婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

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第二十四話 “器”は、もうできている

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第二十四話 “器”は、もうできている

 

 翌朝。

 

 タナーは、
いつもより少し早く目を覚ました。

 

 理由は、
はっきりしている。

 

 ――昨日のクマ。

 

 売り物でも、
試作品でもなく、
まだ“ただのぬいぐるみ”。

 

 それなのに、
タナーの中では、
もうひとつの位置づけが
静かに生まれていた。

 

 

 朝の身支度を終えると、
タナーは、
自室のテーブルに
クマを座らせた。

 

 背中に、
クッションを置いて。

 

「……」

 

 クマは、
何も言わない。

 

 当然だ。

 

 

 タナーは、
少しだけ首を傾げる。

 

「……」

 

「たって も いい です」

 

 もちろん、
立たない。

 

 

 それでも、
タナーは
落ち着いていた。

 

 期待していない。

 

 急がせない。

 

 

 それが、
このクマに対する
正しい距離感だと
感じていた。

 

 

 タナーは、
椅子に座り、
帳面を開く。

 

 そこには、
お店の計画が
少しずつ書き足されている。

 

 

 ・かわいい
 ・こわれにくい
 ・つかいやすい
 ・そばにいる

 

 

 その下に、
小さく、
新しい言葉を書き足した。

 

 

 ――うけとめる

 

 

「……」

 

 タナーは、
クマを見る。

 

 

 このクマは、
何も判断しない。

 

 正しいとも、
間違いとも言わない。

 

 でも――
 抱きしめれば、
 受け止める。

 

 それだけ。

 

 

「……」

 

 タナーは、
そっと立ち上がり、
クマを抱き上げた。

 

 重さを確かめる。

 

 軽すぎない。

 

 でも、
重すぎもしない。

 

 

 内職のおばさん職人の言葉を、
思い出す。

 

 

『この子はねぇ
 ぎゅっとされる前提で
 作ってあるんだよ』

 

 

「……」

 

 タナーは、
クマを胸に抱いた。

 

 昨日と同じ。

 

 でも、
今日は少し違う。

 

 

 ――考えている。

 

 

 このクマは、
誰かのそばに行く。

 

 その人は、
子どもかもしれない。

 

 大人かもしれない。

 

 泣いているかもしれないし、
 ただ静かに
 夜を過ごしたいだけかもしれない。

 

 

 その時、
このクマは、
何もしない。

 

 話さない。

 

 慰めない。

 

 

 でも――
 逃げない。

 

 

 タナーは、
小さく頷いた。

 

「……これ で いい」

 

 

 その時、
部屋の扉が
静かに開いた。

 

「姫様」

 

 侍女が、
朝のお茶を運んでくる。

 

 テーブルに置かれた
 カップから、
 湯気が立つ。

 

 

「……」

 

 タナーは、
一瞬、
その様子を見てから、
クマに視線を戻した。

 

 

 もし。

 

 もし、このクマが
 お茶を運べたら。

 

 もし、このクマが
 カップを落とさず、
 片付けまでできたら。

 

 

 でも――
 今は、まだ。

 

 

 タナーは、
その考えを
帳面の隅に
小さく書いた。

 

 

 ・いつか
 ・いそがない
 ・こわれないように

 

 

 侍女が、
少し不思議そうに
尋ねる。

 

「姫様、そのクマさん……
 お店の品ですか?」

 

 

 タナーは、
少し考えてから
答えた。

 

 

「……はい」

 

「でも」

 

「まだ です」

 

 

 侍女は、
それ以上、
聞かなかった。

 

 

 部屋に、
静けさが戻る。

 

 

 タナーは、
クマをテーブルの椅子に戻し、
真正面から見た。

 

 

 ――このクマは、
 まだ動かない。

 

 ――でも、
 もう“器”としては
 十分だ。

 

 

 命令を入れる場所。

 

 意味を重ねる余地。

 

 役目を与えても、
 壊れない形。

 

 

 タナーは、
小さく息を整える。

 

「……」

 

「いま は」

 

「まだ ねて て ください」

 

 

 クマは、
何も答えない。

 

 

 でも、
その姿を見て、
タナーは
安心していた。

 

 

 器は、もうできている。

 

 あとは――
 必要になった時に、
 必要な分だけ、
 そっと魔法を重ねるだけ。

 

 

 このクマが、
 後に“店員”と呼ばれるようになるのは、
 もう少し先の話。

 

 

 今はただ、
 静かにそこにいる。

 

 それで、
 充分だった。
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