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143 根回し

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 暗くなるギリギリまで街道を走り、野営。
 翌日の夕方には、アメイズ領都へ到着した。

「お母様、戻りましたわ。早速ですが相談がありますの……」

 メルダムの統治者として、誰か身分のある者を送りたいと伝える。
 母サーシャもすぐには思いつかなかったのだが、一人の候補者が浮かんだ。

「騎士の一人に、ビネスという者がいるのですが、知ってますか?」

「はい。古くから使えてくれているという老兵ですわね。何度も助けてもらっている方ですわ」

 盗賊団を殲滅した際に駆け付けた老兵の一人、ビネス。
 男爵の事件で応援を要請した際にも、領兵を率いて助けに来てくれた。
 ルリも信用している老兵である。

 祖父ヴィルナーの時代からアメイズ領に使え、父が実権を持った際に一度騎士の座を追われる事になったのだが、今は戻っている。

「彼なら信頼できるでしょ。それに、本人は隠してるのだけど、騎士爵の血筋なの。話してみてはどうかしら?」

 騎士爵を持つ兵士は何人かいるのだが、ビネスが貴族だとは、ルリも初耳であった。
 条件的には、問題ない。

「ぜひ話してきますわ。お母様、ありがとうございます!」



 翌朝、急な会談に応じてくれたビネスと向き合いながら、メルダムの街に移り住んでもらえるようにお願いする。

「リフィーナ様、お気持ちは分かりましたが、この老いぼれに務まりますでしょうか……」

 単に移り住むだけならまだしも、街の復興は重責だ。
 武の鍛錬に人生を注いできたビネスとしては、今更、政治の世界に入るのは荷が重い。

「メルダムの街の復興委員会はご存知ですよね。政治は、彼らが子爵家と協力して行いますので、大丈夫ですわ。今と同じように、精神面で、そして武力で、メルダムの住民を、守ってください」

 メルダムの住民が生き残れるようにと、精神的な支柱になって欲しい事、防衛を整える事、そして、どうしようもない事は街を捨てる事などお願いする。
 また、今後のメルダムの街発展に向けた方針、学園都市の計画も説明し、理解を得た。

「承知いたしました。この命を懸けて、メルダムの住民を守りましょう」

 準備ができ次第、メルダムの街に移る事を約束し、会談を終える。
 これで一先ず、メルダムの街の運営に関しては安心だ。



 それから数日は、アメイズ領都でゆっくり過ごした。
 時々、領政の打ち合わせを行い、あるいは、母との時間を、のんびりと……。

「リフィーナ様、ラミア様たちがお戻りになりました」

「そう、ありがとう。では、私たちも出発の準備をしましょう」

 全員揃ったので、アルナに王都出発の準備を始めるように伝える。
 魔物三姉妹と従者で残ったメイドのウルナは、『アルラウネ』の里に遊びに行っていたらしい。

 登録上は従者4人での外出。
 アルラネも従者として身分証を発行しているので門の通り抜けは問題ない。

 森に入るなり、『蛇女』の姿に戻ったラミアの背中に乗り、アルラネが操る森の中を進んだそうで、馬車の何倍ものスピードで里まで到着したそうだ。

「びゅーんって!! すごい速さだったのですよ!!」
 興奮したウルナの様子からも、余程楽しい経験だったのだろうと分かる。
 そこで、3日間、妖精の料理の味付けをひたすらに学んできたと、ウルナが喜んでいた。




 2日後、ルリ達はアメイズ領都を出発した。
 今できる事はやったし、伝える事は伝えた。充実した表情で屋敷を出ると、大通りを進む。
 気付いた住民たちの歓声に応え、ルリ達をのせた豪華な馬車は、王都へと向かって走り出す。

 途中、狩りなどもせずに、真っ直ぐに王都へと向かう。
 かれこれ2ヶ月を超える旅になっており、早く家に帰りたいという想いもあった。


「王都についたら、やる事たくさんね……」
 馬車の中で、今後の予定について確認する『ノブレス・エンジェルズ』の4人。

 ミリアは、アメイズ領やフロイデン領で起こった事を報告し、国王の本音を聞き出す役目。
 その上で、ルリの提案などを根回しする。単位の統一についても、話をしなければならない。

 セイラは、主に軍部の情報収集だ。コリダ男爵の事件に伴うリバトー領の状況の変化、それに、帝国の状況。
 なぜ、突然攻めてきたのか、巨大な象マンモスをどうやって操っていたのかなど、取り調べで判明している事があるかも知れない。

 メアリーも、多くの土産を持っての帰還となる。各街の特産品や求められている商品、そして住民の様子など、メルヴィン商会に伝えるつもりだ。
 既に取引の話をしている案件もあるので、引き継げばいい。

「私は、まずは冒険者ギルドと学園長に相談かなぁ……」

 ルリが、最優先で進めたいのが学園都市の実現である。
 その為には、王都冒険者ギルドのギルドマスター、ウリムや、第2学園の学園長グルノールの知識が欠かせない。
 むしろ、2人に中心になって進めてもらいたいとすら思っている。



