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第十八話 王庫の底
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第十八話 王庫の底
王宮地下、財務局。
石造りの廊下を抜けた先の重い扉の向こうで、王庫管理官たちは沈痛な面持ちで帳簿を囲んでいた。
「……補填は今月で限界です」
低い声が響く。
「北港の差額補填、南商会への暫定優遇、撤退商会への緊急支援。すべて王庫から支出しております」
「残高は」
「余裕は、ほぼございません」
その報告は、すぐにレオンハルトの元へ届けられた。
「ほぼ、ないだと?」
声が低く落ちる。
「はい。次月も同様の支出が続けば、軍備予算の一部を削らざるを得ません」
「軍備を削れと?」
「さもなくば、増税案が現実的でございます」
増税。
民の不満が一気に噴き出す言葉。
レオンハルトは椅子から立ち上がった。
「なぜ、ここまで早い」
「優遇措置の停止が連鎖しております。大手商会が条件見直しを進め、小規模商会が撤退」
冷静な報告。
だが、内容は重い。
「公爵家は何をしている」
「何も」
「何も?」
「契約通りの処理のみでございます」
怒鳴る相手がいない。
公爵家は違反をしていない。
ただ、婚約という前提が消えた以上、優遇を止めただけ。
それだけで、これだ。
「殿下」
側近が慎重に言う。
「正式な清算案を提示すべきかと」
「……いくらだ」
「精算金に加え、今後の取引優遇再設定費用を含めれば、相応の額に」
「王庫は耐えられるか」
「今よりは、明確な終わりが見えます」
終わり。
それがあるだけで、救いだ。
一方、王都の市場では。
「輸入品がまた上がった」
「港の影響だってよ」
「王宮は何をしてる」
小さな不満が積もる。
まだ暴動にはならない。
だが、火種は増えている。
夜。
ミレイナは、王宮の廊下で偶然、財務官の会話を耳にした。
「王庫が底をつく前に、手を打たねば」
「清算金を払えば、一時的に持ち直す」
その言葉に、足が止まる。
清算金。
あの言葉が現実になる。
自室に戻り、鏡の前に立つ。
「……わたくしのせい?」
小さく問いかける。
愛を選ばれた。
それは、罪なのか。
扉がノックされる。
「殿下がお呼びです」
執務室に入ると、レオンハルトの顔色は冴えない。
「聞いたか」
「少しだけ」
「王庫は限界だ」
正直な告白。
「清算金を払う」
決断。
ミレイナの胸が締めつけられる。
「それで、終わるの?」
「少なくとも、歯車は戻る」
「……」
「後悔はしない」
また、その言葉。
だが、今回は重みが違う。
彼は理解している。
代償の大きさを。
「殿下」
ミレイナは静かに言う。
「わたくし、強くなりたい」
「……何を急に」
「笑っているだけでは、足りないのでしょう」
まっすぐな目。
レオンハルトは、しばらく何も言えなかった。
「……遅い」
ようやく出た言葉は、残酷だった。
港は止まり、商会は動き、王庫は削られた。
そのすべては、すでに進行している。
清算は、金で終わる。
だが、失った信用は簡単には戻らない。
王宮の灯りは、今夜も遅くまで消えない。
王庫の底は見え始めた。
そして、公爵家は変わらず静かだ。
怒りも、声もない。
ただ、契約通りに。
それが最も効くと知っているから。
王宮地下、財務局。
石造りの廊下を抜けた先の重い扉の向こうで、王庫管理官たちは沈痛な面持ちで帳簿を囲んでいた。
「……補填は今月で限界です」
低い声が響く。
「北港の差額補填、南商会への暫定優遇、撤退商会への緊急支援。すべて王庫から支出しております」
「残高は」
「余裕は、ほぼございません」
その報告は、すぐにレオンハルトの元へ届けられた。
「ほぼ、ないだと?」
声が低く落ちる。
「はい。次月も同様の支出が続けば、軍備予算の一部を削らざるを得ません」
「軍備を削れと?」
「さもなくば、増税案が現実的でございます」
増税。
民の不満が一気に噴き出す言葉。
レオンハルトは椅子から立ち上がった。
「なぜ、ここまで早い」
「優遇措置の停止が連鎖しております。大手商会が条件見直しを進め、小規模商会が撤退」
冷静な報告。
だが、内容は重い。
「公爵家は何をしている」
「何も」
「何も?」
「契約通りの処理のみでございます」
怒鳴る相手がいない。
公爵家は違反をしていない。
ただ、婚約という前提が消えた以上、優遇を止めただけ。
それだけで、これだ。
「殿下」
側近が慎重に言う。
「正式な清算案を提示すべきかと」
「……いくらだ」
「精算金に加え、今後の取引優遇再設定費用を含めれば、相応の額に」
「王庫は耐えられるか」
「今よりは、明確な終わりが見えます」
終わり。
それがあるだけで、救いだ。
一方、王都の市場では。
「輸入品がまた上がった」
「港の影響だってよ」
「王宮は何をしてる」
小さな不満が積もる。
まだ暴動にはならない。
だが、火種は増えている。
夜。
ミレイナは、王宮の廊下で偶然、財務官の会話を耳にした。
「王庫が底をつく前に、手を打たねば」
「清算金を払えば、一時的に持ち直す」
その言葉に、足が止まる。
清算金。
あの言葉が現実になる。
自室に戻り、鏡の前に立つ。
「……わたくしのせい?」
小さく問いかける。
愛を選ばれた。
それは、罪なのか。
扉がノックされる。
「殿下がお呼びです」
執務室に入ると、レオンハルトの顔色は冴えない。
「聞いたか」
「少しだけ」
「王庫は限界だ」
正直な告白。
「清算金を払う」
決断。
ミレイナの胸が締めつけられる。
「それで、終わるの?」
「少なくとも、歯車は戻る」
「……」
「後悔はしない」
また、その言葉。
だが、今回は重みが違う。
彼は理解している。
代償の大きさを。
「殿下」
ミレイナは静かに言う。
「わたくし、強くなりたい」
「……何を急に」
「笑っているだけでは、足りないのでしょう」
まっすぐな目。
レオンハルトは、しばらく何も言えなかった。
「……遅い」
ようやく出た言葉は、残酷だった。
港は止まり、商会は動き、王庫は削られた。
そのすべては、すでに進行している。
清算は、金で終わる。
だが、失った信用は簡単には戻らない。
王宮の灯りは、今夜も遅くまで消えない。
王庫の底は見え始めた。
そして、公爵家は変わらず静かだ。
怒りも、声もない。
ただ、契約通りに。
それが最も効くと知っているから。
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