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悪霊屋敷の謎
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よし、お夕食が終わったら絶対部屋に返すぞ。そう意気込みをして、ベッドに横たわった。羽根布団がふわっと私を包み込んで、仄かにローズの香りがする。
気持ちいいなぁ……眠たくなってきちゃう。移動してくる車の中で散々寝たのに……。
やってくる睡魔に抵抗する気もなく、段々に意識が遠のいていった……その時。
「イヤアァァァァッ!」
耳を劈くような突然の金切り声に、私も捺も飛び起きて廊下へと出た。西側の写真を撮った部屋から誰かの泣きじゃくる声が聞こえる。
急いで向かうと、部屋の入り口付近に座り込んだ由香さんの姿があった。肩をぶるぶると震わせて、涙をぽろぽろ零している。彼女に寄り添って、背中を優しく擦り片手を握った。彼女の手は酷く冷たく、堅く握り締められている。
「どうしたんですか」
捺の言葉に、彼女は震える手を弱々しく上げて、奥に続いている通路を指さした。それから歯をがたがた鳴らせながら、なんとか聞き取れる言葉で言う。
「……影……あ、あそこ、影が……あったの。私……見ちゃった………」
そこまで言い切ると、再びしゃくり上げて涙を流し始める。彼女の指さした方向は、今は何も写っていないただの壁だった。捺は急いで通路へと向かう。
「どうしました!」
声を聞いてやってきた真琴さんや使用人の人達が、泣きじゃくっている由香さんを見て驚いた顔をしている。由香さんは真琴さんに抱き着いて、まるで子供のように泣きじゃくってる。
「真琴さんの写真に写った影を見たらしいんです。今捺が見に行っています、私も行きますのでお願いします」
由香さんに添えていた手を離し、捺の後を追った。通路を入ってすぐにある部屋に捺の姿がある。
「捺、どうだった?」
「……いや、何も居ないし、電気も付いてなかった」
この部屋は壁に備え付けの棚があるから、隠れる所は全くない。しかも窓もないから窓から逃げる事も不可能だし、この通路の奥も行き止まり、そこまでに窓もなし。つまりこの倉庫と通路から出るには、必ず由香さんのいた部屋を通って行かないとなのだ。
「……密室ってやつ?」
「どうだろうな……そもそも影の出来る原因も分かっていない。……詳しく話を聞いてみるか」
私と捺は倉庫を後にして、客間へと戻った。詩織さんも声を聞いて駆けつけて来たようで、流石に今はちゃんと由香さんを慰めていた。そのおかげか、由香さんも今は大分落ち着いているようだ。
「柴田さん、燈さん……どうでしたか?」
戻って来た私達に、不安そうな表情の真琴さんが尋ねてくる。
「誰も居ませんでした。出来れば由香さんに詳しい話を聞きたいのですが……今は厳しいでしょうか」
「……いいえ、大丈夫です。だけど、私が見たのは影だけで、他に何も……」
「影は真琴さんの写真のような物でしたか?」
「そうだったと……思います……」
「確認ですが、俺と燈がこの部屋に来るまでに誰か居たり通ったりしませんでしたね?」
「えぇ、誰もいませんでしたわ……」
まだ少し息が荒いまま、由香さんは赤い目をして答えた。数時間前に見た気が強い彼女の姿は何処へやらといった感じだ。真琴さんに寄り添われている姿は、親子としても成り立ちそうなくらい。実際に話している最中も、由香さんはずっと真琴さんの手を握り締めていた。
「……そうですか、ありがとうございます。皆さん、なるべく此処には近寄らないようにしてください。詳しく調査致しますので」