 馬車は順調に進み、大きな問題と出会う事もなく、王都へと到着した。
 途中、はぐれた魔物との戦闘が少しあったが、気にする程の事ではない。

「帰って来たわね!」
「改めて見ると、王都は大きいわね……」

 フロイデンの領都も大きな城壁に覆われていたが、王都はさらに大きい。
 王国の中心という威厳を感じつつ、門へと進む。

「ミリアーヌ様、セイラ様、それに皆様、お帰りなさいませ」

 貴族専用の入口から待ち時間なしで王都へ入るルリ達。
 王都に入ろうと並んでいる人々も、ミリア達に気付いて驚いているようだ。



「どうしようか? 解散して屋敷に戻る?」
「研修の旅の報告があるから、冒険者ギルドと第2学園には全員行かなくちゃならないわよね……」
「そうですわね。その間に王宮に使いを出して、迎えを呼びますわ」

 このまま王宮や公爵家の屋敷、メアリーの家を回って送り届ける事も可能ではあるが、すぐにまた集まって報告に向かう必要がある。
 それならば、先に報告だけ済ませた方が効率的だ。

 ミリアやセイラとしても、突然帰るよりは、先に使いを出して王都に戻った旨を伝えておいた方が都合いいようだ。



 門から近い冒険者ギルドを最初の目的地に定め、ギルドマスターとの面会を求める。
 突然の訪問ではあったが、快く面会してくれた。

「お疲れ様。研修は無事達成できたようね。
 途中、いろいろと大変だったようだけど?」

「あはは。大冒険でしたよ!!」

 ギルドマスターのウリムも、アメイズ領での事件や戦争の話は聞いていたらしく、話が弾む。
 流れで、メルダムの街に学園を作り、冒険者を育てる、冒険者の為の街にしたいと伝える。

「また思い切った事を考えたのね……。でも、面白いわ。冒険者ギルドとしては、冒険者が育つ企画を否定する訳ないじゃない?」

 冒険者を要請する学校という構想は、ウリムも考えた事があるらしい。
 しかし、魔物の少ない王都の近くでは実践訓練が困難で、実現には至らずにいたとの事だ。

 その点、メルダムの街であれば、少し歩けば魔物が存在している。
 駆け出しの冒険者にとっては少し強い魔物が多いものの、強い冒険者を育てるためと考えれば問題にはならない。

「今は出張所がある状態なのね。ここからも、応援をだすわよ。それに、若手の冒険者にも、メルダムに行ってくるように伝えるわ。魔物の調査とか、必要でしょうから」

 基本的にルリ達の発案には前向きに考えてくれるウリム。
 詳しくは学園長を交えて話そうという事で、その場は後にする。

 馬車まで見送りに来たウリムが一言。
「しかし、どうなってるの? また人外が増えてるようだけど……」

 どういう感覚なのか、ウリムだけは魔物だと分かるらしい。
 耳元で囁かれ、びくっとするルリであった。



 次に、第2学園に向かう。
 学園長室に行くと、グルノールが待っていた。

「あなた達が戻ったら一報もらえるように、門衛にお願いしてましたの。先ほど使いが来ましたわ」

「学園長、ただいま戻りました。研修の旅が完了しました事、ご報告いたします」

「はい。報告を受領しました。学ぶ事も多かったでしょう。これからの人生に役立てるのですよ。

 これで、長い研修の旅も、終了となる。
 学園長の言葉を胸に刻み、旅の経験を振り返るルリ達。


「……。学園都市、ですか……」
 メルダムの街の話をしていた時に、学園長が感慨にふけった。
 今の第2学園のありかた含め、思う所があったようだ。

「学びと言う場においては、生まれた時に決定する身分など不要です。貴族でも平民でも、出自に関わらず、全ての人に平等に与えられるべきだと思うのです」

 学園長グルノールも、より多くの人々に教育の機会が与えられる事が、王国の、世界の発展につながると考える一人だ。
 今は貴族や有力な商人などしか入学しない学園になってしまっているが、本当は、もっと多くの人に開放したいらしい。応募者が少ない状態ではあるものの、冒険者の優遇枠を残しているのもその一環だ。

「学園都市を、誰もが教育を受けられる場を目指すという事でしたら、私は全力で応援いたしますわ」

 学園長の協力の条件は、冒険者だからと言って武力の鍛錬をするだけでなく、しっかりとした基礎教育を行う場である事であった。
 その為には、第2学園の教育カリキュラムなど、喜んで教えてくれるという。



 学園長にお礼を伝えて、学園長室を後にしたルリ達。
 それぞれの屋敷に戻る為、入り口に向かう。

 学園都市構想の根回しは、2人の強力な味方をつけて、順調なスタートを切った。
 まだまだ具体的な話は出来ておらず、それに資金面など解決すべき課題も多い。
 それでも、実現に向けて着実に進んでいる事を感じ、喜ぶルリであった。
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