幻妖写鑑定局

かめりここ

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悪霊屋敷の謎

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 彼女からの返事が途絶えた。壁はいつも通り、その役目を果たすように佇んだまま、彼女の声を通さない。
「ねぇ、地下って言ったよね?」
「あぁ、そうだな。でも衰弱しているのか……どうして此処まで声が届いたのか謎だが、急ごう」
 服の汚れも落とさずに、急いで全員でキッチンに向かった。食堂の奥に厨房への入り口がある。
 厨房には誰もおらず、調理道具や流しは整然と片付いている。床は水はけが良いようにタイル張りになっている。よくある床下の入り口って、床に扉があるのだと思ってたけど。
「うーん……これじゃ床下への入り口は設置出来ないね。別の場所かな」
 雅紀さんが腕組みして、頭をぼりぼりと掻きながら言った。やっぱりタイル床じゃ無理だよね。他の場所かな。
 それでも一応手分けして調べていった。雅紀さんの言う通り、忘れられた扉なるものがあるかもしれないし。落ちてるお金を探すように、地面と睨めっこをしながら歩いて行った時だ。
「いでっ」
 いつの間にか目の前に迫っていた壁にゴツンと頭をぶつけてしまった。うぐ……痛い。
 目の前の壁を見上げる。小さな取っ手が二つ付いていて、観音開きになる棚らしい。靴箱の扉のように、小窓は一切ついていない。なんでこんなのが此処に在るんだろう?
 首を傾げつつ、何かの手がかりになればと扉をあける。中は缶詰や水等が壁沿いに積み上げられていた。非常食料や日持ちする物の保存庫になっているようだ。賞味期限は切れていない、今でも現役で使われている倉庫って事だ。
 中は三畳くらいの広さがあるようで、人一人入るには十分な高さもあった。床に敷いてあった布は少しよれて、木製の床が見えていた。
「現役で使われてるなら、ここは外れかな……そもそも地下って話だし」
 この棚がいつ設置されたものかは分からないけど、昔からあるものだったとしたら、実はこの家は地下に貯蔵庫じゃなくて、普通に地上に貯蔵庫を作っていたのかもしれない。それにここなら厨房の人が探しに来た時に見つけていたはずだ。
「外れかな……いや、もしかして」
 厚手の布を捲ると、手前の床に小さく取っ手が付いていた。開けると、中は大人一人がぎりぎり通れるほどの穴が空いていた。その奥は少し開けた空間が広がっているらしい、地面が遠くに見える。完全なる地下への入り口だ。
「あったよ!」
 捺と雅紀さんに向かって叫ぶ。二人とも飛んで駆けつけ、穴の中を見て雅紀さんはぐりぐりと頭を撫でてくれる。
「良く見つけた!」
「も、子供じゃないんですからーっ」
 たまに会った親戚のおじさんばりに頭をぐりぐりと撫でてくる。それより真琴さんが中に居るかどうか、調べなくちゃなのに。
 目が回る程に撫で回して来た手が急に離れると、捺が不機嫌さ丸出しと言った様子で雅紀さんの手を掴んでいた。
「真琴さんが中に居るか、調べて来てもらえますか?」
「あぁ、良いよ」
 雅紀さんは穴をするりと降りて行った。身長の高い雅紀さんなら、もし穴が深くても自力で登れるだろうし。
「意外に深いな……普通の部屋並みの高さがある。地面に梯子の破片が落ちてるから、朽ちたんだろな……暫くは使われた形跡はないよ」
「中は見えますか?」
「うん、何とか……あっ! 大丈夫ですか? しっかりしてください」
 突然雅紀さんの声が真剣な物へと変わった。私も捺も身を乗り出して、中を覗いている。自分達の影のせいで更に見えにくくなったけど、雅紀さんが誰かを抱えている事だけは辛うじて分かった。
「今連れて行くかきますからね……」
 雅紀さんがこちらに向かってきて、捺が受け取る為に身を乗り出した。私より身長は低くても、そこはやっぱり男の子だ、力はある。雅紀さんが持ち上げて、捺がしっかりと掴んで引き上げた。
「真琴さん! 大丈夫ですか? しっかりしてください!」
 泥に汚れて、ぐったりと体の力が抜けている。唇は水分不足でカサカサに乾いて、目も虚ろだ。だけど意識ははっきりしているようで、私の言葉に瞬きをして答えてくれた。乾いた唇を何とか動かして、乾いた声で言った。
「ごめんなさい……お、お水を……」
近くのコップをとって、水を入れて彼女に渡した。その水を一息で飲み干すと、彼女はやっと、ほっと胸をなで下ろした。落ち着いたようだ。
「ありがとう……助かったわ」
 真琴さんはすっと深呼吸をして言った。自力で上がって来た雅紀さんにも、丁寧にお礼を述べる。そう言えば来ていた事知らないんだった……と、雅紀さんが私と同じ町に住んでいて、たまたま森であって手伝ってくれていた事を話した。変なタイミングでの紹介となってしまった。
「お嬢様! ご無事で何よりです!」
 いつの間にか捺が呼んできたらしい使用人の人たちが、一斉に真琴さんを取り囲んだ。
「心配かけてごめんなさい……」
「滅相もございません。どこか痛む所はございますか?」
「梯子から踏み外してしまって、足がちょっと……」
 彼女は左足を擦って言った。確かに、少し赤く腫れているようだ。
「僕で良ければ、お部屋までお運びいたしますよ」
「いえ、自分で……っ!」
 彼女は立ち上がろうとしたが、辛そうに顔を歪めた。それを使用人さん達が支えて、雅紀さんの方を向いて言う。
「すみませんが、お願いいたします」
「大丈夫ですよ」
 彼は、その細身に似合わず軽々と真琴さんを抱え上げて、部屋まで連れて行った。細身用の服を着てまだダボついてるのに、どこにそんな筋肉が付いてるんだろ。
