男主人公の御都合彼女をやらなかった結果

お好み焼き

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26 残った結果④ ※首ちょんぱ

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ネイサンはリカルドに拘束され、騎士団の敷地内にある地下室へ連れていかれた。
そして何故か王立騎士の三名がついてきたので、ここから先は他言無用と人指し指を立てると、三名は静かに口角を上げた。

「心得ております」
「あと尋問なら手伝いますよ」
「どんな証言もとってみせましょう」
「……いや、もうすぐブラッドリー様がいらっしゃる。先ほど目配せによる合図を受けた」

ああ、やはり殺ってしまうのか。
王立騎士達は手持ち無沙汰になった。
なにもすることがない。なんとかして取り入る糸口を見つけねばと焦った時、軽快な足取りでブラッドリーが地下室におりてきた。
そしてリカルドと共に敬礼をする王立騎士達に目を丸くした。

「もう宿舎を見てきたのか……?」
「……内装はまだですが、騎士団に不躾な輩がいるとなっては、騎士として警戒を解くわけにはいかず」
「少しでもお力になれればと……許可もなく申し訳ありません」
「いや……いい。王立騎士の口は固い」

腰の剣に手をかけたブラッドリーはリカルドにネイサンの猿轡を解けと命じた。

「あ、僭越ながらお待ちを」

王立騎士が自分の剣をブラッドリーに差し出した。

「剣に血の匂いがついてしまいます」
「?  ああ、だから後で研いて痕跡を消しておく」
「この後夫人を送られるんですよね?」
「うむ」
「でしたらやはりこちらを。女性は妊娠中はとくに匂いには敏感になるそうですよ。妻がそう言ってました」
「!  成る程……」

リカルドも成る程と大きく頷き、それならと返り血を防ぐ為に猿轡を解いてからネイサンを布で拘束し、両手を後ろに縛ったまま、足が地面に着くぎりぎりで首にロープをつけて天井に吊り上げた。
端から見たらてるてる坊主のようだ。

「……っ、は!  な、なんなんだよ……なんで俺が縛られなきゃ──ッ!」

ブラッドリーはかりた剣を構え、ネイサンの両足を横に切った。

「う、ああああっ!?」
「質問だ。先ほど私の妻がお前の剣を台無しにしたと言っていたが、あれはどういう意味だ?」
「な、なっ、なにしやがる……!  こ、こんなことしてっ……」
「答えろ」
「──ッ!?」

次は先ほどより少し上、膝部分に切り込みが入った。
ネイサンは息を詰まらせた。深い、冷たい刃が骨をかすめた感触がはっきりと解るほど。そして痛みより足が燃えるように熱い。ネイサンは大量の冷や汗をかき、空気を求めて布を噛んだ。しかしまた剣が向けられた気配を感じて、咄嗟に声を出した。

「だ、台無し?  そ、そうです!  ……あ、あいつは……俺の剣を、折ったんです!  ちょっと打ち込みをしようとしただけなのにっ……!」
「……打ち込み?  誰にだ?  まさか私の妻にか?」
「ち、違います!  あいつんちの東屋、その柱にで、すっ……あいつ、きっとあのとき手に鉄か何か隠し持ってやがったんです!  それで俺の剣を弾いてっ、折りやがったんですっ……あのクソ女!」

一瞬の間を置いて、ブラッドリーが剣を落とし、頭を抱えて腰を下ろした。

「………………そういう事だったの、か」
「は、はい!  全部あいつが悪いんです!  俺はなにもっ……!」
「黙れ」
「!?  うあああっっ!?」

王立騎士の足元に切り落とされたネイサンの足首がごろごろと転がってきた。

なにがなんだかの王立騎士達がリカルドに説明を求めるも、リカルドもなにがなんだかで困惑している。

「ドロテアは……人指し指と中指の爪が黒く鬱血していた時があった。結婚前だ。その日はずっと手袋をはめていて、珍しく左手でカップを持っていたから気付いて……隙をついて手袋を外すと、割れた爪先に黒い血染みができていた」

ブラッドリーはその時の事を語った。 

この傷はなんだと、一体どこで何をして負ったと問いただすとドロテアは困ったように笑って、勉強のしすぎで爪が圧迫鬱血したと、今まで聞いたことのない症状を言った。
まさか羽ペンを握りすぎただけで?
ブラッドリーは絶対に嘘だと思った。羽ペンを握りすぎたのなら、同時に親指も鬱血する筈だと疑った。そして鬱血とは、外部からの衝撃で表面に症状が浮き出るものが多い。なのにドロテアの指の腹は無傷だった。
ブラッドリーはその場では納得するも、やはり腑に落ちなかった。

が、のちに恐るべき勤勉さを発揮したドロテアの姿に、もしかして勉強のしすぎで爪が鬱血したのは事実なのかもしれないと猜疑心は薄れたが、疑いは消えたわけじゃなかった。

「指で剣を弾いた……落成式で見せたあれか。例え騎士の卵でも、剣を交えた時の衝撃は相当なものだ……それであのような痛々しい痕に……」

そしてやはり、勉強のしすぎで傷を負ったのは嘘だった。

ならコリンは自分に報告を怠ったことになる。いや、あれは母上の手駒だ。あっちには報告をしている筈。しかし自分に届かなかったということは、伝えたら何をしでかすか解らないと判断され、報告されなかったのだろう。

何故ならばドロテアと婚約して初めてその姿を間近で目にした、あのとき……小柄な体は女性らしい肉付きのよさがあり、真っ直ぐな背筋が豊かな胸元をより強調していて、またそれに似合わぬ幼い顔、その落差に魅せられやはり手に入れたいと思った……人生で初めて感じた性欲と支配欲。そこまでは、見初めた時の気持ちと変わらなかった。

