婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

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第十八話 かわいい=ていねいな しごと

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第十八話 かわいい=ていねいな しごと

 

 工房から戻って、三日が過ぎた。

 タナーは、自室の机で帳面を開き、
何度も同じページを見返していた。

 

 あのカップ。
 あの手触り。
 あの人の言葉。

 

(くらしに のこる もの)

 

 それは、
ただ長持ちする、という意味ではない。

 

(まいにち つかって)

(きづいたら そばに ある)

 

 そんなもの。

 

 扉が、静かにノックされた。

 

「姫様」

 

 アンダーソンだった。

 

「先日の工房の件ですが」

 

「はい」

 

「先方から、追加の見本が届いております」

 

 その言葉に、
タナーはぱっと顔を上げた。

 

「……ほんとう ですか」

 

「ええ」

 

 応接用の小部屋に移ると、
机の上に布で包まれた小箱が置かれていた。

 

 タナーは、
そっと布を外す。

 

「……」

 

 中には、
三つのティーカップが並んでいた。

 

 形は同じ。
 大きさも同じ。

 

 けれど――
 どれも、少しずつ違う。

 

「こちらは」

 アンダーソンが説明する。

「厚みを微調整したものだそうです」

 

 タナーは、一つ目を手に取る。

 

 少し、軽い。

 

 二つ目。
 指に、ほどよい重み。

 

 三つ目。
 ほんのわずかに、厚い。

 

「……」

 

 タナーは、
順番に、両手で包み込んだ。

 

(どれも かわいい)

 

 でも。

 

(ちがう)

 

 しばらく黙ったまま、
三つ目のカップを、もう一度持つ。

 

「……これ」

 

「ほう」

 

「これが いいです」

 

 アンダーソンは、少し驚いた。

 

「理由を、お聞かせ願えますか」

 

 タナーは、考えながら答えた。

 

「……あつい おちゃ いれても」

「びっくり しない です」

 

 確かに、
わずかな厚みが、
熱をやさしく遮る。

 

「それに」

 

 タナーは、
縁に触れた。

 

「くち つけた とき」

「こわく ないです」

 

 アンダーソンは、
静かにうなずいた。

 

「なるほど」

 

 その日の午後、
再び工房を訪れた。

 

 女性の陶芸職人は、
作業台の前で、土をこねていた。

 

「あ……」

 

 タナーに気づくと、
手を止める。

 

「もう一度、お話しできて嬉しいです」

 

「こちらこそ」

 

 タナーは、
三つのカップを並べた。

 

「……この なかで」

「これが すき です」

 

 女性は、
じっと見比べる。

 

「理由は……」

 

「……あつく ても」

「こわく ない から」

 

 一瞬、
女性は言葉を失った。

 

「……それを、選ばれるとは」

 

「?」

 

「多くの人は」

 女性は、少し苦笑する。

「軽さや、薄さを好みます」

 

「……」

 

「でも」

 女性は続けた。

「それは、扱いに慣れた大人の基準です」

 

 タナーは、
じっと聞いている。

 

「小さな手や」

「慣れていない人には」

「怖いことも、ある」

 

 女性は、
三つ目のカップを手に取った。

 

「これは」

 

「使う人を、待つ形ですね」

 

 その言葉に、
タナーは小さく笑った。

 

「……はい」

 

「すぐ じゃなくて」

「ゆっくり です」

 

 女性は、
しばらく黙ってから、
深くうなずいた。

 

「分かりました」

 

「この厚みを、基本にします」

 

「……」

 

「手間は増えますが」

 女性は、静かに言う。

「それでいいなら」

 

 タナーは、
迷いなく答えた。

 

「それが いいです」

 

 工房を出るとき、
アンダーソンがぽつりと呟いた。

 

「姫様」

 

「はい」

 

「“かわいい”とは」

「見た目の話だと思われがちです」

 

「……」

 

「ですが」

 アンダーソンは続けた。

「姫様のかわいいは、
 仕事そのものですね」

 

 タナーは、
少し考えてから言った。

 

「……」

 

「ていねいに する こと」

 

「?」

 

「それが」

「かわいい です」

 

 その夜。

 

 タナーは、
帳面に新しい一行を書き足した。

 

「かわいい =
 ていねいに つくる」

 

 その言葉は、
やがて――

 

 魔法を付与するときも、
 くまを作るときも、
 時計に命を宿すときも、

 

 すべての基準になる。

 

 派手さより、
 速さより、
 効率より。

 

 ていねいな仕事。

 

 それが、
 この店の「かわいい」だった。

 

 タナーは、
ぬいぐるみを抱きしめ、
静かに目を閉じた。

 

(……だいじょうぶ)

 

 そう思えた夜だった。
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