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第十七話 かわいいを、つくるひと
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第十七話 かわいいを、つくるひと
その工房は、王都の端にあった。
大通りから一本外れただけで、音が変わる。
人の足音は遠くなり、代わりに、土と火と水の匂いが、静かに漂っていた。
「ここです」
アンダーソンがそう言って、控えめに扉を叩く。
しばらくして、扉が開いた。
現れたのは、三十代半ばほどの女性だった。
髪は後ろでひとつにまとめられ、
服は実用一点張り。
ところどころに、粘土の跡が残っている。
「はい?」
その声は落ち着いていて、
忙しさよりも、静かな集中を感じさせた。
「お久しぶりです」
アンダーソンが名乗ると、女性は一瞬目を丸くした。
「あら……アンダーソンさん?」
「本日は、こちらの方をご紹介したく」
タナーは、一歩前に出る。
「はじめまして」
「タナー です」
女性は一瞬、困ったように笑った。
「……お嬢さん?」
アンダーソンは軽く咳払いをした。
「こちらは、ファンタジア王国第三王女殿下です」
「……え?」
女性の動きが止まる。
「……え?」
もう一度、同じ声。
慌てて頭を下げようとした、その動きを、
タナーがそっと止めた。
「だいじょうぶ です」
「?」
「きょうは」
「おしごとの おはなし を」
「しに きました」
女性は少し戸惑いながらも、
ゆっくりとうなずいた。
「……どうぞ」
工房の中は、驚くほど静かだった。
棚には、さまざまな器が並んでいる。
色も形も違うのに、不思議と落ち着いて見える。
タナーは、自然と一つの棚の前で立ち止まった。
「……」
そこに置かれていたのは、
装飾の少ない、素朴なティーカップ。
そっと、触れる。
「……」
指先に、すっと馴染む。
冷たいはずの陶器なのに、
どこか柔らかい。
(こわくない)
両手で包むと、
思わず息が整った。
「それは……」
女性が少し照れたように言う。
「私の、いちばん好きな形です」
「……すき」
タナーは顔を上げた。
「はい」
女性はうなずく。
「売れ筋ではありません」
「どうして ですか」
「地味だから、ですね」
その言葉に、
タナーは少しだけ眉を寄せた。
「……」
「でも」
女性は続ける。
「手が疲れにくいんです」
タナーの目が、わずかに輝いた。
「……」
「縁を丸くして」
「厚みを残して」
「割れにくくしています」
タナーは何も言わず、
もう一度、カップを撫でた。
(こわれにくい)
(つかいやすい)
(こわくない)
帳面に書いた言葉が、
ぴたりと重なる。
「……」
タナーは、ゆっくり口を開いた。
「この かっぷ」
「はい」
「かわいい です」
女性は、目を瞬かせた。
「……本当ですか?」
「はい」
「でも……」
「きらきら してない です」
「はい」
「でも」
タナーは、はっきり言った。
「まいにち つかいたい です」
一瞬、
工房の空気が止まった。
女性はしばらく黙り、
それから静かに息を吐いた。
「……そんなふうに言われたの、初めてです」
タナーは首をかしげる。
「……そう ですか?」
「ええ」
女性は小さく笑う。
「みなさん、“映えるか”を聞きますから」
「……」
「でも私は」
女性はカップを見つめた。
「暮らしに残るものを作りたいんです」
タナーは、その言葉を大切そうに受け取った。
やがて、アンダーソンが口を開く。
「姫様は、この工房の器を」
「お店に置きたいと考えておられます」
女性は少し緊張した表情で尋ねた。
「……本当に、よろしいのですか」
「はい」
タナーは迷いなくうなずいた。
「でも」
タナーは続ける。
「おねがい が あります」
「……はい?」
「この かたち」
カップを指す。
「かえないで ください」
女性は、目を見開いた。
「……それで、よろしいのですか」
「はい」
「売れなくても?」
タナーは少し考えた。
「……すこし ずつで いいです」
「……」
「ながく そばに ある ほうが」
「だいじ です」
その言葉に、
女性の目が潤んだ。
「……分かりました」
深く頭を下げる。
「精一杯、作らせていただきます」
帰りの馬車。
夕暮れの光が、車内を満たしていた。
アンダーソンは、静かに目を閉じている。
(良い出会いだった)
価値観の合う作る人。
無理のない契約。
長く続く仕事。
――それだけで、十分だと思っていた。
タナーは、膝の上の包みを見つめる。
工房で分けてもらった、
試作品のティーカップ。
まだ、ただの――
かわいいティーカップ。
「……」
タナーは、小さく呟いた。
「……あと すこし」
指先が、そっと縁に触れる。
外から見れば、何も起きない。
だが、アンダーソンは、まだ知らない。
この小さな第三王女が、
付与系魔法を使えることを。
呪文も、派手な光も必要としない、
意味を重ねる魔法。
(こわれない ように)
(あつく ても)
(さめない ように)
それは、まだ形にならない願い。
けれど――
その願いが重なったとき、
このカップは、
かわいいティーカップから、
かわいい魔法のティーカップへと変わる。
その瞬間を、
