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第四話 真実の愛の代償
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第四話 真実の愛の代償
違約金の第一便が公爵家に届いたのは、三日後のことでした。
金貨の入った箱がいくつも並べられ、財務官が震える手で確認印を押す。
まるで戦利品のようだと、誰かが囁きました。
けれど、これは戦ではございません。
ただの清算。
契約の履行でございます。
王都は、思っていた以上に騒がしくなっておりました。
「王太子は未亡人に入れ込んで国庫を空にした」 「いや、公爵家が冷酷すぎる」 「そもそもあの未亡人、怪しくないか?」
噂は、形を変えて広がっていきます。
私は変わらず、朝の紅茶を楽しんでおりました。
クララが困った顔で新聞を持ってきます。
「お嬢様……ご覧になります?」
「ええ」
そこには大きく書かれていました。
『伯爵夫人、魔性の女か』
あらまあ。
「サキュバスに憑かれているなどと……」
クララが顔をしかめます。
「ひどいですわ」
「ええ」
私は頷きました。
「ひどいですわね」
けれど、驚きはいたしません。
世間は、理由を欲しがります。
王太子が理性を欠くほどの選択をした。
ならば原因は何か。
恋?
それでは納得できない。
だから――魔性。
悪魔。
呪い。
責任を、誰かに押しつけたいだけです。
午後、神殿が動いたとの報が入りました。
「伯爵夫人に浄化の儀を」
なんとも大げさな。
そのころ、王宮では。
「馬鹿げている!」
エーヴェルハルト殿下の声が響いたと、侍従が語りました。
「彼女を侮辱するな!」
守る、と言った男は、確かに怒った。
けれど。
怒れば怒るほど、疑念は深まるのです。
「やはり操られているのでは」 「そこまで肩を持つとは」
火に油。
私は窓辺に立ち、王宮の塔を眺めました。
あの塔の中で、殿下は必死に守ろうとしているのでしょう。
名誉を。
愛を。
選択を。
けれど。
守るとは、感情ではございません。
守るとは、結果でございます。
数日後、公開の場で浄化の儀が執り行われました。
セレナ様は白い衣に身を包み、壇上に立たれたと聞きます。
震えながら。
それでも、凛として。
儀式は何事もなく終わりました。
悪魔の影など、出るはずもありません。
当然です。
恋に堕ちたのは、殿下ご自身。
悪魔のせいではございませんもの。
それでも。
噂は完全には消えませんでした。
消えないどころか、別の形へと変わります。
「ではなぜ、あそこまで理性を失ったのか」
答えは簡単。
人は、自分の正義に酔うもの。
その夜、王宮から使者が来ました。
殿下が、私に会いたいと。
私は断りませんでした。
断る理由もございません。
久しぶりに対面した殿下は、少しやつれて見えました。
「アーデルハイト」
「お久しぶりでございます」
「世間の噂は聞いているだろう」
「ええ」
「彼女は何もしていない」
「存じております」
殿下は、はっと顔を上げました。
「信じるのか?」
「恋を悪魔のせいにするのは、少々失礼ですわ」
静かに、淡々と。
殿下は言葉を失いました。
「私は……間違っていない」
「殿下」
私はやわらかく遮ります。
「正しさと責任は、別のものでございます」
守ると言った。
婚約を解消した。
違約金を支払った。
世論が荒れた。
すべては、選択の結果。
殿下は拳を握りました。
「君は、何も失っていないな」
「そうでしょうか」
私は小さく微笑みました。
「婚約者を失いましたわ」
「……」
「もっとも」
私は視線をまっすぐに向けます。
「選ばれなかったのであれば、選び直すだけでございます」
殿下の瞳に、初めて迷いが浮かびました。
守る、と言った男。
けれど今は、守るべきものが増えすぎている。
名誉。
愛。
王位。
すべてを同時には守れない。
私は立ち上がりました。
「殿下。どうかご自愛くださいませ」
それは皮肉ではなく、本心。
倒れていただいては、困りますもの。
王宮を出るころ、夜風が少し冷たくなっていました。
王都の灯りは変わらず輝いています。
けれど。
人々の視線は、もう殿下に向いている。
公爵令嬢ではなく。
未亡人でもなく。
“選んだ男”に。
真実の愛には、代償がございます。
それを、殿下はこれから知ることになるでしょう。
私は馬車に乗り込み、ゆっくりと扉を閉めました。
違約金は、すでに運用の準備が整っております。
恋の余熱が消えるころ。
現実は、静かに形を変える。
――さて。
次に動くのは、どの国でしょうか。
違約金の第一便が公爵家に届いたのは、三日後のことでした。
金貨の入った箱がいくつも並べられ、財務官が震える手で確認印を押す。
まるで戦利品のようだと、誰かが囁きました。
けれど、これは戦ではございません。
ただの清算。
契約の履行でございます。
王都は、思っていた以上に騒がしくなっておりました。
「王太子は未亡人に入れ込んで国庫を空にした」 「いや、公爵家が冷酷すぎる」 「そもそもあの未亡人、怪しくないか?」
噂は、形を変えて広がっていきます。
私は変わらず、朝の紅茶を楽しんでおりました。
クララが困った顔で新聞を持ってきます。
「お嬢様……ご覧になります?」
「ええ」
そこには大きく書かれていました。
『伯爵夫人、魔性の女か』
あらまあ。
「サキュバスに憑かれているなどと……」
クララが顔をしかめます。
「ひどいですわ」
「ええ」
私は頷きました。
「ひどいですわね」
けれど、驚きはいたしません。
世間は、理由を欲しがります。
王太子が理性を欠くほどの選択をした。
ならば原因は何か。
恋?
