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第三十八話 ましゅまろ の できごと
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第三十八話 ましゅまろ の できごと
その知らせは、前日よりも、さらに静かに届いた。
朝食の席。
紅茶はまだ温かく、パンも焼きたてだった。
王宮の空気は、落ち着いている――ように見えた。
「……第二王子殿下が、お亡くなりになりました」
告げた侍従の声は、低く、必要以上の感情を含まない。
タナーは、スプーンを止めた。
「……どう して」
「朝のおやつの時間に……」
侍従は、一瞬だけ言葉を選ぶ。
「……マシュマロを、喉に詰まらせたとのことです」
沈黙。
誰かが、咳払いをした。
別の誰かが、視線を逸らす。
「……それ は」
「医師の確認も済んでおります。
事故です」
事故死。
はっきりと、そう扱われていた。
タナーは、少し考えた。
ふわふわで、甘くて。
噛まなくても溶けそうなお菓子。
「……やわらか い の に」
小さく、そう呟く。
侍従は、聞こえなかったふりをした。
王宮は、再びざわついた。
「まさか、立て続けに……」
「偶然、でしょう」
「陰謀では?」
「いや、さすがに……」
囁きは、昨日よりも多かった。
けれど、どれも決定的なものではない。
証拠はない。
動機も、ない。
ただ――
不運が、重なっただけ。
タナーは、廊下を歩きながら思った。
「……ふわふわ は
あんぜん だと
おもって ました」
誰に言うでもなく。
自室に戻ると、窓辺に小さな箱が置かれていた。
昨日、誰かが気を利かせて置いたのだろう。
中には、マシュマロが入っている。
白くて、丸くて、無害そう。
タナーは、蓋を閉めた。
「……たべもの は
こわい です」
その日、城内では、何度も確認が行われた。
食事の仕方。
喉に詰まらせない工夫。
見守りの強化。
けれど、誰もが分かっていた。
それは、もう起きてしまったことへの後付けだ。
夕方。
アンダーソンが、王宮に呼ばれていた。
偶然、廊下でタナーとすれ違う。
「……姫様」
「アンダーソン さん」
彼は、困ったような顔で、声を落とした。
「……さすがに、立て続けすぎますな」
「……はい」
「ですが……調べても、何も出ません」
タナーは、ゆっくり頷いた。
「なにも
して ません から」
アンダーソンは、その言葉に、はっとした。
「……ええ。
誰も、していない」
だからこそ、厄介だった。
夜。
タナーは、自室の椅子に座っていた。
膝の上には、いつものぬいぐるみ。
今日も、何も言わない。
「……びっくり も
だめ で」
「……ふわふわ も
だめ で」
小さく、ため息。
「……ひと は
むずかしい です」
窓の外では、風が木を揺らしている。
猫の鳴き声が、遠くで聞こえた。
それは、いつもと同じ音。
ただの、日常。
なのに。
王宮の中だけが、少しずつ形を変え始めていた。
その中心に、自分が近づいていることを――
タナーは、まだはっきりとは理解していなかった。
ただ、ひとつだけ。
「……あした は
てんちょう と して
いきたい です」
王女としてではなく。
お店の人として。
その願いだけが、
静かに、はっきりと、そこにあった。
---
その知らせは、前日よりも、さらに静かに届いた。
朝食の席。
紅茶はまだ温かく、パンも焼きたてだった。
王宮の空気は、落ち着いている――ように見えた。
「……第二王子殿下が、お亡くなりになりました」
告げた侍従の声は、低く、必要以上の感情を含まない。
タナーは、スプーンを止めた。
「……どう して」
「朝のおやつの時間に……」
侍従は、一瞬だけ言葉を選ぶ。
「……マシュマロを、喉に詰まらせたとのことです」
沈黙。
誰かが、咳払いをした。
別の誰かが、視線を逸らす。
「……それ は」
「医師の確認も済んでおります。
事故です」
事故死。
はっきりと、そう扱われていた。
タナーは、少し考えた。
ふわふわで、甘くて。
噛まなくても溶けそうなお菓子。
「……やわらか い の に」
小さく、そう呟く。
侍従は、聞こえなかったふりをした。
王宮は、再びざわついた。
「まさか、立て続けに……」
「偶然、でしょう」
「陰謀では?」
「いや、さすがに……」
囁きは、昨日よりも多かった。
けれど、どれも決定的なものではない。
証拠はない。
動機も、ない。
ただ――
不運が、重なっただけ。
タナーは、廊下を歩きながら思った。
「……ふわふわ は
あんぜん だと
おもって ました」
誰に言うでもなく。
自室に戻ると、窓辺に小さな箱が置かれていた。
昨日、誰かが気を利かせて置いたのだろう。
中には、マシュマロが入っている。
白くて、丸くて、無害そう。
タナーは、蓋を閉めた。
「……たべもの は
こわい です」
その日、城内では、何度も確認が行われた。
食事の仕方。
喉に詰まらせない工夫。
見守りの強化。
けれど、誰もが分かっていた。
それは、もう起きてしまったことへの後付けだ。
夕方。
アンダーソンが、王宮に呼ばれていた。
偶然、廊下でタナーとすれ違う。
「……姫様」
「アンダーソン さん」
彼は、困ったような顔で、声を落とした。
「……さすがに、立て続けすぎますな」
「……はい」
「ですが……調べても、何も出ません」
タナーは、ゆっくり頷いた。
「なにも
して ません から」
アンダーソンは、その言葉に、はっとした。
「……ええ。
誰も、していない」
だからこそ、厄介だった。
夜。
タナーは、自室の椅子に座っていた。
膝の上には、いつものぬいぐるみ。
今日も、何も言わない。
「……びっくり も
だめ で」
「……ふわふわ も
だめ で」
小さく、ため息。
「……ひと は
むずかしい です」
窓の外では、風が木を揺らしている。
猫の鳴き声が、遠くで聞こえた。
それは、いつもと同じ音。
ただの、日常。
なのに。
王宮の中だけが、少しずつ形を変え始めていた。
その中心に、自分が近づいていることを――
タナーは、まだはっきりとは理解していなかった。
ただ、ひとつだけ。
「……あした は
てんちょう と して
いきたい です」
王女としてではなく。
お店の人として。
その願いだけが、
静かに、はっきりと、そこにあった。
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