捺がそう言うと、全員が頷いて答えた。
夕食後、各々の部屋で皆が過ごしていた。由香さんは落ち着いては居るものの一人で居る事は出来ないそうで、真琴さんがつきっきりになっていた。他の人達も、なるべく部屋で過ごすようにと言いつけられている。
「由香さん、何を見たんだろうね? やっぱり何か居るのかな」
「さあな。それを調べに来たんだろう、俺は専門家じゃないが」
捺の部屋で改めて由香さんの元へ駆けつけた時の話をしていた。詳しい事は明日調べる事になったけど、あんなに取り乱した由香さんを見ていたら自分も一人でいる事が怖くなって、捺の部屋に居座っていたのだ。ま、さっきは私の部屋に居座ってたんだから、お相子だよね。
「本当に霊感あるのかな……」
自分には無い感覚だから、絶対的に霊は存在するとは言い切れないけど。でも何かしらの存在はあるんじゃないかって、頭の隅で思ってる。捺は絶対信じないだろうけどね、心霊写真の時だって否定的だったわけだし。
そう思っていたのに、捺は私の想像をあっさりとひっくり返してくれる。
「それは本人にしか分からないだろ。俺達は自分の目に見える世界しか信じられない。彼女は彼女の見えている世界が真実だと思う事は当然だ。だから一概に否定は出来ない、何も調べずに肯定否定をしている方が、余程馬鹿らしい」
「へぇ。捺、現実主義だと思ってた」
「現実主義ではある。ただ今肯定派と否定派が行っている論争は、どれも憶測でしか物を言っていない。どっちも証拠不十分の癖に堂々と物言える様だけは称賛に値するが、そんな下らないことしている前に実験を成功させてこいって事だ」
捺は向かいのソファで、私の部屋の時と同じように寝そべっている。
私もそろそろ部屋に戻って、シャワー浴びようかな。お風呂にある鏡はちょっと怖いけど、見ないようにすれば大丈夫だよね。流石に誰かと一緒に入るのはちょっとねぇ……
立ち上がろうとした時、部屋をノックする音が聞こえた。
「真琴です、今大丈夫でしょうか」
「どうぞ」
ずっと由香さんに付きっきりだったはずの真琴さんが、単身で部屋を訪れた。部屋へ招き入れると、彼女は少し困った様子で言った。
「お休みの所申し訳ございません。実はさっきも姉が霊が見えたと言いまして……」
「え、またですか? あの部屋に行ったんですか?」
「いいえ、そこではなく、部屋の鏡に映ったらしいんです。それで怯えてしまっていて……ご報告した方が良いかと思いまして」
「分かりました。部屋まで案内してもらえますか?」
真琴さんの案内で、由香さんが使っている部屋に訪れた。中は私達のゲストルームと同じ位の広さがある。家具は白が基調で統一されていて、私の部屋よりは明かるい印象があった。
「ここの鏡に映ったらしいんです。私も一緒にいたのですが、姉がそう言ってからすぐに室内を見ましたが何もいませんでした」
少しメイキングが乱れたベッドの隣にドレッサーが配置してあり、そこを指して言った。ドレッサーの上には化粧水や乳液の蓋が開いたまま放置されている。コンタクトレンズのケースも置きっぱなしだ。
座った時映る鏡の反対側には、人物画らしき物と花瓶くらいだろう。ドレッサーの鏡はそこまで大きくはない。顔の両端に写る範囲だったら、それが限界だろう。
「由香さんはどちらへ?」
「今は私の部屋で使用人と共にいます。ご案内しますね」
「お願いします」
捺は部屋の中をあまり調べないまま、真琴さんの部屋へと向かった。調べなくて良いんだろうか……でも私もいつまでもこの鏡の前に居たくないし、部屋を出て行く二人を急いで追いかけた。
