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第九話 議会という現実
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第九話 議会という現実
王宮の議会場は、いつもより空気が重いと聞きました。
重厚な柱。赤い絨毯。高い天井。
けれど、その場に満ちているのは威厳ではなく、疑念。
「王太子殿下のご判断は拙速であったのではないか」
「同盟解消による財政影響を、十分に試算なされたのか」
問いは、感情ではなく数字で飛ぶ。
守る、と言った言葉は、いまは議事録の片隅に追いやられている。
私はその場におりません。
けれど、報告は逐一届きます。
公爵家という立場は、良くも悪くも耳が早いのです。
「お嬢様、議会で“権限縮小案”が出たそうです」
クララが顔を曇らせました。
「王太子殿下の?」
「はい。外交判断の単独裁量を制限する、と」
あら。
ずいぶんと踏み込んでまいりましたわね。
私は窓辺に立ち、遠く王宮の塔を眺めました。
あの中で、殿下はきっと一人で立っている。
守る、と言った男。
いまは、ご自身の地位を守らねばならない。
そのころ、王宮では。
「私は国を裏切っていない!」
殿下の声が響いたと、伝え聞きました。
「未亡人の継承は法に基づいている!」
「ですが、前例はございません」
宰相の冷静な返答。
議会は、理屈で動く場所。
愛も、同情も、通用いたしません。
そして。
違約金の支払いが、いまや現実の数字として帳簿に刻まれている。
午後、隣国から正式な婚約式の日程案が届きました。
一か月後。
ヴァルディア王都にて。
「ずいぶん早いですわね」
「勢いがあるうちに、ということでしょう」
父が淡々と答えます。
勢い。
ええ。
風向きが変わるときは、一気に変わるもの。
その日の夕刻、王宮から再び呼び出しがありました。
議会終了後の、静かな時間。
殿下は机に肘をつき、額に手を当てておられました。
「……来たか」
「お疲れのようでございますね」
「君は、余裕だな」
「余裕ではございません」
私は首を振ります。
「ただ、想定内でございます」
殿下は苦笑しました。
「想定外と言っていたではないか」
「殿下の恋情は、でございます」
議会の反応は、想定内。
国家は、感情よりも安定を求める。
「議会は、私の権限を削ろうとしている」
「当然でございましょう」
「当然?」
私は目を合わせます。
「王太子が単独で同盟を解消し、巨額の違約金を支払った。再発防止策を講じるのは、議会の義務でございます」
殿下は椅子から立ち上がりました。
「私は責任を取った!」
「はい」
「まだ足りぬのか」
「責任とは、罰を受けることではございません」
殿下が、わずかに目を見開く。
「責任とは、結果を引き受け続けることでございます」
沈黙。
重たい沈黙。
「君は、私を裁いている」
「いいえ」
私は静かに否定します。
「裁いているのは、議会でございます」
殿下は窓の外を見ました。
王都の灯りが揺れている。
「隣国王は、君を王妃にする」
「ええ」
「それで、王国と敵対するのか」
「まさか」
私はわずかに眉を上げました。
「敵対は、利がございません」
殿下は振り返ります。
「では?」
「安定した関係を築くのみ」
恋ではなく、契約。
情ではなく、均衡。
「君は、本当に……」
殿下は言葉を飲み込みました。
かつての婚約者としての感情が、ほんの一瞬だけよぎったのかもしれません。
けれど。
それはもう、過去。
「殿下」
私は最後に申し上げました。
「守ると仰ったのですから」
「……」
「どうか、守り抜いてくださいませ」
未亡人を。
ご自身の選択を。
王位を。
私は背を向けました。
議会は、これからさらに厳しくなるでしょう。
世論も、簡単には収まりません。
そして私は、一か月後にはこの国を離れる。
王都の夜風は、少し冷たくなっておりました。
守ると言った人は、いま守られる側になりつつある。
けれど。
それもまた、選択の結果。
風向きは、止まりません。
次に吹く風は――
