婚約破棄? では、その誠実さはどちらに置いていらしたのですか?

鷹 綾

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第六話 舞踏会の予兆

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第六話 舞踏会の予兆

 王宮の大広間は、すでに夜の色に染まっていた。

 無数の燭台が金の装飾を照らし、磨き上げられた床に光を落とす。
 弦楽の音色が静かに流れ、貴族たちの笑い声が重なる。

 舞踏会。

 それは、華やかさの裏に、すべてが決まる場所。

 セリシア・ルヴァリエは、入口の前で一瞬だけ立ち止まった。

 銀のドレスは控えめだが、縫製は完璧。
 余計な宝石はつけていない。

 目立つ必要はない。

 そう言われたとおりに。

「お姉様、入らないの?」

 背後から甘い声。

 振り向けば、ミレイナが立っていた。

 水色のドレスは灯りを受けて淡く輝き、首元の宝石が小さく光る。

 ――王太子から贈られたもの。

「とてもお似合いですわ」

 セリシアは微笑んだ。

「まあ、ありがとう」

 嬉しそうにくるりと回る。

「殿下が選んでくださったのよ。わたくしには、少し派手かと思ったのだけれど」

 そう言いながら、誇らしげな目。

「きっと今夜は、忘れられない夜になりますわ」

「そうでしょうね」

 淡々と返す。

 ミレイナは一瞬だけ、セリシアを探るように見つめた。

「お姉様、怖くないの?」

「何がかしら」

「もし……殿下が、わたくしを選んだら」

 あえて言葉にする。

 その残酷さを楽しむように。

 セリシアは視線を逸らさなかった。

「選ばれるのは、殿下のご意思です」

「怒らないの?」

「なぜ怒る必要が」

 ミレイナは、少しだけ眉をひそめる。

 期待していたのだろう。

 涙か、怒りか、取り乱しを。

 だが、何もない。

「……お姉様って、本当に冷たいのね」

「そうかもしれません」

 あっさりと認める。

 その反応が、かえって不気味なのだろう。

 大広間の扉が開いた。

 楽団の音が一段と大きくなる。

「ルヴァリエ公爵家、ご入場」

 名が呼ばれる。

 父アルドリックが前に出る。

 その隣に、ミレイナ。

 そして一歩後ろに、セリシア。

 歩き出す。

 視線が一斉に集まる。

 ささやきが広がる。

「王太子はミレイナ嬢を選ぶらしい」

「婚約はどうなるのかしら」

「氷の令嬢は、どんな顔をするのかしら」

 すべて、聞こえている。

 だが、足取りは乱れない。

 中央の階段に、レオンハルト・ヴァルディアが立っていた。

 王太子。

 金の刺繍が施された礼装が、堂々たる体躯を際立たせる。

 その視線は、まっすぐミレイナへ向いていた。

 わずかに柔らかく、そして誇らしげに。

「ミレイナ」

 名を呼ぶ。

 その響きに、会場の空気が変わる。

 ミレイナが一歩前に出る。

「殿下」

 恥じらいを含んだ声。

 父が満足げに頷く。

 継母エルヴィラは、扇で口元を隠しながら微笑む。

 セリシアは、ただ立っている。

 レオンハルトの視線が、ようやくこちらへ向く。

 一瞬だけ、何か言いたげな目。

 だがすぐに、逸らされた。

「皆の者」

 王太子の声が響く。

「今宵は、王家とルヴァリエ家の絆を祝う夜だ」

 ざわめき。

 セリシアの胸の奥で、静かな歯車が回る。

 絆。

 祝う。

 どちらの名で。

 どちらの立場で。

「私は――」

 レオンハルトが言葉を継ごうとする。

 その瞬間、楽団の音が止んだ。

 完全な静寂。

 誰もが次の言葉を待っている。

 ミレイナの指先が、わずかに震えている。

 父は息を詰める。

 継母の目が光る。

 セリシアは、ゆっくりと瞬きをした。

 ――ここが、分岐点。

 選ぶのは、彼。

 受け入れるのは、自分。

 だが。

 選択の先にある結果は、平等ではない。

 レオンハルトが、口を開く。

 その言葉が発せられる直前。

 セリシアは、ほんのわずかに微笑んだ。

 予兆は、すでに揃っている。

 奪う覚悟は、あるのだろうか。

 大広間の燭台が揺れ、光が床に跳ねた。

 次の瞬間、すべてが動き出す。
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