婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

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第19話 崩れる前提

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第19話 崩れる前提

 法廷は、重苦しい沈黙に包まれていた。

 キラの証言が終わってから、誰もが次に何が起きるのかを理解している。それでも、言葉にする者はいなかった。証言は揃った。構造は露わになった。だが、肝心の人物は、まだ何も語っていない。

 王太子フレイム・ファブリケイト・ロイヤル・ロード。

 彼は、裁判席の一段高い位置に座っていた。姿勢は崩れていない。表情も平静を保っている。だが、その沈黙は、もはや余裕ではなかった。

 裁判長が、ゆっくりと口を開く。

「これまでの証言により、帳簿偽造、責任転嫁、追放の不当性、さらに証人抹殺を目的とした暗殺依頼の存在が示されました」

 言葉は、淡々としていた。

「王太子フレイム・ファブリケイト・ロイヤル・ロード。これらについて、弁明はありますか」

 視線が、一斉に集まる。

 フレイムは、わずかに顎を上げた。

「……ある」

 その声は、落ち着いていた。

「まず、帳簿偽造についてだが、私はそのような指示を出していない」

 予想通りの否定だった。

「決裁書の不備は、実務者の判断ミスだ。フォールス・アキュゼーション自身が認めている通り、口頭指示に過ぎない」

 法廷が、ざわつく。

「口頭指示は、記録に残らない。ゆえに、誤解も生じうる」

 フレイムは、冷静に続けた。

「暗殺についても同様だ。私が直接命じたという証拠はない。暗殺者本人の証言だけでは、信用に足らない」

 キラの存在を、切り捨てにかかっている。

 裁判長は、すぐには反論しなかった。

「あなたは、すべてを“他者の判断”に帰すのですね」

「当然だ」

 フレイムは、視線を逸らさない。

「王太子である私が、些末な実務や裏の処理に関与する必要はない」

 その言葉に、微かな違和感が走る。

 裁判長は、その違和感を逃さなかった。

「では、確認します」

 声が、わずかに鋭くなる。

「あなたは、フォールス・アキュゼーションに対し、“これ以上問題を広げるなら家ごと処分する”と発言しましたか」

 フレイムは、一瞬だけ言葉に詰まった。

 ほんの一瞬だが、確かに間があった。

「……忠告の一環だ」

「忠告、ですか」

「政務の混乱を避けるための、助言に過ぎない」

 その言い換えは、無理があった。

 裁判長は、視線を記録官に向ける。

「ここで、一点確認したい」

 そう前置きして、続けた。

「フォールス・アキュゼーションが提出した控え文書についてです」

 法廷が、再び静まる。

「専門官の鑑定結果では、原本写しは提出当時の状態と一致しています」

 フレイムの眉が、わずかに動く。

「つまり、改変が行われたのは、その後だ」

 裁判長は、言葉を区切る。

「改変可能な立場にあった者は、限られています」

 視線が、フレイムに戻る。

「王太子殿下、あなたは、最終決裁者でしたね」

 沈黙。

 フレイムは、初めて視線を逸らした。

 その瞬間、法廷の空気が変わる。

「……私は」

 言葉を選ぼうとする声だった。

「王国のために判断した」

 その言葉は、もはや防御になっていない。

「王国のために、誰かを切り捨てる判断をした、と?」

 裁判長の問いは、静かだが鋭い。

「必要な犠牲だった」

 フレイムは、そう言った。

 それが、決定打だった。

 法廷が、ざわめきに包まれる。

 誰もが理解した。
 これは否定ではない。
 正当化だ。

 裁判長は、ゆっくりと木槌を手に取った。

「……あなたの弁明は、記録しました」

 そして、はっきりと言い切る。

「しかし、それは罪を否定するものではありません」

 フレイムの顔色が、初めて変わった。

「本裁判は、引き続き審理を行います。次は――」

 裁判長は、一度だけ言葉を区切る。

「動機と利益について、審理します」

 その宣告は、重かった。

 控室で待つフォールス・アキュゼーションは、その知らせを聞き、静かに目を閉じた。

 前提が、崩れた。

 これまで、王太子は“裁く側”だった。
 だが今、その立場は失われつつある。

 罪を他者に押し付けることで成立していた秩序が、
 自らの言葉によって崩れ始めた。

 因果は、巡る。

 命じた者が、
 責任から逃げた者が、
 今度は裁かれる番だ。

 フォールス・アキュゼーションは、静かに息を吐いた。

 これは、終わりではない。

 だが、
 逃げ道は、もう存在しない。

 その事実だけは、
 誰の目にも明らかになっていた。
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