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第30話 立ち位置の提示
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第30話 立ち位置の提示
その日の夜、フォールス・アキュゼーションは眠れなかった。
横になって目を閉じても、路地の空気が何度も蘇る。背後に感じた殺意、踏み込まれる距離、剣が抜かれる直前の張りつめた静寂。思い出そうとしなくても、身体が勝手に覚えていた。
――確認だ。
あの男の言葉が、耳の奥に残っている。
再依頼。
生きていること自体が、脅威。
裁判は終わった。証言も成立し、王太子フレイム・ファブリケイト・ロイヤル・ロードは失脚した。だが、それで全てが終わるほど、彼は甘くない。
名を失っても、手は残る。
地位を失っても、金と人脈は残る。
だからこそ、消す。
確実に、二度と口を開かせないように。
フォールスは、ゆっくりと起き上がった。窓の外は、まだ夜と朝の境目にあり、薄い光が滲んでいる。こういう時間帯は、思考が最も澄む。
机に向かい、白紙の紙を広げた。
今度は、畳まない。
筆を取り、迷いなく文字を書く。
――逃げない。
――だが、前には出ない。
二行書いたところで、手を止める。
これは決意ではない。
条件整理だ。
自分は、英雄になりたくない。
象徴として掲げられる気もない。
だが、消される存在にもなれない。
ならば必要なのは、立ち位置だ。
権力の正面ではなく、完全な傍観者でもない。
近すぎず、遠すぎず。
フォールスは、ゆっくりと書き足した。
――構造の隣。
歪みが見えた時だけ、手を伸ばす。
常に中心に立たず、だが逃げもしない。
夜明けの気配が差し込んだ頃、ノックの音がした。
「入ってください」
扉を開けたのは、ディヴァイン・プロテクションだった。いつも通りの無表情だが、今日はわずかに緊張が見える。
「殿下がお呼びだ」
「……分かりました」
案内されたのは、大使館の中でも最も警戒が厳しい一室だった。窓は高く、調度は最小限。だが、空気は澄んでいる。
エクイティ・フェアネス・ロイヤル・ロードは、机に書類を広げていた。フォールスが入室すると、視線を上げる。
「昨夜の件、聞いた」
「はい」
「無事で何よりだ」
形式的ではないが、感情を過度に乗せない言い方だった。
「選択の猶予は、まだ有効だ」
「承知しています」
フォールスは、一歩前に出た。
「ですが本日は、選択ではなく――立ち位置について、お話ししたく」
エクイティは、背もたれに身を預ける。
「聞こう」
「私は、どの選択肢にも、今すぐは収まりません」
「それも承知している」
「ですが、消えるつもりもありません」
エクイティの目が、わずかに細くなる。
「条件がある顔だな」
「はい」
フォールスは、息を整えた。
「私は、王弟殿下の直属にはなりません」
室内の空気が、一瞬で張りつめた。
ディヴァインが視線を動かすが、エクイティは手で制した。
「続けろ」
「ただし、殿下の要請には応じます。必要な時に、必要なことだけを」
「命令ではなく、依頼として、か」
「はい」
エクイティは、しばらく黙ってフォールスを見つめていた。
「名は出さない」
「望むところです」
「身分も、固定しない」
「承知しています」
「代わりに」
彼は、はっきりと言った。
「安全は保証できない」
「理解しています」
即答だった。
再び沈黙。
やがて、エクイティは小さく笑った。
「随分と、都合のいい立ち位置だ」
「はい」
フォールスは否定しない。
「だからこそ、私は無理をしません」
その言葉に、エクイティの視線がわずかに和らいだ。
「……いいだろう」
ディヴァインが一瞬、目を見開く。
「殿下」
「条件付きだ」
エクイティは続ける。
「君は、象徴にならない。その代わり、真実から逃げない」
「約束します」
「そして」
彼は、静かに告げた。
「再び狙われた時、こちらは全力で守る」
フォールスは、一瞬だけ目を伏せた。
「ありがとうございます」
その言葉には、感謝と同時に、覚悟が含まれていた。
守られるということは、使われる可能性があるということだ。だが、それでも、この立ち位置なら、耐えられる。
エクイティは立ち上がり、窓の外を見た。
「君は、表に出れば厄介だ。だが、完全に失うには惜しい」
「……光栄です」
「褒めてはいない」
だが、声音は穏やかだった。
「構造の隣に立てる者は、そう多くない」
フォールスは、胸の奥で静かに頷いた。
これが、自分の立ち位置だ。
逃げず、前に出すぎず。
名を捨て、視界を保つ。
フォールス・アキュゼーションは、ようやく理解していた。
選択とは、所属を決めることではない。
