婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

文字の大きさ
30 / 40

第30話 立ち位置の提示

しおりを挟む
第30話 立ち位置の提示

 その日の夜、フォールス・アキュゼーションは眠れなかった。

 横になって目を閉じても、路地の空気が何度も蘇る。背後に感じた殺意、踏み込まれる距離、剣が抜かれる直前の張りつめた静寂。思い出そうとしなくても、身体が勝手に覚えていた。

 ――確認だ。

 あの男の言葉が、耳の奥に残っている。

 再依頼。
 生きていること自体が、脅威。

 裁判は終わった。証言も成立し、王太子フレイム・ファブリケイト・ロイヤル・ロードは失脚した。だが、それで全てが終わるほど、彼は甘くない。

 名を失っても、手は残る。
 地位を失っても、金と人脈は残る。

 だからこそ、消す。
 確実に、二度と口を開かせないように。

 フォールスは、ゆっくりと起き上がった。窓の外は、まだ夜と朝の境目にあり、薄い光が滲んでいる。こういう時間帯は、思考が最も澄む。

 机に向かい、白紙の紙を広げた。

 今度は、畳まない。

 筆を取り、迷いなく文字を書く。

 ――逃げない。
 ――だが、前には出ない。

 二行書いたところで、手を止める。

 これは決意ではない。
 条件整理だ。

 自分は、英雄になりたくない。
 象徴として掲げられる気もない。

 だが、消される存在にもなれない。

 ならば必要なのは、立ち位置だ。

 権力の正面ではなく、完全な傍観者でもない。
 近すぎず、遠すぎず。

 フォールスは、ゆっくりと書き足した。

 ――構造の隣。

 歪みが見えた時だけ、手を伸ばす。
 常に中心に立たず、だが逃げもしない。

 夜明けの気配が差し込んだ頃、ノックの音がした。

「入ってください」

 扉を開けたのは、ディヴァイン・プロテクションだった。いつも通りの無表情だが、今日はわずかに緊張が見える。

「殿下がお呼びだ」

「……分かりました」

 案内されたのは、大使館の中でも最も警戒が厳しい一室だった。窓は高く、調度は最小限。だが、空気は澄んでいる。

 エクイティ・フェアネス・ロイヤル・ロードは、机に書類を広げていた。フォールスが入室すると、視線を上げる。

「昨夜の件、聞いた」

「はい」

「無事で何よりだ」

 形式的ではないが、感情を過度に乗せない言い方だった。

「選択の猶予は、まだ有効だ」

「承知しています」

 フォールスは、一歩前に出た。

「ですが本日は、選択ではなく――立ち位置について、お話ししたく」

 エクイティは、背もたれに身を預ける。

「聞こう」

「私は、どの選択肢にも、今すぐは収まりません」

「それも承知している」

「ですが、消えるつもりもありません」

 エクイティの目が、わずかに細くなる。

「条件がある顔だな」

「はい」

 フォールスは、息を整えた。

「私は、王弟殿下の直属にはなりません」

 室内の空気が、一瞬で張りつめた。

 ディヴァインが視線を動かすが、エクイティは手で制した。

「続けろ」

「ただし、殿下の要請には応じます。必要な時に、必要なことだけを」

「命令ではなく、依頼として、か」

「はい」

 エクイティは、しばらく黙ってフォールスを見つめていた。

「名は出さない」

「望むところです」

「身分も、固定しない」

「承知しています」

「代わりに」

 彼は、はっきりと言った。

「安全は保証できない」

「理解しています」

 即答だった。

 再び沈黙。

 やがて、エクイティは小さく笑った。

「随分と、都合のいい立ち位置だ」

「はい」

 フォールスは否定しない。

「だからこそ、私は無理をしません」

 その言葉に、エクイティの視線がわずかに和らいだ。

「……いいだろう」

 ディヴァインが一瞬、目を見開く。

「殿下」

「条件付きだ」

 エクイティは続ける。

「君は、象徴にならない。その代わり、真実から逃げない」

「約束します」

「そして」

 彼は、静かに告げた。

「再び狙われた時、こちらは全力で守る」

 フォールスは、一瞬だけ目を伏せた。

「ありがとうございます」

 その言葉には、感謝と同時に、覚悟が含まれていた。

 守られるということは、使われる可能性があるということだ。だが、それでも、この立ち位置なら、耐えられる。

 エクイティは立ち上がり、窓の外を見た。

「君は、表に出れば厄介だ。だが、完全に失うには惜しい」

「……光栄です」

「褒めてはいない」

 だが、声音は穏やかだった。

「構造の隣に立てる者は、そう多くない」

 フォールスは、胸の奥で静かに頷いた。

 これが、自分の立ち位置だ。

 逃げず、前に出すぎず。
 名を捨て、視界を保つ。

 フォールス・アキュゼーションは、ようやく理解していた。

 選択とは、所属を決めることではない。
 どこに立つかを、自分で決めることだ。

 そしてその立ち位置は、
 もう、誰にも奪わせない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!

ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」 卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。 なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

(完結)モブ令嬢の婚約破棄

あかる
恋愛
ヒロイン様によると、私はモブらしいです。…モブって何でしょう? 攻略対象は全てヒロイン様のものらしいです?そんな酷い設定、どんなロマンス小説にもありませんわ。 お兄様のように思っていた婚約者様はもう要りません。私は別の方と幸せを掴みます! 緩い設定なので、貴族の常識とか拘らず、さらっと読んで頂きたいです。 完結してます。適当に投稿していきます。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?

ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。 卒業3か月前の事です。 卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。 もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。 カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。 でも大丈夫ですか? 婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。 ※ゆるゆる設定です ※軽い感じで読み流して下さい

処理中です...