『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

文字の大きさ
30 / 40

第30話 終わった名前

しおりを挟む
第30話 終わった名前

 王都に、公式な発表が出たのは朝だった。

 アメリア伯爵令嬢は、傷害の罪で有罪。
 判決は、終身に近い長期幽閉。
 情状酌量は、一切認められなかった。

 ――当然の結末だ。

 シルフィーネは、書簡を静かに閉じた。

 そこに、達成感はない。
 怒りも、歓喜もない。

 あるのは、ただ――終わったという感覚だけだった。



 続いて、もう一つの報せが届く。

「……ライオネル様の件です」

 父が、執務机越しに告げる。

「婚約破棄に至る経緯、
 その後の不誠実な対応、
 派閥との癒着――」

 淡々と列挙される項目。

「爵位は維持されるが、
 主要な役職からは外された。
 事実上の失脚だ」

 それが、この国における“限界”なのだろう。

「……そうですか」

 シルフィーネは、頷くだけだった。

 彼の名を聞いても、
 胸は、もうざわつかない。



 午後、公爵邸の庭を歩く。

 季節は、確実に進んでいた。
 花の色も、空気も、以前とは違う。

「……名前が、終わったのですね」

 ぽつりと呟く。

 “元婚約者”。
 “かつての想い人”。

 そうした呼び名は、
 もう、自分の中に存在しない。

 彼は、
 ただの“過去の一人物”になった。

 それは、勝利ではない。
 解放だ。



 夕刻、王城から正式な召喚状が届いた。

 内容は簡潔。

> これまでの一連の件に関し、
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルクの
判断と対応は、極めて冷静かつ適切であった。

よって、王家として正式に感謝を表する。



 褒賞も、追加の肩書もない。

 だが、それでいい。

「……評価とは、こういうものですね」

 騒がれず、飾られず、
 ただ記録として残る。

 ノルディアで見た価値観と、
 不思議と重なった。



 夜。

 シルフィーネは、白紙のままだった手紙を取り出した。

 宛名は、ノルディア王城。
 差出人は、自分。

 ペンを取り、ゆっくりと書き始める。

> ご無沙汰しております。

こちらでの件は、すべて決着いたしました。
私は今、過去に引きずられることなく、
自分の意思で未来を選べる状態にあります。



 一度、ペンを止める。

 そして、続けた。

> 次にお目にかかるときは、
“守られる立場”としてではなく、
自ら立つ者として伺いたく存じます。



 署名をして、封をする。

 まだ、返事は来ない。
 来るかどうかも、分からない。

 それでもいい。



 窓の外には、静かな夜。

 過去は、終わった。
 名前も、役割も、立場も。

 残っているのは、
 自分がどう生きるかという問いだけ。

 シルフィーネは、深く息を吸い、微笑んだ。

 もう、誰かの判断を待つ必要はない。

 ――次は、
 自分が選ぶ番だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

【完結】王妃を廃した、その後は……

かずきりり
恋愛
私にはもう何もない。何もかもなくなってしまった。 地位や名誉……権力でさえ。 否、最初からそんなものを欲していたわけではないのに……。 望んだものは、ただ一つ。 ――あの人からの愛。 ただ、それだけだったというのに……。 「ラウラ! お前を廃妃とする!」 国王陛下であるホセに、いきなり告げられた言葉。 隣には妹のパウラ。 お腹には子どもが居ると言う。 何一つ持たず王城から追い出された私は…… 静かな海へと身を沈める。 唯一愛したパウラを王妃の座に座らせたホセは…… そしてパウラは…… 最期に笑うのは……? それとも……救いは誰の手にもないのか *************************** こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

恩知らずの婚約破棄とその顛末

みっちぇる。
恋愛
シェリスは婚約者であったジェスに婚約解消を告げられる。 それも、婚約披露宴の前日に。 さらに婚約披露宴はパートナーを変えてそのまま開催予定だという! 家族の支えもあり、婚約披露宴に招待客として参加するシェリスだが…… 好奇にさらされる彼女を助けた人は。 前後編+おまけ、執筆済みです。 【続編開始しました】 執筆しながらの更新ですので、のんびりお待ちいただけると嬉しいです。 矛盾が出たら修正するので、その時はお知らせいたします。

[完結]だってあなたが望んだことでしょう?

青空一夏
恋愛
マールバラ王国には王家の血をひくオルグレーン公爵家の二人の姉妹がいる。幼いころから、妹マデリーンは姉アンジェリーナのドレスにわざとジュースをこぼして汚したり、意地悪をされたと嘘をついて両親に小言を言わせて楽しんでいた。 アンジェリーナの生真面目な性格をけなし、勤勉で努力家な姉を本の虫とからかう。妹は金髪碧眼の愛らしい容姿。天使のような無邪気な微笑みで親を味方につけるのが得意だった。姉は栗色の髪と緑の瞳で一見すると妹よりは派手ではないが清楚で繊細な美しさをもち、知性あふれる美貌だ。 やがて、マールバラ王国の王太子妃に二人が候補にあがり、天使のような愛らしい自分がふさわしいと、妹は自分がなると主張。しかし、膨大な王太子妃教育に我慢ができず、姉に代わってと頼むのだがーー

病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します

佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。 セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。 婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

処理中です...