会話してみると、非常に大人びた令嬢だった。思わず口走った失言も平然と受け止め、乱暴にしたら殺すとまで言ってきた。そんなつもりは毛頭なかったが、開口一番に婚約を拒絶されなかったこと、優しくするなら同衾も受け入れるととれる言葉に喜びの気持ちがわいた。

よかった。なんの交流もないまま婚約を打診したので政略だのととらえられて子作りは他所でしろと言われなくて本当によかった。

柔らかなピンク色の目、その瞳の奥は知性を匂わせた。会話の階級レベルが合うのも好ましい。そして自分に向けられる視線が、こちらがドキドキするほど好意的であったこと。

このような令嬢は目敏い男ならすぐに関心を向けるだろう。そして会話したのち、目をつけるだろう。それはダメだ。なんとしてでも繋ぎ止めねば。

そうして顔合わせした結果、必ず私のものにすると心が奮えた。どんな手を使ってでも必ず手掌にして、私なしじゃいられないよう体に覚え込ませて、拒まれようともドロテアの全てを手に入れると……帰宅後にジューン嬢はどうだった?と聞く両親にそのまま宣言した。

父上は目頭を押さえ付けてだんまりで、母上は気持ち悪い、何かしそうで怖い、金と権力で解決できるなら協力するが、心まで求めるのは諦めろと叱責してきた。

「ドロテアが傷を負った報告がきていなかったのは私……の日頃の言動のせいだった。婚約前にもやらかしたからな」
「……さようで」

これまでのブラッドリーを見ていたリカルドは納得したように頷いた。
そしてドロテアが傷を故意に隠した理由にも、ブラッドリーは気付いた。

「……事の発端は何となく察しましたが、結婚前でしたら貴族令嬢なら何としてでも醜聞は避けるかと」
「傷物との噂が立っていたら、いくら陛下が許可を出したとはいえ、貴族派から苦言も出ていたでしょうね」
「そしたら歴史上最速の早期婚スピード婚は実現できなかったかと」
「…………はぁ」

ブラッドリーはまた頭を抱えた。
妻が、可愛すぎる。理由が可愛すぎて辛い。自分の指を潰して同じ痛みを味わおうかと思ったが、ドロテアが悲しむ気がしてぐっと耐えた。
そして再び剣を構え、残った片足で必死に体の重みを支える瀕死のネイサンを見た。

「さて、もう戻らなければ」

ブラッドリーの体表から陽炎のように粘ついた揺らめきが発生した。密度の濃い魔力は殺気の度合いによって稀に大気を歪ませる。
剣に鋭い魔力が纏った。
ブラッドリーはロープを切り、落ちて膝をついたネイサンの頚部をはねた。

「罪状は騎士団に対する反逆罪で処理しましょう。遺体はどうしますか?」
「当主に送れ。まだ貴族だからな、墓にはいれてもらえるだろう」

王立騎士はそれなら自分達が持っていきますよ、その方が反逆の度合いが高いと先方にも伝わるでしょうから、とブラッドリーに手揉みした。
そして夫至上主義の気がある夫人に直接取り入る計画は中止して、何事もブラッドリーを経由しようと作戦を練り直した。




それから約二ヶ月後。
体調が安定したドロテアはドーンズ家でティアラが初めて開いたお茶会に出席していた。王立騎士がブラッドリーとの手合わせ、その後の会話で独り言のように妊娠時に適した茶葉をドーンズ夫人が栽培していると漏らしていた、その茶葉が何故か気になって試飲できないかとお伺いを立ててみたのだ。とくに今は珈琲や紅茶が飲めない。朝晩白湯で我慢している。

ドーンズ夫人も同席した三人のみのお茶会だったが、赤子も飲める薬草を使ったハーブティーはことのほか美味しく、会話も弾んで、ドロテアは帰りに夫人から少し茶葉を分けてもらった。

ドロテアは茶葉をきっかけにティアラと交流を始めたのだが、何度目かのお茶会でそろそろ外出は難しくなるだろうと、いつかティアラに渡そうと思って、かの御方から許可も得ていたあるものを差し出した。

「…………これ、は……まさか」
「白鴛鴦の卵ですの」
「こ、こんな貴重なもの……わたくしなんかじゃなく王家に献上しなくては」
「だってティアラ様の美しい銀色の髪と、そっくりなんだもの。一つは王家に献上したから、残る一つは私の好きにしようかと思って」
「そ、そんな……」
「この卵を見ているとティアラ様の美しい髪を思い出す、献上の際にそれを聞いた殿下が、それなら是非その美しい髪をもつ令嬢と会ってみたいと仰ったのよ。ああ、そうだったわ、確かあの日水晶宮で偶然出会われたのですよね?」
「っ、はい。本当に、たまたま……その時に白鴛鴦の話もされました」

ティアラは御礼の言葉と共に白鴛鴦の卵をそっと手にして、綺麗……と思わず笑みを溢した。

「輝きに品があって、まるで殿下の白銀の髪のようですわ……なんて美しいの」
「きっと殿下もその卵を見てティアラ様の美しい髪を思い出していることでしょう」
「……そう、でしょうか?」
「ええ。本当に、まるで対のようですわ……」

その言葉にドーンズ夫人が涙を堪えている。この事はかの御方も承諾済みだろうと、そしてティアラを王族として認めているのだと。これからも本当の身分を明かすことは出来ないが、娘はかの御方に愛され、大切にされていると、ドーンズ夫人は再確認した。
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