妖精姫は見つけたい

佐倉有栖

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 クリストフェルがシャルロッテを愛していないのは分かっていた。いずれこの婚約が破棄されることも、予想していた。けれど心の底では、全てはシャルロッテの杞憂であることを期待していた。
 素っ気なく見える態度は、あまり器用でないクリストフェルの精一杯の照れ隠しで、毎年プレゼントされるあの石にも何か深い理由があってシャルロッテのために選ばれたもので。そんな甘い夢を見ていた。
 受け入れがたくも突き付けられた現実に、涙があふれる。

 シャルロッテの耳に、水龍鳴涙鈴の澄んだ音色が聞こえてきた。
 短く、短く、長く。
 いつもの癖で大丈夫だと答えそうになるが、口を開いてしまうと声が漏れてしまいそうで、シャルロッテは唇を噛むと小さく横に首を振った。
 ベッドの上に広がったカードを眺め、指先で一枚を手繰り寄せるとトントンと叩いた。
 可愛らしい女の子が、大粒の涙をこぼしているイラストが描かれていた。地べたに座り込み、空を見上げて大きな口を開けて泣いている。耳の奥で、聞こえるはずのない少女の慟哭が聞こえた気がした。

 悲しい。
 そう訴えたシャルロッテを、メイが強く抱きしめた。
 ふわりと、石けんの柔らかな香りがシャルロッテを包み込む。どうやら今日のメイの仕事は、洗濯だったようだ。幼い頃から変わらない洗濯石鹸の匂いに、波のように押し寄せてきていた悲しみが引いていく。
 感情が落ち着くと、今までは気にならなかった音が耳に入るようになった。
 夜行性の動物の遠吠え、夜鳥の囁き、夜風が通り過ぎる音。誰かの靴底が廊下を叩く音、床の軋み、時計の針。何より、メイの鼓動が大きく聞こえていた。
 一定のリズムで収縮を繰り返すその音に耳を傾けるうち、ふと、欠けていた記憶がよみがえった。

 夜の城下町を見に行ったあの日、興味深げに窓の外を眺めるシャルロッテに、クリストフェルは言った。

「知りたいと願うものは、知ろうとしなければ知ることはできない。人の気持ちは特にね。だから定期的にこうやって、こっそり町を見るんだ」

 王族の前では美しく着飾られていた顔が、無防備に歪む。自由気ままに振舞う彼らの表情を見て、国政が上手くいっているか否かを見極めるのだ。
 本音を言わない相手の心の声を聞く最良の手段なのだと、悪戯っぽく微笑むクリストフェルの横顔に、彼はいずれ良き王になるだろうと感じた。
 その思いは、今も変わっていない。クリストフェルは、民思いの優しい王になるだろう。
 けれど王の隣にいるのは、シャルロッテではないのだ。


 婚約破棄を言い渡されてから数日後、王国から正式にクリストフェルとシャルロッテの結婚“延期”の知らせが届いた。
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