アンダーソンは、まだ知らない。
――誰も、まだ知らない。
それが、この小さな店の、
最初の「魔法」になることを。
その工房は、王都の端にあった。
大通りから一本外れただけで、音が変わる。
人の足音は遠くなり、代わりに、土と火と水の匂いが、静かに漂っていた。
「ここです」
アンダーソンがそう言って、控えめに扉を叩く。
しばらくして、扉が開いた。
現れたのは、三十代半ばほどの女性だった。
髪は後ろでひとつにまとめられ、
服は実用一点張り。
ところどころに、粘土の跡が残っている。
「はい?」
その声は落ち着いていて、
忙しさよりも、静かな集中を感じさせた。
「お久しぶりです」
アンダーソンが名乗ると、女性は一瞬目を丸くした。
「あら……アンダーソンさん?」
「本日は、こちらの方をご紹介したく」
タナーは、一歩前に出る。
「はじめまして」
「タナー です」
女性は一瞬、困ったように笑った。
「……お嬢さん?」
アンダーソンは軽く咳払いをした。
「こちらは、ファンタジア王国第三王女殿下です」
「……え?」
女性の動きが止まる。
「……え?」
もう一度、同じ声。
慌てて頭を下げようとした、その動きを、
タナーがそっと止めた。
「だいじょうぶ です」
「?」
「きょうは」
「おしごとの おはなし を」
「しに きました」
女性は少し戸惑いながらも、
ゆっくりとうなずいた。
「……どうぞ」
工房の中は、驚くほど静かだった。
棚には、さまざまな器が並んでいる。
色も形も違うのに、不思議と落ち着いて見える。
タナーは、自然と一つの棚の前で立ち止まった。
「……」
そこに置かれていたのは、
装飾の少ない、素朴なティーカップ。
そっと、触れる。
「……」
指先に、すっと馴染む。
冷たいはずの陶器なのに、
どこか柔らかい。
(こわくない)
両手で包むと、
思わず息が整った。
「それは……」
女性が少し照れたように言う。
「私の、いちばん好きな形です」
「……すき」
タナーは顔を上げた。
「はい」
女性はうなずく。
「売れ筋ではありません」
「どうして ですか」
「地味だから、ですね」
その言葉に、
タナーは少しだけ眉を寄せた。
「……」
「でも」
女性は続ける。
「手が疲れにくいんです」
タナーの目が、わずかに輝いた。
「……」
「縁を丸くして」
「厚みを残して」
「割れにくくしています」
タナーは何も言わず、
もう一度、カップを撫でた。
(こわれにくい)
(つかいやすい)
(こわくない)
帳面に書いた言葉が、
ぴたりと重なる。
「……」
タナーは、ゆっくり口を開いた。
「この かっぷ」
「はい」
「かわいい です」
女性は、目を瞬かせた。
「……本当ですか?」
「はい」
「でも……」
「きらきら してない です」
「はい」
「でも」
タナーは、はっきり言った。
「まいにち つかいたい です」
一瞬、
工房の空気が止まった。
女性はしばらく黙り、
それから静かに息を吐いた。
「……そんなふうに言われたの、初めてです」
タナーは首をかしげる。
「……そう ですか?」
「ええ」
女性は小さく笑う。
「みなさん、“映えるか”を聞きますから」
「……」
「でも私は」
女性はカップを見つめた。
「暮らしに残るものを作りたいんです」
タナーは、その言葉を大切そうに受け取った。
やがて、アンダーソンが口を開く。
「姫様は、この工房の器を」
「お店に置きたいと考えておられます」
女性は少し緊張した表情で尋ねた。
「……本当に、よろしいのですか」
「はい」
タナーは迷いなくうなずいた。
「でも」
タナーは続ける。
「おねがい が あります」
「……はい?」
「この かたち」
カップを指す。
「かえないで ください」
女性は、目を見開いた。
「……それで、よろしいのですか」
「はい」
「売れなくても?」
タナーは少し考えた。
「……すこし ずつで いいです」
「……」
「ながく そばに ある ほうが」
「だいじ です」
その言葉に、
女性の目が潤んだ。
「……分かりました」
深く頭を下げる。
「精一杯、作らせていただきます」
帰りの馬車。
夕暮れの光が、車内を満たしていた。
アンダーソンは、静かに目を閉じている。
(良い出会いだった)
価値観の合う作る人。
無理のない契約。
長く続く仕事。
――それだけで、十分だと思っていた。
タナーは、膝の上の包みを見つめる。
工房で分けてもらった、
試作品のティーカップ。
まだ、ただの――
かわいいティーカップ。
「……」
タナーは、小さく呟いた。
「……あと すこし」
指先が、そっと縁に触れる。
外から見れば、何も起きない。
だが、アンダーソンは、まだ知らない。
この小さな第三王女が、
付与系魔法を使えることを。
呪文も、派手な光も必要としない、
意味を重ねる魔法。
(こわれない ように)
(あつく ても)
(さめない ように)
それは、まだ形にならない願い。
けれど――
その願いが重なったとき、
このカップは、
かわいいティーカップから、
かわいい魔法のティーカップへと変わる。
その瞬間を、
アンダーソンは、まだ知らない。
――誰も、まだ知らない。
それが、この小さな店の、
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