婚約破棄と暗殺で死んだはずの公爵令嬢ですが、前に出ずに全てを崩壊させます

鷹 綾

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第33話 残された動線

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第33話 残された動線

 翌日、街は何事もなかったかのように動いていた。

 市場はいつも通りに開き、商人たちは声を張り上げ、川沿いでは子どもが石を投げて遊んでいる。昨日の会議も、王弟の判断も、この街の表面には一切の影を落としていない。

 ――だからこそ、残る。

 フォールス・アキュゼーションは、宿の窓から通りを眺めながら、そう思った。

 何も起きなかった、という事実。
 それは、動かなかった証拠ではなく、動かせなかった証拠だ。

 王太子派の残党は、まだ手を打てていない。
 だが、それは撤退ではない。

 「様子見」という、最も厄介な選択だ。

 昼前、ディヴァイン・プロテクションが訪れた。

「報告が一つある」

「はい」

「昨日の資金経路だが、今朝になって一部が切られた」

 フォールスは、すぐに理解した。

「監視されていると、察したんですね」

「ああ」

「切られたのは、末端ですか」

「そうだ。だが、動線は残っている」

 フォールスは、机に置いていた紙を引き寄せた。

「完全に消すなら、もっと大きく動きます。これは――警告です」

「こちらに、か?」

「いいえ。仲間内に」

 ディヴァインは、眉を動かした。

「説明しろ」

「内部に、裏切り者がいる可能性を示した。動いた者がいれば、次は切る、という合図です」

「……静かな粛清か」

「はい」

 それは、表に出ない分、確実に効く。

 フォールスは、視線を落とした。

「急ぐべきではありません」

「昨日と同じ判断だな」

「ええ。今、こちらが動けば、彼らは完全に地下へ潜ります」

「それでも、放置はできない」

「放置ではありません」

 フォールスは、紙に一本の線を引いた。

「残された動線を、残されたままにしておく」

「泳がせる、と」

「はい。ただし、距離を保ったまま」

 ディヴァインは、短く息を吐いた。

「殿下が好みそうなやり方だ」

「だからこそ、私が言う意味があります」

 王弟が言えば、策略になる。
 だが、自分が言えば、分析になる。

 その違いを、フォールスは自覚していた。

 午後、再び大使館へ呼ばれた。

 今度は非公式だ。
 応接室には、エクイティ・フェアネス・ロイヤル・ロードと、フォールスだけ。

「昨日の判断、評価は分かれた」

「承知しています」

「だが、今朝の動きで、君の見立ては当たった」

 エクイティは、穏やかに続ける。

「切られた経路は、表に出せば小物だが、内部では重要だった」

「象徴的ですね」

「そうだ。彼らは、まだ恐れている」

 フォールスは、頷いた。

「恐れているうちは、動きます」

「動けば、見える」

「はい」

 エクイティは、少しだけ声を落とした。

「だが、君の身は、さらに危険になる」

「理解しています」

「再び、命を狙われる可能性もある」

「その覚悟で、ここにいます」

 エクイティは、しばらく彼女を見つめてから、微笑んだ。

「……やはり、君は前に出ないほうが厄介だ」

「よく言われます」

「褒めている」

「そう受け取っておきます」

 二人の間に、短い沈黙が流れた。

「一つ、確認しておきたい」

 エクイティが言う。

「君は、どこまで関わるつもりだ」

 フォールスは、迷わなかった。

「構造が壊れる手前までです」

「壊れ始めたら?」

「その時は、名前のある誰かが出るべきです」

 エクイティは、満足そうに頷いた。

「……いい距離だ」

 宿へ戻る道すがら、フォールスは思った。

 敵は、まだいる。
 だが、道は残った。

 それは、追うための道ではない。
 踏み込むための道でもない。

 観測するための道だ。

 構造の隣に立つ者にしか見えない、
 静かな動線。

 フォールス・アキュゼーションは、その線を、決して掴まなかった。

 ただ、見失わないように、
 静かに、歩調を合わせているだけだった。
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