男主人公の御都合彼女をやらなかった結果

お好み焼き

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4 婚約者に会ってみた結果

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それからまた数日。
久々に登校した学園で前期の試験を終え、その結果が学年一位だったドロテアはヴァルキンからまたある提案をされた。

学習する速度を進めて、然るべき時期がきたら卒業、その資格を得ないかと提案されたのだ。

「学習の速度を三倍に速めれば、一年程で単位が取得できる」
「……一年」

学園には飛び級などの制度は無い。
しかし一年間で三年分の単位を取得し、その二年後に卒業資格が貰える制度はある。
要は三年間は学生として過ごさなければいけないが、利点もある。余った二年間の自由時間に魔法科から騎士科への編入などができるのだ。追加の費用はかからない。三年の間に編入を繰り返し、魔法実技科、魔法研究科、騎士科の単位を全て取得した麒麟児もいる。

もしかして父親はそういった提案がしたいのだろうかとドロテアは考えたが、ヴァルキンは予想外の言葉を言った。

「実はね、ドロテアに婚約の打診がきたんだ。現在三年生のブラッドリー・クワイス……クワイス侯爵家の嫡男だ」
「え……クワイス?」
「……その、ごめんドロテア。もう了承しちゃったんだ」

最初から圧が凄くて……そう項垂れるヴァルキンの様子からして、向こうはかなり乗り気ということだ。

ヴァルキンから手渡された打診書。すでに開封されたそこにはクワイス侯爵家の紋章──二羽の美しい鳥が蝋で封印されていた。本物だ。間違いではない。ドロテアは息を呑んだ。

「恐らく学年一位のドロテアに目をつけたんだと思う。早期に単位を取得するのも、実はクワイス家からの提案でね……はぁ~」

それよりも今ドロテアの頭の中には様々な思考が飛び交っていた。

ブラッドリー・クワイス……卒業間近にネイサンに捨てられたドロテアが強制的に嫁ぐ相手だ。顔合わせから険悪な雰囲気で、ドロテアは嫁いでからもブラッドリーに冷遇される。なのに夜は気絶するまで犯される。
ドロテアの末路的外伝として数頁しか書かれていなかったが、まるでドロテアが悪いことしてざまあされている悪役のような終わり方だった。本編では御都合彼女で、悲劇のモブなのに。

「……クワイス様は、どんな方なのですか?」

小説ではブラッドリーに関する見た目の描写が書かれていなかった。ただ蛇のような男だとしか。

「確か何度も編入してるね。魔法実技と研究科と……今年で騎士科の単位も取得して、後は卒業するだけって所かな。過去にそれをやった麒麟児の再来だと噂されているよ」

現在のブラッドリーは騎士科……そして本来なら原作のドロテアは今の時期はネイサンの訓練を見学して、差し入れも渡して、ネイサンの機嫌がよければ裏庭でアオカンの日々を送っている。

もしかしてブラッドリーは原作に書かれていないだけで、嫁がせる前からドロテアの事を知っていた?  そして見初めた?  いや、それならわざわざ処女でもないドロテアに婚約を打診するのはおかしい。婚約前に純潔かどうかは調べるだろうし。

……でも夜毎気絶するまで犯すほどの執着。性欲うんぬんはお金で解決する侯爵家だ、わざわざ険悪な仲の妻を召すのも合点しない。

だとすると……ブラッドリーは騎士科を訪れていたドロテアを見初めるも、ネイサンとの関係を知って、その関係が切れたのを見計らってドロテアと婚姻するも、いつまでもネイサンを想うドロテアに嫌気がさして酷い扱いをしていた?

と、そこまで考えてドロテアは一度思考を白紙にした。

原作は消して、今の現状で考えるべきだ。
入学式とその翌日しか学園におらず、騎士科には一歩も足も踏み入れていない自分がブラッドリーに見初められるわけがない。試験日だって三年生は休日で、一年生のみが出席していたのだから。

なら本当に成績だけで選んだのかも?
そして侯爵家からの打診なら、アトス家からきた場違いな打診を塗り潰すことができる。

小説でもリチャードは爵位目当てに何度もドロテアにネイサンを送り込んでくる。そのことから、この先ネイサンがティアラと結ばれなかったら、何度も婚約を打診してくる可能性が見えた。やはり自宅学習にしただけではダメか。防波堤は必要だ、そうドロテアは思った。

「……ドロテア?  パパ勝手なことしてごめんね。どうしても嫌なら家族で国外に逃げようか?」
「お父様は当家を第一に考えられると思っていたのですが、ダークヒーローの片鱗もお持ちなのですね。素敵ですわ」
「ダーク・ロー?  パパの知らない人?」

