『婚約破棄はお好きにどうぞ。――真実の愛に酔った王太子の末路と、私は隣国で王妃になります』

鷹 綾

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第八話 守ると言った人

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第八話 守ると言った人

 婚約発表の翌日。

 王都は、驚くほど静かでした。

 嵐の前の静けさ、と申しますか。
 いえ、むしろ嵐が過ぎたあとの、妙な静寂。

 王太子殿下が私との婚約を解消し、違約金を支払い、未亡人を守ると宣言し、そして私が隣国王との婚約を受けた。

 一連の流れがあまりに鮮やかすぎて、人々は今、ようやく事態を飲み込み始めている。

 

「お嬢様、街では――」

 クララが小声で報告いたします。

「どのように?」

「“王太子が選び、そして公爵令嬢も選んだ”と」

 それは、思っていたよりも公平な言い方でした。

 

 悪女だの、復讐だのと騒ぐ者もおりますが、大半はこう理解し始めています。

 王太子は未亡人を選んだ。

 公爵令嬢は隣国王を選んだ。

 それだけのことだ、と。

 

 けれど。

 “選ぶ”には責任が伴います。

 

 その責任が、いま王宮を圧迫している。

 

 議会では、王太子殿下の権限見直し案が出ていると聞きました。

「同盟解消の判断が拙速であったのではないか」 「財政に過度な負担を与えたのではないか」

 すべて、事実の積み重ね。

 感情ではなく、数字。

 

 そのころ。

 未亡人セレナ様は、公の場から姿を消しておりました。

 屋敷に籠り、面会を断っているという噂。

 

 私は、ふと思い立ちました。

「馬車を用意なさい」

「どちらへ?」

「ローゼンベルク伯爵邸へ」

 クララが目を丸くします。

「お嬢様が、ですか?」

「ええ」

 

 門前は、思っていたより静かでした。

 警備も簡素。

 かつては華やかな家だったのでしょう。

 いまは、少し影が差しております。

 

 応接間に通されると、セレナ様はすぐに現れました。

 顔色は良くありません。

 けれど、逃げるような目ではない。

 

「公爵令嬢……」

「お久しぶりでございます」

 

 しばし、沈黙。

 先に口を開いたのは、セレナ様でした。

「笑いに来られたのですか」

「まさか」

 私は首を振ります。

「そのような趣味はございません」

 

 セレナ様は唇を噛みました。

「私は、殿下を奪うつもりなど……」

「存じております」

 彼女の目が、わずかに揺れます。

「私はただ……」

「守られたかった」

 

 言葉を、先に置きました。

 彼女は小さく頷きます。

 

「殿下は、守ると仰いましたわね」

「ええ……」

「ならば、守っていただくべきです」

 

 セレナ様は顔を上げました。

「どういうことですの」

「殿下は、ご自身で選ばれたのです」

 守る、と。

「選んだのであれば、最後まで責任を果たすべきでございます」

 

 彼女はしばらく黙っていました。

「世間は……私を魔女のように言います」

「恋を悪魔のせいにするのは、楽でございますもの」

 

 私は立ち上がりました。

「ですが、悪魔ではございませんわ」

 

 セレナ様は、震える声で問いました。

「あなたは……殿下を憎んでいらっしゃらないのですか」

 

 私は、少しだけ考えました。

 ほんの一瞬。

 

「殿下は、守ると仰いました」

 それだけを返します。

「私は、守るとは言われませんでした」

 

 それが、すべて。

 

 屋敷を出ると、夕暮れでした。

 赤い空。

 王都の塔が、遠くに見えます。

 

 王太子殿下は、いま何を思っているのでしょう。

 守ると宣言した女性が、世間に叩かれている。

 元婚約者は隣国へ嫁ぐ。

 議会は圧力を強める。

 

 守るという言葉は、美しい。

 けれど。

 言うだけなら、誰にでもできる。

 

 守るとは、耐えること。

 守るとは、背負うこと。

 守るとは、最後まで立ち続けること。

 

 殿下は、そこまで理解していらっしゃったでしょうか。

 

 馬車に揺られながら、私は小さく息を吐きました。

 隣国との婚約式の日程は、間もなく決まる。

 私は、もう戻らない。

 

 守られる側ではなく。

 選ぶ側へ。

 

 そして。

 守る、と言った人は。

 これから、本当に守れるのか。

 

 答えは、もうすぐ出ます。
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