どこに立つかを、自分で決めることだ。
そしてその立ち位置は、
もう、誰にも奪わせない。
その日の夜、フォールス・アキュゼーションは眠れなかった。
横になって目を閉じても、路地の空気が何度も蘇る。背後に感じた殺意、踏み込まれる距離、剣が抜かれる直前の張りつめた静寂。思い出そうとしなくても、身体が勝手に覚えていた。
――確認だ。
あの男の言葉が、耳の奥に残っている。
再依頼。
生きていること自体が、脅威。
裁判は終わった。証言も成立し、王太子フレイム・ファブリケイト・ロイヤル・ロードは失脚した。だが、それで全てが終わるほど、彼は甘くない。
名を失っても、手は残る。
地位を失っても、金と人脈は残る。
だからこそ、消す。
確実に、二度と口を開かせないように。
フォールスは、ゆっくりと起き上がった。窓の外は、まだ夜と朝の境目にあり、薄い光が滲んでいる。こういう時間帯は、思考が最も澄む。
机に向かい、白紙の紙を広げた。
今度は、畳まない。
筆を取り、迷いなく文字を書く。
――逃げない。
――だが、前には出ない。
二行書いたところで、手を止める。
これは決意ではない。
条件整理だ。
自分は、英雄になりたくない。
象徴として掲げられる気もない。
だが、消される存在にもなれない。
ならば必要なのは、立ち位置だ。
権力の正面ではなく、完全な傍観者でもない。
近すぎず、遠すぎず。
フォールスは、ゆっくりと書き足した。
――構造の隣。
歪みが見えた時だけ、手を伸ばす。
常に中心に立たず、だが逃げもしない。
夜明けの気配が差し込んだ頃、ノックの音がした。
「入ってください」
扉を開けたのは、ディヴァイン・プロテクションだった。いつも通りの無表情だが、今日はわずかに緊張が見える。
「殿下がお呼びだ」
「……分かりました」
案内されたのは、大使館の中でも最も警戒が厳しい一室だった。窓は高く、調度は最小限。だが、空気は澄んでいる。
エクイティ・フェアネス・ロイヤル・ロードは、机に書類を広げていた。フォールスが入室すると、視線を上げる。
「昨夜の件、聞いた」
「はい」
「無事で何よりだ」
形式的ではないが、感情を過度に乗せない言い方だった。
「選択の猶予は、まだ有効だ」
「承知しています」
フォールスは、一歩前に出た。
「ですが本日は、選択ではなく――立ち位置について、お話ししたく」
エクイティは、背もたれに身を預ける。
「聞こう」
「私は、どの選択肢にも、今すぐは収まりません」
「それも承知している」
「ですが、消えるつもりもありません」
エクイティの目が、わずかに細くなる。
「条件がある顔だな」
「はい」
フォールスは、息を整えた。
「私は、王弟殿下の直属にはなりません」
室内の空気が、一瞬で張りつめた。
ディヴァインが視線を動かすが、エクイティは手で制した。
「続けろ」
「ただし、殿下の要請には応じます。必要な時に、必要なことだけを」
「命令ではなく、依頼として、か」
「はい」
エクイティは、しばらく黙ってフォールスを見つめていた。
「名は出さない」
「望むところです」
「身分も、固定しない」
「承知しています」
「代わりに」
彼は、はっきりと言った。
「安全は保証できない」
「理解しています」
即答だった。
再び沈黙。
やがて、エクイティは小さく笑った。
「随分と、都合のいい立ち位置だ」
「はい」
フォールスは否定しない。
「だからこそ、私は無理をしません」
その言葉に、エクイティの視線がわずかに和らいだ。
「……いいだろう」
ディヴァインが一瞬、目を見開く。
「殿下」
「条件付きだ」
エクイティは続ける。
「君は、象徴にならない。その代わり、真実から逃げない」
「約束します」
「そして」
彼は、静かに告げた。
「再び狙われた時、こちらは全力で守る」
フォールスは、一瞬だけ目を伏せた。
「ありがとうございます」
その言葉には、感謝と同時に、覚悟が含まれていた。
守られるということは、使われる可能性があるということだ。だが、それでも、この立ち位置なら、耐えられる。
エクイティは立ち上がり、窓の外を見た。
「君は、表に出れば厄介だ。だが、完全に失うには惜しい」
「……光栄です」
「褒めてはいない」
だが、声音は穏やかだった。
「構造の隣に立てる者は、そう多くない」
フォールスは、胸の奥で静かに頷いた。
これが、自分の立ち位置だ。
逃げず、前に出すぎず。
名を捨て、視界を保つ。
フォールス・アキュゼーションは、ようやく理解していた。
選択とは、所属を決めることではない。
どこに立つかを、自分で決めることだ。
そしてその立ち位置は、
もう、誰にも奪わせない。
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