35 / 40
第35話 残響の問い
しおりを挟む
第35話 残響の問い
朝の光は、昨夜の雨を洗い流した石畳に反射していた。
街は、いつもより少しだけ明るい。だが、フォールス・アキュゼーションの内側には、消えない影があった。切られない名前。判断を保留する相手。動かないことで生まれる圧。
――次は、問いだ。
答えではない。
行動でもない。
相手に突きつけられる、形のない問い。
午前、ディヴァイン・プロテクションが短い報告を持ってきた。
「今朝、二つの噂が流れ始めた」
「内容は?」
「一つは、王太子派の復権。もう一つは、君がその鍵だという話」
フォールスは、表情を変えなかった。
「誰が流していますか」
「特定はできない。だが、どちらも同じ場所から広がっている」
「……市場ですね」
「ああ」
噂は、意図を隠すのに最適な媒体だ。誰が言い出したか分からず、否定すれば逆に広がる。
「狙いは?」
「様子見です」
フォールスは、即答した。
「こちらがどう反応するか。黙るか、否定するか、怒るか」
「反応すれば?」
「彼らは、私を測れます」
ディヴァインは、短く頷いた。
「なら、反応しない?」
「いいえ」
フォールスは、椅子から立ち上がった。
「反応します。ただし、別の形で」
昼過ぎ、彼女は市場へ出た。
いつもの果物屋。
いつもの林檎。
「今日も一つ」
店主は、何気なく包みながら言った。
「最近、変な話が多いな」
「そうですね」
「大使館の人間が、何か企んでるとか」
フォールスは、代金を置き、穏やかに答えた。
「噂は、面白いから広がるんです」
「違いねえ」
それだけの会話。
否定もしない。
肯定もしない。
次に、書店へ寄る。旅の記録ではなく、法律の入門書を一冊手に取る。棚から抜き、表紙を眺め、元の場所へ戻す。
それを、誰かが見ている。
川沿いで腰を下ろし、林檎をかじる。噂話をしている二人組の声が、風に乗って届いた。
「……証人が、まだ生きてるらしい」
「王弟が匿ってるって?」
「さあな」
フォールスは、食べ終えた芯を紙に包み、立ち上がった。
その日の夕方、エクイティ・フェアネス・ロイヤル・ロードから、非公式の呼び出しがあった。
「噂が、君の周りを回っている」
「承知しています」
「否定しなかったな」
「はい」
「肯定もしなかった」
「はい」
エクイティは、指を組んだ。
「なぜだ」
「噂は、否定されると勢いを増します」
「では、放置か」
「いいえ」
フォールスは、はっきり言った。
「噂の射程を、ずらしました」
「どうやって」
「私が“鍵”だという話を、誰でも触れる場所に置いた」
エクイティは、目を細めた。
「危険だ」
「だからです」
フォールスは、静かに続ける。
「誰でも触れる噂は、価値が下がる。特別な情報ではなくなる」
「……残響を薄めたか」
「はい。問いだけを残して」
沈黙。
やがて、エクイティは微笑んだ。
「相手は、次にどう出ると思う」
「直接、確かめに来ます」
「誰が」
「名のある者ではありません。名を失っても痛くない者です」
それは、暗殺者ではない。
使い捨ての観測者。
「備えは?」
「距離を保ちます」
「それだけで?」
「十分です」
会談が終わり、廊下でディヴァインが言った。
「随分と、危ない橋だ」
「橋ではありません」
「何だ」
「残響です」
フォールスは、足を止めた。
「音は、発した瞬間よりも、残った後のほうが、人を動かします」
夜、部屋に戻り、短剣を確認する。
使うためではない。
距離を思い出すためだ。
噂は、問いに変わった。
問いは、誰かを動かす。
そして、動いた者の足跡は、
必ず、残る。
フォールス・アキュゼーションは、灯りを落とした。
次に響くのは、
相手の答えだ。
朝の光は、昨夜の雨を洗い流した石畳に反射していた。
街は、いつもより少しだけ明るい。だが、フォールス・アキュゼーションの内側には、消えない影があった。切られない名前。判断を保留する相手。動かないことで生まれる圧。
――次は、問いだ。
答えではない。
行動でもない。
相手に突きつけられる、形のない問い。
午前、ディヴァイン・プロテクションが短い報告を持ってきた。
「今朝、二つの噂が流れ始めた」
「内容は?」
「一つは、王太子派の復権。もう一つは、君がその鍵だという話」
フォールスは、表情を変えなかった。
「誰が流していますか」
「特定はできない。だが、どちらも同じ場所から広がっている」
「……市場ですね」
「ああ」
噂は、意図を隠すのに最適な媒体だ。誰が言い出したか分からず、否定すれば逆に広がる。
「狙いは?」
「様子見です」