真琴さんの部屋は、由香さんの部屋の二つ隣にあった。中は他と同じ広さで、内装は私の部屋とあまり変わらないものだ。真琴さんの部屋よりはどちらかというとカントリーな方だろうか。そこの部屋で、ソファに座っていた由香さんを支えるように使用人の人が隣に座っていた。
由香さんは顔を上げると、こちらに走って来る。やっぱり真琴さんの方が落ち着くのかな、さっきだってあやされていたし。
真琴さんは面倒見が良いし、仲が良いんだな。そう思っていたら入って来た真琴さんを通り過ぎて私の前にいた人物に抱き着いた。
「な……っ!」
「っ……………」
抱き着かれた方は突然の出来事に硬直しているようだ。抵抗する気が無いのかと思ったけど、どうやらそうじゃない。指先まで固まっているから。
「捺さん、私怖いんですの。お爺様の次は私を……そう言われているかの様で、怖くてたまらないんです……」
捺の背中まで回された手は、しっかりと捺の服を握り締めている。前に回って見ると、捺は苦々しい表情で自分の胸に顔を埋める由香さんを見下ろしていた。
これは珍しい捺の表情だ。本気で怖がってる由香さんには申し訳ないけど、今まで好き勝手言い返して突き放してきた自分勝手の捺が、嫌な事を仕方なく受け入れているなんて滅多にない事だもの。流石の捺でも怖がっている人を突き放す事は出来ないようで、仕方なく離れてくれるのを大人しく待っているようだった。
にしても由香さんが此処まで積極的に行動出来る人だとは、意外だった。確かに部屋に押し掛けたりお茶に誘ったりはしていたけど、それでも奥手な方だと思っていたから。だけど、怖がってるわりには昼間の時と比べて手は震えてないし、声も普通だった。
真琴さんに諭されて、やっとの事で捺から離れた。ソファに向かう為捺に背を向けた時、一瞬由香さんはニヤッと真っ赤な唇を持ち上げた。まさか、狙ってやったの!? そう思うと由香さんの発言、ちょっと信じられなくなってきた。
「では詳しい話を聞かせてください」
全員が座った所で、捺が切り出す。由香さんは捺に隣に座るように勧めていたけど、もう抱き着かれるのは勘弁と思ったのか間反対に腰掛けてる。
「お風呂からあがって、鏡台に座った時でした。化粧水の蓋を開けた時、なんだか視線を感じたので、顔を上げたら鏡に人の顔が見えて……。そのまま怖くて下を向いて、真琴を呼んだ時にはもう何もなくて……」
由香さんは流石にその時の事を話している時は、少し声が震えていた。その様子を見る限り、体験したことは間違いないように思える。
「それは視界の隅で見えましたか?」
「えぇ、はっきりと目を合わせてはいけない気がして……」
「見間違いとかではありませんか?」
「違います! ちゃんと居ました! 真っ白な顔をしていて、多分二十代の女性です。目は血のように真っ赤で、私の事を鏡の向こうから睨んでいたんですの。般若のように、恐ろしい顔で……髪は金色でしたから、外国の方なんだと思いますの」
「そうですか。分かりました、では由香さんの部屋も調査の対象に入りますので、今夜は他の部屋で誰かと一緒に過ごしてください」
そう言って捺は立ち上がり、部屋を出て行こうとすると、すかさず由香さんが止めに入る。
「やはり、男の方が居ないと不安ですの。使用人も全て女性ですし……だから……」
「本日は真琴さんと使用人の方数名と一緒に休んでください。それから真琴さん、もう少し由香さんの部屋を調べたいので、ご同行願えますか」
「あ……はい」
由香さんが最後まで言い切る前に、強制的に打ち切った捺。やっといつもの捺らしくなってきたじゃないの。
「私も……」
「危険です、貴方はこちらで待っていてください。何かあっては大変です」