それでは納得できない。
だから――魔性。
悪魔。
呪い。
責任を、誰かに押しつけたいだけです。
午後、神殿が動いたとの報が入りました。
「伯爵夫人に浄化の儀を」
なんとも大げさな。
そのころ、王宮では。
「馬鹿げている!」
エーヴェルハルト殿下の声が響いたと、侍従が語りました。
「彼女を侮辱するな!」
守る、と言った男は、確かに怒った。
けれど。
怒れば怒るほど、疑念は深まるのです。
「やはり操られているのでは」 「そこまで肩を持つとは」
火に油。
私は窓辺に立ち、王宮の塔を眺めました。
あの塔の中で、殿下は必死に守ろうとしているのでしょう。
名誉を。
愛を。
選択を。
けれど。
守るとは、感情ではございません。
守るとは、結果でございます。
数日後、公開の場で浄化の儀が執り行われました。
セレナ様は白い衣に身を包み、壇上に立たれたと聞きます。
震えながら。
それでも、凛として。
儀式は何事もなく終わりました。
悪魔の影など、出るはずもありません。
当然です。
恋に堕ちたのは、殿下ご自身。
悪魔のせいではございませんもの。
それでも。
噂は完全には消えませんでした。
消えないどころか、別の形へと変わります。
「ではなぜ、あそこまで理性を失ったのか」
答えは簡単。
人は、自分の正義に酔うもの。
その夜、王宮から使者が来ました。
殿下が、私に会いたいと。
私は断りませんでした。
断る理由もございません。
久しぶりに対面した殿下は、少しやつれて見えました。
「アーデルハイト」
「お久しぶりでございます」
「世間の噂は聞いているだろう」
「ええ」
「彼女は何もしていない」
「存じております」
殿下は、はっと顔を上げました。
「信じるのか?」
「恋を悪魔のせいにするのは、少々失礼ですわ」
静かに、淡々と。
殿下は言葉を失いました。
「私は……間違っていない」
「殿下」
私はやわらかく遮ります。
「正しさと責任は、別のものでございます」
守ると言った。
婚約を解消した。
違約金を支払った。
世論が荒れた。
すべては、選択の結果。
殿下は拳を握りました。
「君は、何も失っていないな」
「そうでしょうか」
私は小さく微笑みました。
「婚約者を失いましたわ」
「……」
「もっとも」
私は視線をまっすぐに向けます。
「選ばれなかったのであれば、選び直すだけでございます」
殿下の瞳に、初めて迷いが浮かびました。
守る、と言った男。
けれど今は、守るべきものが増えすぎている。
名誉。
愛。
王位。
すべてを同時には守れない。
私は立ち上がりました。
「殿下。どうかご自愛くださいませ」
それは皮肉ではなく、本心。
倒れていただいては、困りますもの。
王宮を出るころ、夜風が少し冷たくなっていました。
王都の灯りは変わらず輝いています。
けれど。
人々の視線は、もう殿下に向いている。
公爵令嬢ではなく。
未亡人でもなく。
“選んだ男”に。
真実の愛には、代償がございます。
それを、殿下はこれから知ることになるでしょう。
私は馬車に乗り込み、ゆっくりと扉を閉めました。
違約金は、すでに運用の準備が整っております。
恋の余熱が消えるころ。
現実は、静かに形を変える。
――さて。
次に動くのは、どの国でしょうか。
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