『ラノベでリアルに描いてみた。舞踏会で婚約破棄したら、その場で人生が終了した件

鷹 綾

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第38話 公式は、忘却を許可する

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第38話 公式は、忘却を許可する

 沈黙が定着した後に訪れるのは、忘却だ。忘れることは無責任ではない。公式において忘却とは、処理が完了し、再参照の必要がなくなった案件を、日常から切り離す行為を指す。記録は残る。だが、人々の会話や判断の前提からは外される。それが、制度が正常に循環している状態だ。

 私は朝の報告を確認しながら、その変化を実感していた。舞踏会の件を話題にする者は、ほとんどいない。話題に上ったとしても、結論はすでに共有されているため、感情的な議論には発展しない。人は、結論が明確な事柄に長く関心を向け続けることはできない。

「関連する案件の照会は、今朝で打ち切りになりました」

 文官の報告に、私は頷いた。

「適切です。公式としての追加説明は不要ですね」

 説明が不要になるということは、理解が浸透したということだ。制度がうまく機能した証拠でもある。

 私は書架から一冊の記録簿を取り出した。過去の案件が並ぶ、無機質な背表紙。その中に、昨夜の舞踏会も加えられることになる。特別な扱いはしない。他と同じ場所に、同じ形式で収める。それが公平だ。

 人は忘却を恐れる。忘れられることを、存在の否定だと感じるからだ。だが、公式は逆だ。忘却は、役割からの解放を意味する。いつまでも語られ続けるのは、未処理の証拠であり、制度の失敗でもある。

 王太子だった者の名は、すでに公式の会話から消えつつある。新しい王太子候補の話題が、自然に置き換わっていく。人々は前を向く。制度が前に進んでいる以上、それが当然の反応だ。

 私は窓の外を見た。庭園では、庭師がいつもどおり手入れをしている。昨夜の出来事とは無関係に、花は咲き、枝は剪定される。世界は、特定の個人の失敗に合わせて止まったりはしない。

 クラス・クラウン男爵令嬢についても、過度に話題にされることはなかった。社交制限という措置は、騒ぎを起こさずに人を表舞台から外すための配置だ。罰ではなく、調整である。彼女が静かに生活する限り、誰も追いかけない。

 私は記録簿を閉じ、棚に戻した。
 これで、この案件は「過去」になった。

 忘却は、冷酷ではない。
 むしろ、制度が人に与える最後の慈悲だ。

 記録は残る。だが、日常からは消える。
 それでいい。

 私は扇子を閉じ、次の案件の資料に手を伸ばした。
 公式は、忘却を許可する。その許可が下りた以上、世界はもう振り返らない。
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