立ち上がった由香さんを制して、捺はその様子を眺めていた私を目で促す。あ、来いという事ですね。
そそくさと立ち上がって、二人の後を追って出て行った。後ろから由香さんの悔しそうな視線が、背中に突き刺さる。痛い、早く逃れたい。廊下に出てからも、私は足早に二人の後を追って行った。
二人は再び由香さんの部屋に戻っていて、追って入った私が扉を閉めた所で真琴さんが切り出した。それから丁寧にお辞儀をする。
「さっきは姉がすみませんでした……多分姉も怖かったのだと思います。どうかお気になさらないてください」
「いえ、気にしていませんので。それよりいくつか伺いたい事があるのですが」
「はい、なんでしょうか」
「由香さんはコンタクトレンズ使用者で間違いありませんか? そこの上にケースが乗っていたので。それとも真琴さんのでしょうか?」
捺はドレッサーを指さして言った。
「あ……えぇ、そうです。お姉さまのです」
「それと、由香さんは以前から霊感があるような事を言っていましたが……」
「はい。幼い頃から言っていましたので、それは私も詩織も知っている事です」
「昔から霊感があったんですか? 凄いですね」
真琴さんはそうかしらと言う。
「私にはそういうのは一切見えないけど、よく子供の方が見えるとか言いますよね? だけど大人になると見えなくなるとか……だから大人になってからも霊が見える姉は凄いなって思っているんです」
「あ、確かにそうかも」
よく子供は見えない子供と遊ぶとかの話は聞いた事がある。純粋だから見る事が出来るとか言われているけど、大人になって廃れたら見えなくなるって事なのかな。
……だけど、由香さんて純粋か……? さっき捺に抱き着いたのは計画的な犯行に見えたし、純粋とは程遠いような……。まぁ、己の欲望のままに行動している辺りは子供張りだけども。
「以前見えた時もあんな風に取り乱していたんですか?」
「え……いえ、そういえばこんな風になったのは初めてでした。いつもは何処にいるとか、肩についてるとか言ってましたけど……」
真琴さんは、そういえば奇妙だと言った様子で語っていた。
「そうですか……分かりました。今夜は由香さんの傍に居てあげてください」
「分かりました」
部屋を出て、真琴さんがお辞儀をして自室に戻って行った。本当いつまでもお行儀の良い人だな……。
「……ね、捺。何か分かった?」
捺の部屋にそのまま入り込み、出る前と同じようにソファに寝転がった捺に問う。
「大方はな」
「えっ本当に? どんなトリック?」
「いや、まだ影の方は分かっていない。今の鏡の方だけだ」
「うん、だからそれ。教えて」
「……後で全員集まった時に説明する」
「なんで。勿体ぶらなくても良いじゃん、減る物じゃないんだし」
だけど捺は答える気はないようで、背中を向けて再びソファに埋もれる。
うぅ……気になって眠れなくなっちゃうじゃないか。
「ねぇ教えてよー」
「しつこい。執拗な女は嫌われるぞ」
く、こいつめ。また嫌味が始まったな。
「捺にはとっくに嫌われてるから問題ないし! ……そういう捺君は、由香さんに詩織さん、二人から好かれていて、さぞかしお幸せでしょうねー」
「あの二人の趣味は悪くないが、俺は年増に興味はない」
「年増って程の歳じゃないでしょ。しかも二人ともお金持ちだよ、逆玉じゃん」
「お前は金にしか興味がないのか。哀しい人生になるな」
ムカッ……
「少なくとも捺みたいに、常に一言居士しなくちゃ気が済まないような人よりは、マシな人生を送れますよ!」
「それは見ものだな」
ふっと笑った捺が、こっちをにやりと見上げている。くぅ、こいつめ、本当にまともな人生送れなくなるぞ、その性格!
