婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

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第9話 沈黙の保護

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第9話 沈黙の保護

 与えられた客室は、思っていたよりも質素だった。

 貴族用の迎賓室のような華美さはなく、必要最低限の家具と、清潔に整えられた寝台、机、椅子があるだけだ。だが、窓には鉄格子ではなく厚い木枠が使われ、扉の造りも頑丈だ。閉じ込めるための部屋ではない。外からの侵入を防ぐための部屋だと、一目で分かった。

 フォールス・アキュゼーションは、扉が閉まる音を背に聞きながら、ゆっくりと室内を見回した。

 鍵のかかる音はしない。
 だが、自由に出歩ける雰囲気でもない。

 廊下の向こうには、確実に人の気配がある。護衛だろう。ここにいる限り、誰かの視線から完全に外れることはない。

 それでも――
 馬車の中や森の小屋よりは、はるかに安全だった。

 フォールスは、外套を脱ぎ、椅子の背に掛けた。革袋を机の上に置き、そっと口を緩める。

 中身は、無事だ。

 書類の写し。
 自分が確認し、記憶と照合した証拠。

 これがなければ、彼女はただの「追放された令嬢」に過ぎない。だが、これがある限り、彼女は“事実を知る者”だ。

 椅子に腰を下ろした瞬間、身体の力が抜けた。

 緊張が、遅れてやってきたのだ。

 フォールスは、額に手を当て、小さく息を吐いた。

 王弟エクイティ・フェアネス・ロイヤル・ロード。
 穏やかな笑みと、計算された言葉。
 そして、「体で払ってもらう」という、曖昧な条件。

 あれは、恐怖を与えるための言い回しだと理解している。
 だが、理解と安心は別だ。

 扉の向こうで、足音が止まった。

 控えめなノック。

「失礼します」

 女性の声だった。

 扉が開き、年若い侍女が顔を出す。セルディア王国側の人間だろう。服装が、アウレリウム王国の様式と微妙に違う。

「お食事をお持ちしました」

 彼女は、視線を伏せたまま、慎重に盆を運び込んだ。

 簡素な食事だが、温かい。長い一日の後には、それだけで十分だった。

「ありがとうございます」

 フォールスが礼を言うと、侍女は一瞬だけ顔を上げ、柔らかく微笑んだ。

「何かございましたら、お呼びください」

 そう言って、静かに去っていく。

 食事を終え、フォールスは再び椅子に腰を下ろした。

 外はすでに暗い。窓の外に見えるのは、灯りの少ない中庭と、遠くの街の明かりだけだ。

 ――私は、保護されている。

 それは確かだ。

 だが、同時に――
 私は、利用される立場でもある。

 王弟が求めているのは、哀れな被害者ではない。
 生きた証拠。
 語れる証言。

 そして、黙って消えるのではなく、
 必要な時に“表に出てくる存在”。

 扉の外から、低い声が聞こえた。

「異常なし」

 聞き覚えのある声。
 あの同行者だ。

 フォールスは、胸の奥で、わずかに息を緩めた。

 彼がいる限り、少なくとも今夜、命を奪われることはない。

 だが、彼の存在は同時に、逃げ場がないことの証明でもあった。

 寝台に横になり、天井を見つめる。

 王都を出てから、まだ二日も経っていない。
 だが、遠い過去のように感じられる。

 婚約者だった日々。
 執務机に向かい、書類を整えていた時間。

 それらは、もう戻らない。

 ――私は、何を支払うことになるのだろう。

 体で払う。
 その言葉の真意を、まだ知らない。

 だが、はっきりしていることが一つある。

 生き残った以上、
 ただ守られて終わる気はない。

 フォールス・アキュゼーションは、暗闇の中で目を閉じた。

 沈黙の保護の中で、
 次に自分が“使われる”時を、
 静かに待ちながら。
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