ドロテアは歯をみせてころころと笑う。
そして結論を出した。

「直接会ってみなければ解りませんわ」
「……会うの?」
「ふふ。お父様、そんな驚いた顔なさらないで。どうしても嫌だと感じたら対策を練ります」

ドロテアの考える対策とはこうだ。
ブラッドリーが何の思惑もなくただ女を痛めつけたい側の人間なら、ネイサンと対峙させればいい、と。
ネイサンはそういった人間にどこまでも対応する性格だ。決して諦めない。そして最後には相手を疲弊させて戦意喪失させる。

それでもダメなら小説の中でネイサンがしたようにティアラに泣きついて見せればいい。彼女はかの王太子麒麟児の隠し子だ。ドーンズ伯爵家の養女であることは、本人も知らない。ティアラが危険に晒されれば、かの御方が影の権力者として暗躍してくる。小説の展開でもそれで解決していた。



しかし翌週、婚約者として挨拶に訪れたブラッドリーを見たドロテアは、頭の芯が甘く痺れるような歓喜を味わっていた。

「ブラッドリー・クワイスだ。……入学試験で学園に来ていた君を見初め、その時から狙っていた」

灰色にくすんだ緑色の髪はきつく巻いたパーマのようで、天然の強い癖毛が肩まで伸びていた。前髪もセットしたようにくるくるで、ブラッドリーは鬱陶しそうに掻きあげた。そして見えた濃い紫色の瞳。目頭より目尻が高く吊り上がった鷹のように鋭い眼だった。奥二重で、伏せ眼になると現れる瞼の線がなんとも妖艶だった。薄い唇は狐のように常に笑ってみえる、真っ赤な唇だった。青白い肌が唇の血色のよさを引き立てていて、そこに視線が奪われる。
体格は一見細身だが、胸元のシャツの盛り上がり具合と、上着の腕部分が幾分きつそうに見える。その他はサイズが合っているが、恐らく脱いだら逆三角形だとドロテアは生唾を飲み込みそうになりながら予想した。それになんだか物凄く強そう、口喧嘩したら絶対負けそう、逆らう気も起きなさそう──総合的にみて絶対ドSしかありえないとドロテアは勝手に判断した。

「君を見た瞬間にある光景が頭に浮かんだ」
「……光景、とは?」
「自室のベットで君を抱き潰している光景だよ」

声は高くもなく低くもない、むしろ声の抑揚が一切感じられない声色だった。そのせいか言われた言葉が正しく頭の中に入ってこなかった……が、危機感はわいた。目の前にいる魅力的な男に粗末な扱いをされたら本気で心が傷ついてしまうと。いくら好みでも愛してくれないなら危ない橋は渡りたくない、それがドロテアの本音だった。

「もしかして婚姻後は夜毎気絶するまで私を犯そうとか企んでいますか?」
「……っ、な!  なんてこと言うんだ君は!」

違ったらしい。
そしてブラッドリーから抑揚がある声を引き出せた。ドロテアはそれだけではしたなくもお腹の奥が疼いた。

「や、優しくしてくれますか?」
「や……え?」
「処女なのに気絶するほど乱暴に抱かれたら貴方を殺して私も死にます。本気です」
「……まず、私が君を乱暴に抱く理由はなに?」
「わかりません。でもさっき言っ、」
「それは妄想だ。そして私の妄想の中の君は、それはもう悦んで快楽に身を沈めている」
「…………」
「妄想だ。男の妄想なんて御都合主義だ。あとはじめに言っておくが経験はない」

ドロテアの予想の半分は当たっていた。時期は読めなかったが、見初められていた。

ブラッドリーは恐ろしい程に魅力的な男だった。ドロテアの前世の人格がドストライクだと中で暴れまくっていた。そして蛇のような男、というより雰囲気が爬虫類系男子なだけだとドロテアは思った。

「いっこうに君を学園で見掛けないからどうしようかと思ったよ。この1ヶ月は研究科の元担任に用も無いのに挨拶しに行ったり……そこでも見つけられなかったけど、一年生の試験結果を見たら君の名前があるんだもの。自宅学習で一位なら君はこの先学園に通う必要性を感じていないと察して……いよいよまずいと慌てて婚約を打診した」
「そうなのですね。お父様に圧をかけた理由はそれですか?」
「え?  圧……はかけてないよ。本当に打診しただけ。そしたらすぐに了承の返事がきたから驚いて」
「……」

ではお父様はダークヒーローではなく、世界の為に家族を犠牲に出来る人だったのですね。なんてドロテアは思いながらも、その判断を下した父親のお陰でブラッドリーと会えたのだから貴族としてはソツのない父親に感謝した。

「……では私は、婚約者として何をしたらよいのでしょうか?  ブラッドリー様のように全ての科を制覇する実力はございませんよ?」
「その事なんだけど……」

ブラッドリーの提案はとても単純なものだった。少し早めに卒業に必要な単位を取得して、余った自由時間に自分とデートしないか、そして交流を深め、可能ならば君の卒業と同時に婚姻したいという、本当にまともな提案だった。

それを快く受け入れたドロテアは更に勉強に力を入れた。
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