗談だと、本気で思っている。

 だが、その言葉もまた、記録されていた。

 王太子自身が、この状況を異常とは認識していない。
 むしろ、優位だと感じている。
 その認識が、後にどのように扱われるかを、彼は知らない。

 クラス・クラウン男爵令嬢は、じわじわと追い詰められていた。
 殿下の隣に立っているのに、まるで透明人間になったかのようだ。
 視線は自分を避け、会話は途切れ、誰一人として声をかけてこない。

 祝福されるはずだった。
 羨望されるはずだった。
 そう信じてきた未来が、音もなく崩れていく。

「……どうして、こんな……」

 呟きは、殿下にすら届かない。

 彼女は理解していなかった。
 この場では、祝福がないこと自体が、明確な意思表示であるということを。
 誰もが、王太子の宣言を「受け入れていない」と、態度で示しているのだ。

 そしてそれは、書記官の記録に、はっきりと残る。

 祝福なし。
 同調発言なし。
 拍手なし。

 沈黙が、積み重なっていく。

 他国の使節たちも、その沈黙を逃さない。
 彼らは笑顔を保ちながら、互いに目配せを交わす。
 この国の王太子が、公の場でどのような行動を取り、その結果としてどのような反応を引き起こしたのか。それは、帰国後の報告書に必ず記される。

 国家は、感情で評価されない。
 行動と結果で評価される。

 ソフィは、その現実を静かに受け止めていた。
 この舞踏会で、彼女が果たすべき役割は、すでに終わっている。
 あとは、公式が公式として動くのを待つだけだ。

 彼女は、そっと視線を上げ、会場全体を見渡す。
 誰もが笑っている。
 誰もが何も言わない。

 それでいい。
 それこそが、正しい。

 沈黙は、何も起きていない証拠ではない。
 沈黙は、すでに判断が下された証拠だ。

 イディオット・パーソーン王太子は、そのことに気づかないまま、舞踏会の中心に立ち続けている。
 だが、その足元では、静かに、確実に、記録が積み上がっていた。

 言葉よりも重く。
 抗議よりも鋭く。
 そして、後から決して消せない形で。

 舞踏会は、まだ終わらない。
 だが、記録はすでに完成へ向かっていた。
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