「……帰る」
「やっと帰るか、これで静かになるな」
「……」
最後は何か言い返そうと思ったけど、また言っても言い返されるのが落ちだし、ここは負けるが勝ちだ……と言い聞かせて、部屋に戻って行った。ただちょっと腹いせに扉は乱暴に閉めて来ちゃったけど。
気持ちいいなぁ……眠たくなってきちゃう。移動してくる車の中で散々寝たのに……。
やってくる睡魔に抵抗する気もなく、段々に意識が遠のいていった……その時。
「イヤアァァァァッ!」
耳を劈くような突然の金切り声に、私も捺も飛び起きて廊下へと出た。西側の写真を撮った部屋から誰かの泣きじゃくる声が聞こえる。
急いで向かうと、部屋の入り口付近に座り込んだ由香さんの姿があった。肩をぶるぶると震わせて、涙をぽろぽろ零している。彼女に寄り添って、背中を優しく擦り片手を握った。彼女の手は酷く冷たく、堅く握り締められている。
「どうしたんですか」
捺の言葉に、彼女は震える手を弱々しく上げて、奥に続いている通路を指さした。それから歯をがたがた鳴らせながら、なんとか聞き取れる言葉で言う。
「……影……あ、あそこ、影が……あったの。私……見ちゃった………」
そこまで言い切ると、再びしゃくり上げて涙を流し始める。彼女の指さした方向は、今は何も写っていないただの壁だった。捺は急いで通路へと向かう。
「どうしました!」
声を聞いてやってきた真琴さんや使用人の人達が、泣きじゃくっている由香さんを見て驚いた顔をしている。由香さんは真琴さんに抱き着いて、まるで子供のように泣きじゃくってる。
「真琴さんの写真に写った影を見たらしいんです。今捺が見に行っています、私も行きますのでお願いします」
由香さんに添えていた手を離し、捺の後を追った。通路を入ってすぐにある部屋に捺の姿がある。
「捺、どうだった?」
「……いや、何も居ないし、電気も付いてなかった」
この部屋は壁に備え付けの棚があるから、隠れる所は全くない。しかも窓もないから窓から逃げる事も不可能だし、この通路の奥も行き止まり、そこまでに窓もなし。つまりこの倉庫と通路から出るには、必ず由香さんのいた部屋を通って行かないとなのだ。
「……密室ってやつ?」
「どうだろうな……そもそも影の出来る原因も分かっていない。……詳しく話を聞いてみるか」
私と捺は倉庫を後にして、客間へと戻った。詩織さんも声を聞いて駆けつけて来たようで、流石に今はちゃんと由香さんを慰めていた。そのおかげか、由香さんも今は大分落ち着いているようだ。
「柴田さん、燈さん……どうでしたか?」
戻って来た私達に、不安そうな表情の真琴さんが尋ねてくる。
「誰も居ませんでした。出来れば由香さんに詳しい話を聞きたいのですが……今は厳しいでしょうか」
「……いいえ、大丈夫です。だけど、私が見たのは影だけで、他に何も……」
「影は真琴さんの写真のような物でしたか?」
「そうだったと……思います……」
「確認ですが、俺と燈がこの部屋に来るまでに誰か居たり通ったりしませんでしたね?」
「えぇ、誰もいませんでしたわ……」
まだ少し息が荒いまま、由香さんは赤い目をして答えた。数時間前に見た気が強い彼女の姿は何処へやらといった感じだ。真琴さんに寄り添われている姿は、親子としても成り立ちそうなくらい。実際に話している最中も、由香さんはずっと真琴さんの手を握り締めていた。
「……そうですか、ありがとうございます。皆さん、なるべく此処には近寄らないようにしてください。詳しく調査致しますので」
捺がそう言うと、全員が頷いて答えた。
夕食後、各々の部屋で皆が過ごしていた。由香さんは落ち着いては居るものの一人で居る事は出来ないそうで、真琴さんがつきっきりになっていた。他の人達も、なるべく部屋で過ごすようにと言いつけられている。
「由香さん、何を見たんだろうね? やっぱり何か居るのかな」
「さあな。それを調べに来たんだろう、俺は専門家じゃないが」
