婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

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第25話 選ばないという選択

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第25話 選ばないという選択

 部屋に戻ったフォールス・アキュゼーションは、三通の書簡を机の上に並べた。

 左から、王都復帰。
 中央に、国外移住。
 右に、王弟直属。

 順番に意味はない。ただ、自然とそう並んだ。

 椅子に腰を下ろし、しばらく眺める。触れない。開かない。紙の厚みと封蝋の形だけを目で追う。

 ――三日。

 期限はある。だが、急かされてはいない。エクイティの言葉通り、この選択だけは自分のものだ。

 王都復帰を想像する。

 名が戻り、肩書が戻り、視線が集まる。正しさを証明した者として、敬意と警戒が混じった扱いを受けるだろう。監査部門。合理的で、必要な仕事だ。だが、そこに立つ自分の姿は、ひどくはっきりしている。

 また、構造の内側に入る。

 必要だと分かっていても、心が静かに拒んでいた。

 次に、国外移住。

 誰も自分を知らない場所。名を伏せ、過去を語らず、生活を築く。穏やかで、平凡で、きっと楽だ。だが、その平凡さは、逃避に似ている気がした。

 真実を語った者として、生きることを放棄する選択。

 悪くはない。
 ただ、今の自分には、少しだけ早い。

 最後に、王弟直属。

 名は出ない。称号もない。だが、必要な時にだけ、呼ばれる。正面ではなく、裏から関わる。裁判で見た構造を、少しずつ修正する役割。

 自由は制限される。だが、嘘はつかせない、と言われた。

 その言葉が、頭から離れなかった。

 フォールスは、ふっと息を吐いた。

「……どれも、違う」

 小さく、そう呟く。

 正確には、どれも正しい。だが、今の自分にぴったり当てはまるものがない。

 立ち上がり、窓を開ける。冷たい風が流れ込み、紙がわずかに揺れた。

 その揺れを見て、ふと思う。

 選ばなければならない、と誰が決めたのだろう。

 三つの選択肢は、確かに提示された。だが、その中から今すぐ一つを選ぶことが、本当に最善なのか。

 選択肢は、固定されているようで、固定ではない。

 机に戻り、三通の書簡を重ねる。そして、その上に、何も書かれていない紙を一枚置いた。

 空白。

 今の自分に、最も近い。

 ノックの音がした。

「入ってください」

 扉を開けたのは、ディヴァイン・プロテクションだった。

「考えはまとまったか」

「……いいえ」

 フォールスは、正直に答えた。

「ですが、一つだけ、はっきりしました」

「何だ」

「今は、どれも選びたくありません」

 ディヴァインは、驚いた様子を見せなかった。

「理由は」

「選ぶ準備が、整っていないからです」

 彼は、腕を組む。

「殿下は、三日と言った」

「ええ」

「拒否も選択だと、理解している」

 フォールスは、少しだけ安心した。

「ただ」

 ディヴァインが続ける。

「それを選ぶなら、代案が要る」

「承知しています」

 フォールスは、机の上の白紙に視線を落とした。

「短期間で構いません」

「どれくらいだ」

「……一か月」

 ディヴァインは、考える素振りを見せた。

「その間、何をする」

「何者でもないまま、暮らします」

 彼は、少し眉を動かした。

「曖昧だな」

「はい」

 フォールスは、はっきりと頷く。

「でも、必要なんです。自分が、何を選びたいのかを、役割抜きで考える時間が」

 沈黙。

 やがて、ディヴァインは短く息を吐いた。

「殿下に伝える」

「ありがとうございます」

「ただし」

 彼は、視線を鋭くする。

「護衛は外れない」

「分かっています」

 ディヴァインは、踵を返し、扉へ向かった。

「……一つだけ言っておく」

 振り返らずに言う。

「選ばないという選択は、楽じゃない」

「承知しています」

 扉が閉まる。

 再び一人になった部屋で、フォールスは椅子に腰を下ろした。

 選ばない。
 先延ばし。
 曖昧。

 どれも、以前の自分なら許さなかった言葉だ。

 だが、今は違う。

 生き延び、名を返され、役割を外された今だからこそ、許せる。

 フォールス・アキュゼーションは、白紙の紙に、何も書かず、そのまま畳んだ。

 一か月。

 その時間の中で、自分がどんな顔で朝を迎え、何を考え、何を嫌だと思うのか。

 それを知らずに選ぶことだけは、したくなかった。

 選ばないという選択は、逃げではない。
 それは、立ち止まる勇気だ。

 フォールスは、静かに目を閉じた。

 次にこの紙に何かを書くとき、
 それは、誰かに与えられた選択肢ではなく、
 自分で見つけた答えであるはずだ。

 そう、信じていた。
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