王太子を支えるものか。
それとも、さらに揺らすものか。
答えは、もうすぐ出ます。
王宮の議会場は、いつもより空気が重いと聞きました。
重厚な柱。赤い絨毯。高い天井。
けれど、その場に満ちているのは威厳ではなく、疑念。
「王太子殿下のご判断は拙速であったのではないか」
「同盟解消による財政影響を、十分に試算なされたのか」
問いは、感情ではなく数字で飛ぶ。
守る、と言った言葉は、いまは議事録の片隅に追いやられている。
私はその場におりません。
けれど、報告は逐一届きます。
公爵家という立場は、良くも悪くも耳が早いのです。
「お嬢様、議会で“権限縮小案”が出たそうです」
クララが顔を曇らせました。
「王太子殿下の?」
「はい。外交判断の単独裁量を制限する、と」
あら。
ずいぶんと踏み込んでまいりましたわね。
私は窓辺に立ち、遠く王宮の塔を眺めました。
あの中で、殿下はきっと一人で立っている。
守る、と言った男。
いまは、ご自身の地位を守らねばならない。
そのころ、王宮では。
「私は国を裏切っていない!」
殿下の声が響いたと、伝え聞きました。
「未亡人の継承は法に基づいている!」
「ですが、前例はございません」
宰相の冷静な返答。
議会は、理屈で動く場所。
愛も、同情も、通用いたしません。
そして。
違約金の支払いが、いまや現実の数字として帳簿に刻まれている。
午後、隣国から正式な婚約式の日程案が届きました。
一か月後。
ヴァルディア王都にて。
「ずいぶん早いですわね」
「勢いがあるうちに、ということでしょう」
父が淡々と答えます。
勢い。
ええ。
風向きが変わるときは、一気に変わるもの。
その日の夕刻、王宮から再び呼び出しがありました。
議会終了後の、静かな時間。
殿下は机に肘をつき、額に手を当てておられました。
「……来たか」
「お疲れのようでございますね」
「君は、余裕だな」
「余裕ではございません」
私は首を振ります。
「ただ、想定内でございます」
殿下は苦笑しました。
「想定外と言っていたではないか」
「殿下の恋情は、でございます」
議会の反応は、想定内。
国家は、感情よりも安定を求める。
「議会は、私の権限を削ろうとしている」
「当然でございましょう」
「当然?」
私は目を合わせます。
「王太子が単独で同盟を解消し、巨額の違約金を支払った。再発防止策を講じるのは、議会の義務でございます」
殿下は椅子から立ち上がりました。
「私は責任を取った!」
「はい」
「まだ足りぬのか」
「責任とは、罰を受けることではございません」
殿下が、わずかに目を見開く。
「責任とは、結果を引き受け続けることでございます」
沈黙。
重たい沈黙。
「君は、私を裁いている」
「いいえ」
私は静かに否定します。
「裁いているのは、議会でございます」
殿下は窓の外を見ました。
王都の灯りが揺れている。
「隣国王は、君を王妃にする」
「ええ」
「それで、王国と敵対するのか」
「まさか」
私はわずかに眉を上げました。
「敵対は、利がございません」
殿下は振り返ります。
「では?」
「安定した関係を築くのみ」
恋ではなく、契約。
情ではなく、均衡。
「君は、本当に……」
殿下は言葉を飲み込みました。
かつての婚約者としての感情が、ほんの一瞬だけよぎったのかもしれません。
けれど。
それはもう、過去。
「殿下」
私は最後に申し上げました。
「守ると仰ったのですから」
「……」
「どうか、守り抜いてくださいませ」
未亡人を。
ご自身の選択を。
王位を。
私は背を向けました。
議会は、これからさらに厳しくなるでしょう。
世論も、簡単には収まりません。
そして私は、一か月後にはこの国を離れる。
王都の夜風は、少し冷たくなっておりました。
守ると言った人は、いま守られる側になりつつある。
けれど。
それもまた、選択の結果。
風向きは、止まりません。
次に吹く風は――
王太子を支えるものか。
それとも、さらに揺らすものか。
答えは、もうすぐ出ます。
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