婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

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第31話 条件の裏側

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第31話 条件の裏側

 合意は、言葉としては静かに結ばれた。

 だが、フォールス・アキュゼーションは理解していた。
 この「立ち位置」は、自由と引き換えに、常に均衡を求められる場所だということを。

 部屋を出た後、ディヴァイン・プロテクションは無言で廊下を歩いていた。足音は一定で、迷いがない。しばらくして、角を曲がったところで立ち止まる。

「確認しておく」

 振り返らずに言った。

「君は、殿下に利用される可能性がある」

「はい」

「そして、殿下を利用する可能性もある」

「……はい」

 ディヴァインは、ようやくフォールスを見た。

「怖くないのか」

 問いは、意外なほど率直だった。

 フォールスは少し考えた。

「怖くないわけではありません」

「だが、引かない」

「引けば、また誰かが犠牲になります」

 それは、理屈ではなかった。
 裁判で証言台に立った時、確かに理解したことだ。

 構造は、人を守るためにある。
 だが、歪めば、人を殺す。

「……変わったな」

 ディヴァインが言う。

「以前は、正しさに固執していた」

「今は?」

「正しさの置き場所を、選んでいる」

 フォールスは、小さく笑った。

「逃げないための、妥協です」

「それを、強さと呼ぶ」

 ディヴァインは、それ以上何も言わず、歩き出した。

 その日の午後、フォールスは正式な書類を受け取った。
 署名はない。
 だが、効力は明確だった。

 ――要請文書。

 王弟エクイティの名で、彼女に対して必要時の協力を求める、簡潔な一枚。

 義務ではない。
 だが、拒否すれば、その理由を問われる。

 絶妙な距離感。

 フォールスは、紙を指でなぞった。

「……よく考えられていますね」

 独り言に、答える者はいない。

 夕方、宿に戻ると、机の上に小さな包みが置かれていた。封は簡素だが、扱いは丁寧だ。

 中には、短剣が一本入っていた。

 装飾はなく、実用一点張り。だが、刃はよく研がれている。

 添えられていた紙には、短い文だけが記されていた。

 ――守られる立場でいるな。

 筆跡は、ディヴァインのものだった。

 フォールスは、しばらく短剣を見つめてから、静かに頷いた。

「……承知しました」

 夜、灯りを落とした部屋で、彼女は短剣を枕元に置いた。

 これは、武器ではない。
 立ち位置の確認だ。

 守られるだけの存在ではない。
 だが、孤立もしない。

 その均衡を保てるかどうかは、自分次第。

 窓の外では、街が静かに呼吸している。

 フォールス・アキュゼーションは目を閉じた。

 条件の裏側を理解した今、
 次に動くのは、相手のほうだ。

 そして、その時こそ――
 自分が「構造の隣」に立つ意味が、試される。
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