『ラノベでリアルに描いてみた。舞踏会で婚約破棄したら、その場で人生が終了した件

鷹 綾

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第30話 公式は、人を個人に戻す

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第30話 公式は、人を個人に戻す

 舞踏会が終盤に差しかかる頃、私はようやくこの場が「次の段階」に入ったことを理解した。公式処理というものは、必ず三つの局面を持つ。確定、遮断、そして切り離しだ。これまでが確定と遮断であるなら、今は最後の切り離しにあたる。

 王太子は、もはや誰の視界にも中心として映っていなかった。彼はまだ広間にいる。存在としては消えていない。だが、その扱いは完全に変わっている。肩書きが機能しなくなった瞬間、人は驚くほど軽くなる。周囲の人間関係から、役割から、期待から、音もなく剥がされていく。

 私はその様子を、少し離れた位置から確認していた。視線は冷静で、判断は淡々としている。感情を挟む余地はない。公式は、人を罰するためのものではない。役割を解体し、元の単位に戻すための仕組みだ。

 背後で、会計担当が静かに報告する。

「王太子殿下名義で動いていた予算、すべて停止しました。現在は王家本体の管理下に戻っています。個人利用分については、区分が完了次第、債務として切り出されます」

 私は頷いた。
 それでいい。

 王族という身分は、特権であると同時に、保証でもある。その保証が外れた時、残るのは個人の行為と責任だけだ。これまで王太子という立場によって曖昧にされていた支出や契約は、すべて「個人の意思決定」として再評価される。

 それを、彼は理解していないだろう。
 理解する必要もない。公式は、理解を前提に動かない。

 クラス・クラウン男爵令嬢が、少しずつ距離を取っているのが見えた。先ほどまで彼の半歩後ろにいたはずの位置から、いつの間にか数歩離れている。誰に指示されたわけでもない。ただ、そうしなければならないと理解したのだろう。彼女自身の生存のために。

 その判断は遅いが、間違ってはいない。

 彼女が完全に切り離されるかどうかは、今後の公式記録次第だ。王太子の行為に、どこまで関与していたか。意思があったのか、利用されていただけなのか。その線引きは、感情ではなく証拠で行われる。

 私はそれ以上、彼女に注意を払わなかった。今夜の主題ではない。

 国王陛下の側近たちが、静かに動いているのが見える。舞踏会という形式を保ったまま、王家内部の処理が進行している。廃嫡、除籍、後継順位の再編。どれも、この場で声高に宣言されることはない。だが、公式文書としては、すでに準備段階に入っている。

 私は確信していた。
 この夜が明ける前に、王太子は王太子ではなくなる。

 それは悲劇ではない。制度が正常に機能した結果だ。

 人はしばしば、身分を「自分そのもの」だと錯覚する。だが実際は違う。身分とは、制度が一時的に与える役割に過ぎない。それが剥がれた時に残るものこそが、その人間の本体だ。

 彼の場合、何が残るのか。
 それを考える必要はない。

 公式は、個人の将来に責任を持たない。ただ、現在を正確に切り分けるだけだ。

 私は扇子を閉じ、深く一礼した。
 これで、公爵家としてこの舞踏会で行うべき役割はすべて果たした。

 あとは、切り離された個人が、個人として処理されるだけ。
 王太子だった者は、公式によって、ただの一人の人間に戻される。

 それが、この夜の最終工程だった。
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