婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

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第28話 境界に立つ

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第28話 境界に立つ

 朝の空気は、少しだけ冷たかった。

 フォールス・アキュゼーションは、宿の扉を開け、外に出た。空は曇りがちで、光は柔らかい。雨が降るほどではないが、どこか落ち着かない色をしている。

 今日は、いつもの市場へは向かわなかった。

 足が自然と、王都の外縁へ向いたからだ。

 城壁が近づくにつれ、人の流れは疎らになる。商人の呼び声は消え、代わりに、荷を背負った旅人や、衛兵の足音が聞こえる。

 境界。

 内と外を分ける場所。

 城門のそばに立ち、行き交う人々を眺める。外へ出る者。戻ってくる者。どちらにも、特別な表情はない。

 それが、当たり前だ。

 フォールスは、門の影に立ったまま、しばらく動かなかった。

 国外移住。
 提示された選択肢の一つ。

 ここを越えれば、王都の影響は急速に薄れる。名前も、過去も、さらに遠くなる。望めば、本当に消えることができる。

 ――私は、行きたいのだろうか。

 答えは、すぐには出なかった。

 門の外から、一台の馬車が入ってくる。御者が手綱を引き、衛兵に書類を差し出す。形式的なやり取り。確認が終わると、馬車はそのまま通された。

 境界は、思っていたよりも簡単だ。

 だが、簡単だからこそ、越える覚悟が要る。

「……まだですね」

 小さく呟く。

 今の自分は、内にも外にも完全には属していない。

 死者ではない。
 だが、役割を持つ者でもない。

 その中間に立っている。

 城門から少し離れた場所に、簡素な休憩所があった。腰を下ろし、水筒から水を飲む。喉を潤しながら、考える。

 裁判で示したのは、構造だ。
 誰が、どこで、何をしたか。

 あの場では、それで十分だった。

 だが、これから先の人生で、自分は何を示したいのか。

 真実を暴く役割を、また引き受けるのか。
 それとも、静かな場所で、ただ生きるのか。

 どちらも、間違いではない。

 ただ、自分が納得できるかどうか、それだけだ。

 背後で、足音がした。

「ここにいたか」

 ディヴァイン・プロテクションだった。相変わらず、気配は控えめだ。

「はい」

「門を見ていたな」

「ええ」

 彼は、城門の方を一瞥した。

「越えたいか」

 率直な問いだった。

 フォールスは、少し考え、首を横に振る。

「今は、まだ」

「理由は」

「……越えたら、戻らない気がするからです」

 ディヴァインは、何も言わなかった。

 否定も、肯定もない。

「境界は、選択を迫る」

 やがて、彼が口を開く。

「だが、立ち止まることも、選択だ」

 フォールスは、わずかに微笑んだ。

「そう言ってもらえると、助かります」

「誰かに背中を押されて決めると、後で歪む」

 その言葉は、実感を伴っていた。

 二人は、しばらく並んで座っていた。会話は途切れ、風の音だけが流れる。

 やがて、フォールスは立ち上がった。

「戻ります」

「了解した」

 城門を背に、来た道を引き返す。

 歩きながら、フォールスは思った。

 私は、まだ境界にいる。
 だが、それは悪いことではない。

 内と外を見比べ、
 どちらにも安易に飛び込まない。

 それは、臆病さではない。
 選び直せる強さだ。

 宿に戻る頃、雲の切れ間から光が差し込んだ。

 短いが、確かな光。

 フォールス・アキュゼーションは、その下で立ち止まり、空を見上げた。

 境界に立つ時間は、まだ続く。

 だが、その時間があるからこそ、
 選んだ先で、迷わずにいられる。

 そう信じて、
 彼女は、静かに歩みを進めた。
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