婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

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第二十三話 ぬいぐるみは、そばにいるもの

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第二十三話 ぬいぐるみは、そばにいるもの

 

 ぬいぐるみは、
話さない。

 

 動かない。

 

 意見も言わないし、
命令にも従わない。

 

 それでも――
 そばにいる。

 

 それが、
ぬいぐるみだと
タナーは思っていた。

 

 

 内職のおばさん職人の工房を出てから、
タナーは、
王宮へ戻る馬車の中でも
クマを抱いていた。

 

 膝の上。
 両腕で囲むように。

 

 侍女が、
ちらりと視線を向ける。

 

「……姫様?」

 

「はい」

 

「そのクマさん、とても大切そうですね」

 

「……はい」

 

 それ以上、
何も言われなかった。

 

 侍女は、
余計なことを言わない人だった。

 

 それもまた、
“そばにいる”
という形のひとつだ。

 

 

 自室に戻ると、
タナーは、
ベッドの上に
クマをそっと置いた。

 

 窓からは、
午後の光。

 

 王宮の庭の向こうで、
人の声がする。

 

 賑やかで、
安全で、
守られている場所。

 

 でも――

 

「……」

 

 タナーは、
クマの横に座り、
小さく話しかけた。

 

「ここ は ね」

 

「ひとり じゃ ない です」

 

 返事はない。

 

 でも、
いないわけでもない。

 

「……」

 

 タナーは、
そっとクマの手を握った。

 

 縫い目の感触。

 

 少し固くて、
少しあたたかい。

 

「……」

 

 思い出す。

 

 婚約破棄の日。

 

 泣かなかった。

 

 怒らなかった。

 

 ただ、
淡々と受け取った。

 

 それを、
大人たちは
「立派だ」と言った。

 

 でも――
 その夜。

 

 誰もいない部屋で、
タナーは、
ぬいぐるみを抱いていた。

 

 言葉はなくても、
ぬいぐるみは
逃げなかった。

 

 慰めもしない。

 

 正解も言わない。

 

 ただ、
そこにある。

 

「……」

 

 タナーは、
小さく息を吐いた。

 

「ぬいぐるみ は」

 

「なに も しません」

 

「でも」

 

「いなく なりません」

 

 

 ふと、
タナーは思う。

 

 人は、
いなくなる。

 

 立場で変わる。
 役目で変わる。
 事情で離れる。

 

 それは、
悪いことではない。

 

 でも――
 子どもには、
少し難しい。

 

 

 タナーは、
クマを胸に引き寄せる。

 

「……」

 

「そば に いる って」

 

「すごい こと です」

 

 

 その時、
扉が軽くノックされた。

 

「姫様」

 

「はい」

 

 入ってきたのは、
いつもの侍女。

 

「お茶のお時間ですが……」

 

「……あと すこし」

 

 侍女は、
クマを見て、
少しだけ微笑んだ。

 

「かしこまりました」

 

 扉が閉まる。

 

 

 タナーは、
クマの耳に
小さく囁いた。

 

「……あなた は」

 

「これから も」

 

「そば に います か」

 

 返事はない。

 

 でも、
不安もない。

 

 

 タナーは、
そのクマを
“売るもの”
として見ていなかった。

 

 でも、
“誰かのそばに行くもの”
だとは思っている。

 

 

 それは、
人の代わりではない。

 

 寂しさを消す道具でもない。

 

 

 そばにいる。
 ただ、それだけ。

 

 

「……」

 

 タナーは、
決めた。

 

 お店に並ぶぬいぐるみは、
どれも、
そういう存在にする。

 

 豪華でなくていい。

 

 派手でなくていい。

 

 名前を覚えられなくてもいい。

 

 

 でも――
 そばにいる。

 

 

 タナーは、
クマをベッドの端に置き、
自分も横になった。

 

 窓の外では、
王宮の鐘が鳴る。

 

 遠くて、
大きな音。

 

 でも、
腕の中のクマは、
静かだ。

 

 

 ぬいぐるみは、そばにいるもの。

 

 その考えは、
この先、
タナーの店の
すべての基準になる。

 

 そして――
 後に、
 命令だけを聞く
 “くまの店員”が生まれた時。

 

 この話は、
 誰にも見えないところで、
 確かに生き続けている。
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