捺の部屋で改めて由香さんの元へ駆けつけた時の話をしていた。詳しい事は明日調べる事になったけど、あんなに取り乱した由香さんを見ていたら自分も一人でいる事が怖くなって、捺の部屋に居座っていたのだ。ま、さっきは私の部屋に居座ってたんだから、お相子だよね。
「本当に霊感あるのかな……」
自分には無い感覚だから、絶対的に霊は存在するとは言い切れないけど。でも何かしらの存在はあるんじゃないかって、頭の隅で思ってる。捺は絶対信じないだろうけどね、心霊写真の時だって否定的だったわけだし。
そう思っていたのに、捺は私の想像をあっさりとひっくり返してくれる。
「それは本人にしか分からないだろ。俺達は自分の目に見える世界しか信じられない。彼女は彼女の見えている世界が真実だと思う事は当然だ。だから一概に否定は出来ない、何も調べずに肯定否定をしている方が、余程馬鹿らしい」
「へぇ。捺、現実主義だと思ってた」
「現実主義ではある。ただ今肯定派と否定派が行っている論争は、どれも憶測でしか物を言っていない。どっちも証拠不十分の癖に堂々と物言える様だけは称賛に値するが、そんな下らないことしている前に実験を成功させてこいって事だ」
捺は向かいのソファで、私の部屋の時と同じように寝そべっている。
私もそろそろ部屋に戻って、シャワー浴びようかな。お風呂にある鏡はちょっと怖いけど、見ないようにすれば大丈夫だよね。流石に誰かと一緒に入るのはちょっとねぇ……
立ち上がろうとした時、部屋をノックする音が聞こえた。
「真琴です、今大丈夫でしょうか」
「どうぞ」
ずっと由香さんに付きっきりだったはずの真琴さんが、単身で部屋を訪れた。部屋へ招き入れると、彼女は少し困った様子で言った。
「お休みの所申し訳ございません。実はさっきも姉が霊が見えたと言いまして……」
「え、またですか? あの部屋に行ったんですか?」
「いいえ、そこではなく、部屋の鏡に映ったらしいんです。それで怯えてしまっていて……ご報告した方が良いかと思いまして」
「分かりました。部屋まで案内してもらえますか?」
真琴さんの案内で、由香さんが使っている部屋に訪れた。中は私達のゲストルームと同じ位の広さがある。家具は白が基調で統一されていて、私の部屋よりは明かるい印象があった。
「ここの鏡に映ったらしいんです。私も一緒にいたのですが、姉がそう言ってからすぐに室内を見ましたが何もいませんでした」
少しメイキングが乱れたベッドの隣にドレッサーが配置してあり、そこを指して言った。ドレッサーの上には化粧水や乳液の蓋が開いたまま放置されている。コンタクトレンズのケースも置きっぱなしだ。
座った時映る鏡の反対側には、人物画らしき物と花瓶くらいだろう。ドレッサーの鏡はそこまで大きくはない。顔の両端に写る範囲だったら、それが限界だろう。
「由香さんはどちらへ?」
「今は私の部屋で使用人と共にいます。ご案内しますね」
「お願いします」
捺は部屋の中をあまり調べないまま、真琴さんの部屋へと向かった。調べなくて良いんだろうか……でも私もいつまでもこの鏡の前に居たくないし、部屋を出て行く二人を急いで追いかけた。
真琴さんの部屋は、由香さんの部屋の二つ隣にあった。中は他と同じ広さで、内装は私の部屋とあまり変わらないものだ。真琴さんの部屋よりはどちらかというとカントリーな方だろうか。そこの部屋で、ソファに座っていた由香さんを支えるように使用人の人が隣に座っていた。
由香さんは顔を上げると、こちらに走って来る。やっぱり真琴さんの方が落ち着くのかな、さっきだってあやされていたし。
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「な……っ!」
「っ……………」
抱き着かれた方は突然の出来事に硬直しているようだ。抵抗する気が無いのかと思ったけど、どうやらそうじゃない。指先まで固まっているから。
「捺さん、私怖いんですの。お爺様の次は私を……そう言われているかの様で、怖くてたまらないんです……」
捺の背中まで回された手は、しっかりと捺の服を握り締めている。前に回って見ると、捺は苦々しい表情で自分の胸に顔を埋める由香さんを見下ろしていた。
これは珍しい捺の表情だ。本気で怖がってる由香さんには申し訳ないけど、今まで好き勝手言い返して突き放してきた自分勝手の捺が、嫌な事を仕方なく受け入れているなんて滅多にない事だもの。流石の捺でも怖がっている人を突き放す事は出来ないようで、仕方なく離れてくれるのを大人しく待っているようだった。
にしても由香さんが此処まで積極的に行動出来る人だとは、意外だった。確かに部屋に押し掛けたりお茶に誘ったりはしていたけど、それでも奥手な方だと思っていたから。だけど、怖がってるわりには昼間の時と比べて手は震えてないし、声も普通だった。
真琴さんに諭されて、やっとの事で捺から離れた。ソファに向かう為捺に背を向けた時、一瞬由香さんはニヤッと真っ赤な唇を持ち上げた。まさか、狙ってやったの!? そう思うと由香さんの発言、ちょっと信じられなくなってきた。
「では詳しい話を聞かせてください」
全員が座った所で、捺が切り出す。由香さんは捺に隣に座るように勧めていたけど、もう抱き着かれるのは勘弁と思ったのか間反対に腰掛けてる。
「お風呂からあがって、鏡台に座った時でした。化粧水の蓋を開けた時、なんだか視線を感じたので、顔を上げたら鏡に人の顔が見えて……。そのまま怖くて下を向いて、真琴を呼んだ時にはもう何もなくて……」
由香さんは流石にその時の事を話している時は、少し声が震えていた。その様子を見る限り、体験したことは間違いないように思える。
「それは視界の隅で見えましたか?」
「えぇ、はっきりと目を合わせてはいけない気がして……」
「見間違いとかではありませんか?」
「違います! ちゃんと居ました! 真っ白な顔をしていて、多分二十代の女性です。目は血のように真っ赤で、私の事を鏡の向こうから睨んでいたんですの。般若のように、恐ろしい顔で……髪は金色でしたから、外国の方なんだと思いますの」
「そうですか。分かりました、では由香さんの部屋も調査の対象に入りますので、今夜は他の部屋で誰かと一緒に過ごしてください」
そう言って捺は立ち上がり、部屋を出て行こうとすると、すかさず由香さんが止めに入る。
「やはり、男の方が居ないと不安ですの。使用人も全て女性ですし……だから……」
「本日は真琴さんと使用人の方数名と一緒に休んでください。それから真琴さん、もう少し由香さんの部屋を調べたいので、ご同行願えますか」
「あ……はい」
由香さんが最後まで言い切る前に、強制的に打ち切った捺。やっといつもの捺らしくなってきたじゃないの。
「私も……」
「危険です、貴方はこちらで待っていてください。何かあっては大変です」
立ち上がった由香さんを制して、捺はその様子を眺めていた私を目で促す。あ、来いという事ですね。
そそくさと立ち上がって、二人の後を追って出て行った。後ろから由香さんの悔しそうな視線が、背中に突き刺さる。痛い、早く逃れたい。廊下に出てからも、私は足早に二人の後を追って行った。
二人は再び由香さんの部屋に戻っていて、追って入った私が扉を閉めた所で真琴さんが切り出した。それから丁寧にお辞儀をする。
「さっきは姉がすみませんでした……多分姉も怖かったのだと思います。どうかお気になさらないてください」
「いえ、気にしていませんので。それよりいくつか伺いたい事があるのですが」
「はい、なんでしょうか」
「由香さんはコンタクトレンズ使用者で間違いありませんか? そこの上にケースが乗っていたので。それとも真琴さんのでしょうか?」
捺はドレッサーを指さして言った。
「あ……えぇ、そうです。お姉さまのです」
「それと、由香さんは以前から霊感があるような事を言っていましたが……」
「はい。幼い頃から言っていましたので、それは私も詩織も知っている事です」
「昔から霊感があったんですか? 凄いですね」
真琴さんはそうかしらと言う。
「私にはそういうのは一切見えないけど、よく子供の方が見えるとか言いますよね? だけど大人になると見えなくなるとか……だから大人になってからも霊が見える姉は凄いなって思っているんです」