 その後をついて行って、一度準備をするというので、その間は廊下で待っていた。確かに真琴さんの服は泥だらけだったし……。むき出しの地面で、しかも少し湿っていたらしい。あの中に光源となるものは一切なく、当然窓もないから閉めたら真っ暗になるのは想像できる。あんな所に一人で、怖かっただろうなぁ……ていうか、どうして入ったんだろう?
 それもこれも真琴さんに聞けばいい話だ。十分ほど経った所で、使用人さんがどうぞと扉を開けてくれた。
「お待たせしてしまってごめんなさい、どうぞ座ってください」
 服を新しくした真琴さんが、一人掛け用のソファに深く腰掛けていた。左足には包帯が巻いてある。体を預けるように座っているのは、いつものように姿勢良く座ると、足首が痛むんだろう。
 私達は向かい側に腰掛け、使用人の方がお茶を出してくれた所で捺が切り出した。
「いきなりですみませんが、いくつかお話を伺いたいのですが」
「はい。何故あんな所に居たのか……ですよね?」
「そこが最も気になっております」
「……お姉さまは、もうお帰りになったそうですね。多分、悪気は無かったんだと思います」
 彼女は少し悲しそうな目をして、手にした紅茶を見つめながら話し始めた。
「昨日の昼前、まだ昼食の準備が始まる前に、お姉さまに呼ばれたんです。厨房の地下にバレッタを落としてしまって、だけど怖いから取ってきてほしいって。それで中に降りてバレッタを拾ったんですけど、扉を閉められてしまって。梯子がかけてあった事は覚えていたので、そこを上ろうとしたら大分朽ち果てていて、上っている途中で落ちてしまったんです。それで足首も捻って……私の身長では上まで届きませんで、出られずに居たんです」
「そんな……由香さん、どうしてそんな事を」
「柴田さんがお姉さまの嘘を見破り、それで詩織に色々と言われたのが悔しかったんじゃないのかなって。それで、柴田さんを連れて来た私に、ちょっと悪戯しようと思っただけなんだと思います」
「悪戯って……詩織さんもこの地下の事知らないし、見付からなければ大変な事になってたかもしれないのに」
 それだけじゃない、地下はガスも溜まりやすいし、有毒なカビとかを吸って病気になりかねない。由香さんて、一番年上の癖に精神年齢一番低いな、捺よりも子供だ。
「そうね、多分そこまで考えが回らなかったんだと思うけど……」
「俺達が行く前、声が聞こえました。あれは何処から?」
「一番奥の壁に、切ったままになってるパイプがあるんです。昔はお風呂のお湯を沸かす窯があそこにあって、そこからお湯を送っていたらしいから、もしかしてと思って」
 お風呂の窯が地下にあるの? 変わってる……でも洋風の家に、確かに風呂釜がお外にあったら似合わないから、それでかな? でも換気十分にしないと、一酸化炭素中毒になるよね……
「……あ、そうか。だから壁から声が聞こえたんですね」
 雅紀さんが手をぽんっと叩いて言った。
「どういうことですか?」
「浴室の壁に丸く石膏が詰められた部分があっただろう? あそこに元々地下から伸びたパイプがあったんだ。それを何らかの理由で取り外した時石膏で埋めて、壁に埋め込まれていたパイプはそのままにしてあったって事だ。だから地下に残っていたパイプに吹き込んだ真琴さんの声が、詩織さんの部屋と風呂場の間の壁から聞こえたんだ」
 あっ、なるほど。それで壁から声が聞こえたってわけだ。
「ですが、今回は偶然発見できたようなものです。由香さんには、あとでしっかりと叱った方が良いですよ。詩織さんも合わせて」
「えぇ、そうします。我が家では、姉が一番お子様ですから」
 真琴さんは眉を下げて笑った。大変だな、自分勝手な姉を持つのも……。捺もまぁまぁ大変な部類に入る人だけど、最低限の常識は持ち合せるし、これ以上良くなれと思うのは贅沢なのかも……。
「あ、それから写真の事は解明出来ましたよ」
「本当ですか? どういう事だったんでしょうか」
「西側の壁に僅かに穴が空いていました。そこから障害物を避け、僅かな時間だけ入り込んだ光が、その先の小さな人形を照らして影を作っていました。実験で証明済みですが、もしご希望であれば実際に行います」
「そうだったんですか……いいえ、信頼しておりますので大丈夫です。原因がはっきりして、安心いたしました。地下に入っていた間は真っ暗で、ずっと神隠しにあったという女の子が出てきたらどうしようと思っていたので……」
 真琴さんが胸に手を当てて、一息ついた。あんな真っ暗な中に閉じ込められたら、そう考えるのも無理はないよね。しかもほぼ丸一日も。
「神隠しって、もしかしてまだ最近のですか?」
 その言葉に反応した雅紀さんが、突然割って入って来た。
「え……いえ、八十年は前だったと……」
「やっぱり……八十年前なら、学会では最近と呼ばれる時代です。この辺りに古くから住んでいる方々に話を聞いていたら、どうにも何十年か前に神隠しがあったとの事だったので、気になって調べていたんです。隣町の女の子が、遊びに行って帰ってこなかったって」
「あ、それでこの森に居たんですね?」
「うん。廃村になったって聞いて見に来たんだけど、見事に迷子になった」
 雅紀さんは、あははーと呑気に笑っているけど、この森熊に鹿も出るんだから、そんな軽装じゃリアルに神隠しにあってたかもしれないのに。お気楽というか無計画というか……
「ふふ、面白い方ね」
 雅紀さんを見てくすくすと笑っていた。彼は少しだけ、顔を赤くしていた。
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