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第31話 公式は、関係を精算する
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第31話 公式は、関係を精算する
夜会が静かに収束へ向かうにつれ、私はこの場に残された「関係」という名の未処理項目を確認していた。公式処理が人を個人へ戻す工程まで進んだ以上、次に行われるのは、個人と個人を結んでいた線の精算だ。役割が剥がれた瞬間、関係は宙に浮く。その浮遊を放置すれば、後に必ず歪みとなって残る。
私は側近から渡された一覧に目を通す。王太子名義で締結されていた非公開の合意、慣例的に黙認されてきた口約束、王家の威光を背景に成立していた便宜。いずれも、当人が王太子であることを前提に成り立っていた線だ。前提が崩れた以上、線は切られるか、再契約されるか、そのどちらかしかない。
背後で法務担当が淡々と報告する。「王太子殿下個人との私的合意については、すべて失効扱いとします。公的契約への転換を希望する相手には、改めて条件提示を求めます」私は頷いた。正しい。情で救う余地を残さないためにも、選択肢は明確であるべきだ。
広間の向こうで、幾つかの小さな別れが起きているのが見えた。挨拶を交わすふりをしながら距離を取る者、今夜の話題を避けるために早々に退出する者、関係の再定義を急ぐ者。誰もが、自分の線を自分で切り直している。公式は、その判断を妨げない。ただ、結果を記録するだけだ。
クラス・クラウン男爵令嬢の周囲にも、目に見えない変化が生じていた。彼女に近づく者はいない。かといって、完全に孤立しているわけでもない。彼女がどの線を引き、どの線を切るかを、周囲が見極めている段階だ。王太子の隣に立っていたという事実は重いが、彼女自身がどこまで関与していたかは、まだ確定していない。公式は、推測で裁かない。
私は視線を戻し、一覧の次項目へ進む。王家内部の人員配置の変更、後継順位の再編に伴う儀礼上の連絡、国外への説明文案。どれも今夜中に骨子を固め、夜明け前に配布される予定だ。噂は遅く、文書は早い。公式が勝つ理由は、いつもそこにある。
国王陛下の側近が、私の前に立ち、低く告げる。「公爵令嬢、王家としての説明責任は、貴家の整理と齟齬なく進めます」私は一礼で応じた。齟齬が生じないように設計したのは、最初からだ。舞踏会という形式を選んだ時点で、逃げ道は用意していない。
関係の精算は、痛みを伴う。だが、それは罰ではない。役割を前提に築かれた関係が、役割の消失とともに終わるだけの話だ。残るべき関係は、役割に依存しない形へと再定義される。残らない関係は、遅かれ早かれ消える。
私は扇子を閉じ、深く息を吸った。今夜の作業は、ほぼ終わりだ。残るのは、文書の最終確認と、翌朝に向けた配布計画の承認。誰かの感情に寄り添う必要はない。寄り添うべきは、制度の一貫性だけだ。
広間の灯りが少しずつ落とされていく。人々は散り、音楽は終わり、舞踏会は記憶へと移行する。だが、公式に記録された線は消えない。関係は精算され、世界は次の配置へ進む。
私は静かに頷いた。
公式は、関係を清算する。その仕事を、今夜も過不足なく果たした。
夜会が静かに収束へ向かうにつれ、私はこの場に残された「関係」という名の未処理項目を確認していた。公式処理が人を個人へ戻す工程まで進んだ以上、次に行われるのは、個人と個人を結んでいた線の精算だ。役割が剥がれた瞬間、関係は宙に浮く。その浮遊を放置すれば、後に必ず歪みとなって残る。
私は側近から渡された一覧に目を通す。王太子名義で締結されていた非公開の合意、慣例的に黙認されてきた口約束、王家の威光を背景に成立していた便宜。いずれも、当人が王太子であることを前提に成り立っていた線だ。前提が崩れた以上、線は切られるか、再契約されるか、そのどちらかしかない。
背後で法務担当が淡々と報告する。「王太子殿下個人との私的合意については、すべて失効扱いとします。公的契約への転換を希望する相手には、改めて条件提示を求めます」私は頷いた。正しい。情で救う余地を残さないためにも、選択肢は明確であるべきだ。
広間の向こうで、幾つかの小さな別れが起きているのが見えた。挨拶を交わすふりをしながら距離を取る者、今夜の話題を避けるために早々に退出する者、関係の再定義を急ぐ者。誰もが、自分の線を自分で切り直している。公式は、その判断を妨げない。ただ、結果を記録するだけだ。
クラス・クラウン男爵令嬢の周囲にも、目に見えない変化が生じていた。彼女に近づく者はいない。かといって、完全に孤立しているわけでもない。彼女がどの線を引き、どの線を切るかを、周囲が見極めている段階だ。王太子の隣に立っていたという事実は重いが、彼女自身がどこまで関与していたかは、まだ確定していない。公式は、推測で裁かない。
私は視線を戻し、一覧の次項目へ進む。王家内部の人員配置の変更、後継順位の再編に伴う儀礼上の連絡、国外への説明文案。どれも今夜中に骨子を固め、夜明け前に配布される予定だ。噂は遅く、文書は早い。公式が勝つ理由は、いつもそこにある。
国王陛下の側近が、私の前に立ち、低く告げる。「公爵令嬢、王家としての説明責任は、貴家の整理と齟齬なく進めます」私は一礼で応じた。齟齬が生じないように設計したのは、最初からだ。舞踏会という形式を選んだ時点で、逃げ道は用意していない。
関係の精算は、痛みを伴う。だが、それは罰ではない。役割を前提に築かれた関係が、役割の消失とともに終わるだけの話だ。残るべき関係は、役割に依存しない形へと再定義される。残らない関係は、遅かれ早かれ消える。
私は扇子を閉じ、深く息を吸った。今夜の作業は、ほぼ終わりだ。残るのは、文書の最終確認と、翌朝に向けた配布計画の承認。誰かの感情に寄り添う必要はない。寄り添うべきは、制度の一貫性だけだ。
広間の灯りが少しずつ落とされていく。人々は散り、音楽は終わり、舞踏会は記憶へと移行する。だが、公式に記録された線は消えない。関係は精算され、世界は次の配置へ進む。
私は静かに頷いた。
公式は、関係を清算する。その仕事を、今夜も過不足なく果たした。
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