「あ、確かにそうかも」
よく子供は見えない子供と遊ぶとかの話は聞いた事がある。純粋だから見る事が出来るとか言われているけど、大人になって廃れたら見えなくなるって事なのかな。
……だけど、由香さんて純粋か……? さっき捺に抱き着いたのは計画的な犯行に見えたし、純粋とは程遠いような……。まぁ、己の欲望のままに行動している辺りは子供張りだけども。
「以前見えた時もあんな風に取り乱していたんですか?」
「え……いえ、そういえばこんな風になったのは初めてでした。いつもは何処にいるとか、肩についてるとか言ってましたけど……」
真琴さんは、そういえば奇妙だと言った様子で語っていた。
「そうですか……分かりました。今夜は由香さんの傍に居てあげてください」
「分かりました」
部屋を出て、真琴さんがお辞儀をして自室に戻って行った。本当いつまでもお行儀の良い人だな……。
「……ね、捺。何か分かった?」
捺の部屋にそのまま入り込み、出る前と同じようにソファに寝転がった捺に問う。
「大方はな」
「えっ本当に? どんなトリック?」
「いや、まだ影の方は分かっていない。今の鏡の方だけだ」
「うん、だからそれ。教えて」
「……後で全員集まった時に説明する」
「なんで。勿体ぶらなくても良いじゃん、減る物じゃないんだし」
だけど捺は答える気はないようで、背中を向けて再びソファに埋もれる。
うぅ……気になって眠れなくなっちゃうじゃないか。
「ねぇ教えてよー」
「しつこい。執拗な女は嫌われるぞ」
く、こいつめ。また嫌味が始まったな。
「捺にはとっくに嫌われてるから問題ないし! ……そういう捺君は、由香さんに詩織さん、二人から好かれていて、さぞかしお幸せでしょうねー」
「あの二人の趣味は悪くないが、俺は年増に興味はない」
「年増って程の歳じゃないでしょ。しかも二人ともお金持ちだよ、逆玉じゃん」
「お前は金にしか興味がないのか。哀しい人生になるな」
ムカッ……
「少なくとも捺みたいに、常に一言居士しなくちゃ気が済まないような人よりは、マシな人生を送れますよ!」
「それは見ものだな」
ふっと笑った捺が、こっちをにやりと見上げている。くぅ、こいつめ、本当にまともな人生送れなくなるぞ、その性格!
「……帰る」
「やっと帰るか、これで静かになるな」
「……」
最後は何か言い返そうと思ったけど、また言っても言い返されるのが落ちだし、ここは負けるが勝ちだ……と言い聞かせて、部屋に戻って行った。ただちょっと腹いせに扉は乱暴に閉めて来ちゃったけど。
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千近くあったショートショートを下記の理由により、ツギクル、ノベルアップ+、カクヨムなどに分散させました。
さて、Webコンテンツより出版申請いただいた
「怪異の忘れ物」につきまして、
審議にお時間をいただいてしまい、申し訳ありませんでした。
ご返信が遅くなりましたことをお詫びいたします。
さて、御著につきまして編集部にて出版化を検討してまいりましたが、
出版化は難しいという結論に至りました。
私どもはこのような結論となりましたが、
当然、出版社により見解は異なります。
是非、他の出版社などに挑戦され、
「怪異の忘れ物」の出版化を
実現されることをお祈りしております。
以上ご連絡申し上げます。
アルファポリス編集部
というお返事をいただいたので、本作品は、一気に全削除はしませんが、ある程度別の投稿サイトに移行しました。
www.youtube.com/@sinzikimata
私、俺、どこかの誰かが体験する怪奇なお話。バットエンド多め。少し不思議な物語もあり。ショートショート集。
いつか、茶風林さんが、主催されていた「大人が楽しむ朗読会」の怪し会みたいに、自分の作品を声優さんに朗読してもらうのが夢。
【完結】ホラー短編集「隣の怪異」
シマセイ
ホラー
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