フォールスは、即答した。
「こちらがどう反応するか。黙るか、否定するか、怒るか」
「反応すれば?」
「彼らは、私を測れます」
ディヴァインは、短く頷いた。
「なら、反応しない?」
「いいえ」
フォールスは、椅子から立ち上がった。
「反応します。ただし、別の形で」
昼過ぎ、彼女は市場へ出た。
いつもの果物屋。
いつもの林檎。
「今日も一つ」
店主は、何気なく包みながら言った。
「最近、変な話が多いな」
「そうですね」
「大使館の人間が、何か企んでるとか」
フォールスは、代金を置き、穏やかに答えた。
「噂は、面白いから広がるんです」
「違いねえ」
それだけの会話。
否定もしない。
肯定もしない。
次に、書店へ寄る。旅の記録ではなく、法律の入門書を一冊手に取る。棚から抜き、表紙を眺め、元の場所へ戻す。
それを、誰かが見ている。
川沿いで腰を下ろし、林檎をかじる。噂話をしている二人組の声が、風に乗って届いた。
「……証人が、まだ生きてるらしい」
「王弟が匿ってるって?」
「さあな」
フォールスは、食べ終えた芯を紙に包み、立ち上がった。
その日の夕方、エクイティ・フェアネス・ロイヤル・ロードから、非公式の呼び出しがあった。
「噂が、君の周りを回っている」
「承知しています」
「否定しなかったな」
「はい」
「肯定もしなかった」
「はい」
エクイティは、指を組んだ。
「なぜだ」
「噂は、否定されると勢いを増します」
「では、放置か」
「いいえ」
フォールスは、はっきり言った。
「噂の射程を、ずらしました」
「どうやって」
「私が“鍵”だという話を、誰でも触れる場所に置いた」
エクイティは、目を細めた。
「危険だ」
「だからです」
フォールスは、静かに続ける。
「誰でも触れる噂は、価値が下がる。特別な情報ではなくなる」
「……残響を薄めたか」
「はい。問いだけを残して」
沈黙。
やがて、エクイティは微笑んだ。
「相手は、次にどう出ると思う」
「直接、確かめに来ます」
「誰が」
「名のある者ではありません。名を失っても痛くない者です」
それは、暗殺者ではない。
使い捨ての観測者。
「備えは?」
「距離を保ちます」
「それだけで?」
「十分です」
会談が終わり、廊下でディヴァインが言った。
「随分と、危ない橋だ」
「橋ではありません」
「何だ」
「残響です」
フォールスは、足を止めた。
「音は、発した瞬間よりも、残った後のほうが、人を動かします」
夜、部屋に戻り、短剣を確認する。
使うためではない。
距離を思い出すためだ。
噂は、問いに変わった。
問いは、誰かを動かす。
そして、動いた者の足跡は、
必ず、残る。
フォールス・アキュゼーションは、灯りを落とした。
次に響くのは、
相手の答えだ。
1
あなたにおすすめの小説
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。
父親は怒り、修道院に入れようとする。
そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。
学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。
ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
(完結)モブ令嬢の婚約破棄
あかる
恋愛
ヒロイン様によると、私はモブらしいです。…モブって何でしょう?
攻略対象は全てヒロイン様のものらしいです?そんな酷い設定、どんなロマンス小説にもありませんわ。
お兄様のように思っていた婚約者様はもう要りません。私は別の方と幸せを掴みます!
緩い設定なので、貴族の常識とか拘らず、さらっと読んで頂きたいです。
完結してます。適当に投稿していきます。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
【完結】え?今になって婚約破棄ですか?私は構いませんが大丈夫ですか?
ゆうぎり
恋愛
カリンは幼少期からの婚約者オリバーに学園で婚約破棄されました。
卒業3か月前の事です。
卒業後すぐの結婚予定で、既に招待状も出し終わり済みです。
もちろんその場で受け入れましたよ。一向に構いません。
カリンはずっと婚約解消を願っていましたから。
でも大丈夫ですか?
婚約破棄したのなら既に他人。迷惑だけはかけないで下さいね。
※ゆるゆる設定です
※軽い感じで読み流して下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる